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熊谷和徳の映画往復書簡 #5

父・熊谷和徳から
娘・NiKiへ
「立ち止まったっていいよ。」

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熊谷和徳の映画往復書簡

(手紙だからこそ、語れることがある。ニューヨークと日本を拠点に世界で活躍されているタップダンサー熊谷和徳さんが、交流のあるアーティストたちと日常の気づきや心に残った映画について語り合う「映画往復書簡」。娘のNiKiちゃんとの往復書簡を届けします。お二人が観た映画は、2020年アカデミー賞でトム・ハンクス が助演男優賞にノミネートされた『A Beautiful Day in the Neighborhood』〈邦題:幸せへのまわり道〉。アメリカの教育テレビに30年以上にわたって出演していた、ミスター・ロジャースことフレッド・ロジャースをトム・ハンクスが演じています。)

熊谷和徳の映画往復書簡 #5

“When I say it’s you I like, I’m talking about that part of you that knows that life is far more than anything you can ever see or hear or touch. That deep part of you that allows you to stand for those things without which humankind cannot survive.”

-Fred Rodgers。

『わたしが好きなのは”あなた”そのものなんですよ、と子供達に言い続けていることは“あなた”の人生そのものが目に見えることや聞こえること、触れられることよりも、もっともっとこの上なく大切だということをあなた自身がどこかで知っているということです。あなたの深い部分はそのように人間にとって根源的で不可欠なことを表現しているのです。』

-フレッド・ロジャース

みなさん、お元気ですか!

2020年に入って新年早々にアメリカのイランへの攻撃で戦争の危険性を感じたり、その後は今まさにコロナウィルスの不安や恐怖で毎日変化していくニュースに混乱し、『不安』や『恐れ』を常に感じているあまり、何を実際に自分は心配しているのかがわからないくらい心がそわそわした状態が日常化しているような気がします。

今僕はNYにいますが、このような時期に一体どのようなことを書き、表現していくべきか、とても悩んでいました。2週間後にはNYでの自分の公演がありますが、なかなかクリエイティブな気持ちで前向きになるにはとても難しい時期ではあります。
日本もとても大変な状況で、日常がストップしている方々も多いと思います。
このような状況を経験するのは、自分の人生の中では3回目です。
1度目はNYでの9.11の時、そして自分の故郷が被災した3.11の時、そして今回です。

このような状況になった時、心の中は不安でいっぱいですが、人生の歩みを一度ゆっくりにして、一度立ち止まってみる勇気もまた必要なのかなということを深く感じています。

今までとは違う視点で自分の足元をしっかり見直してみる機会でもあるのかもしれないと思うのです。当たり前のように継続してきた日常の時間の中の本当の価値や、一瞬一瞬の奇跡にもう一度感謝する気持ちを思い出すこと。
今の自分の日常の『今』というこの瞬間に、ただ静かに『いる』ことだけで十分な時もあると思うのです。

一番最近観た『A Beautiful Day in the Neighborhood』はこのタイミングには最高の映画でした。今自分が必要として求めている価値観が散りばめてありました。

今回は自分一人でこの映画について書くつもりでしたが、
最近いろんな映画に興味を持つようになった10歳の娘と交換日記のようなことをしてみたので、それをそのまま載せてみようと思います!

熊谷和徳の映画往復書簡 #5
熊谷和徳の映画往復書簡 #5

ミスター・ロジャースことフレッド・ロジャースさんはアメリカの教育テレビに出演されていた方で、僕も90年台後半、NYにいた時から番組は何度か目にしていました。当時、僕は20代でしたので、子供向けの番組はクールじゃないと思い込み残念ながらその素晴らしさに気づくことはありませんでした。なんか地味〜な番組だなーくらいに思っていた自分にバカバカバカ! と反省するばかりです!
あの頃は、とにかく刺激的に生きることこそ自分のクリエイティブに必要だと思い込んでいるところもありました。しかし、長い年月を経て自分の心もだいぶ擦り切れ、いつのまにか求める価値観が変化してきました。

今、40も過ぎて改めてミスター・ロジャースに出会えたこのタイミングは偶然ではなく、今会うべくして出会う人だったのだと思います。

今これだけ、毎日ニュースが混沌としている中で、前向きな言葉を相手に投げかけることも、自分の中に探すことも本当に難しいと感じます。

でも結局のところ、世の中のポジティブな変化は、優しい一言からしか生まれないのではないかと強く思います。
僕のタップダンス人生におけるヒーローのグレゴリー・ハインズが言っていた言葉を思い出します。

『人のことを批判したり、貶めたりすることは本当に簡単なこと
でも、人のことを褒めて支えてあげることこそが本当に難しいチャレンジで価値のあること』

グレゴリーは舞台の上でも、日常の中でも本当にそのような方でした。

彼らは、自らの人生において本当の価値を理解していましたが、だからと言って完璧な人間だったということではなく、とても『人間らしい』人だったと僕は思うのです。
映画の中でも、ミスター・ロージャースも自分の気持ちをコントロールするために様々な努力をしているシーンがありました。番組のなかでミスをしてもそのまま編集せずに流し、『大人でもできないことがある』ということを伝えました。時には延々とプールで泳いだり、ピアノを弾いたりしていましたが、イライラした時はピアノにそれをぶつけることもあったようです。彼のそのように不完全さを自分らしく表現することにもまた魅力を感じます。

最後に、ミスター・ロジャースがアメリカ全米のテレビの世界で最高峰の栄誉ある賞エミーアワードを受賞した時、スピーチで彼が言ったことを紹介して終わりたいと思います。

『みなさんの心の中で、感謝したい人のことを思って10秒だけ目をつぶって静かにしてください』 

是非、これを読んでくださったみなさんも一度目をつぶって10秒間だけ、

静かな時間の中で感謝する人を思い浮かべてみてください。

【後記】
この文章を書いたのは、2月下旬〜3月はじめの頃でした。それから今まで世界的にも大きな変化を迎え、自分の住むNYも今日から外出禁止令が行われているところです。
個人的にも気持ちの大きな変化はあるのですが、若干の変更以外はその頃の気持ちを伝えられたらと思います。ミスター・ロジャースのメッセージも(演じているトム・ハンクスのメッセージも)今もこれからもずっと変わらずやはり素敵だなと思います!
熊谷和徳 3/22/20

熊谷和徳の映画往復書簡 #5
PROFILE
タップダンサー
熊谷和徳
Kazunori Kumagai
1977年 宮城県生まれ。15歳でタップダンスを始め、19歳で渡米。ニューヨーク大学で心理学を学びながら、本場でタップの修行に励む。20歳でブロードウェイのタップダンスミュージカル「NOISE/FUNK」のオーディションに合格。その後、ニューヨークをはじめ世界各国のダンスシーンで活躍し、タップ界のアカデミー賞ともいわれる「フローバート賞」「Bessie Award最優秀賞」と数々の権威ある賞を受賞。19年にはNewsweek Japanにて『世界で活躍する日本人100人』に選ばれる。現在はNYを拠点に世界中で公演を行うかたわらKAZ TAP STUDIOを日本に構え東京と故郷仙台にて後進の育成にも取り組んでいる。
FEATURED FILM
監督:モーガン・ネビル
出演:フレッド・ロジャース
1968年から2001年まで続いた長寿番組『Mister Rogers’Neighborhood』の司会者フレッド・ロジャースの半生に迫ったドキュメンタリー作品。
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