PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

熊谷和徳のシネマとリズムダイアリー vol.1

僕は変わらずここにいる。
『アメリカン・ユートピア』

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世界で活躍するタップダンサー熊谷和徳さんが、拠点であるニューヨークと日本で体感した「現在の世界」とその中にある「自分」の輪郭を、一本の映画と自身の身体を糸口として描きます。タイトルは「熊谷和徳のシネマとリズムダイアリー」。あなたが今、自分の五感でつかまえられる世界には、どんな音、どんな色が広がっていますか?
タップダンサー
熊谷和徳
Kazunori Kumagai
1977年 宮城県生まれ。15歳でタップダンスを始め、19歳で渡米。ニューヨーク大学で心理学を学びながら、本場でタップの修行に励む。20歳でブロードウェイのタップダンスミュージカル「NOISE/FUNK」のオーディションに合格。その後、ニューヨークをはじめ世界各国のダンスシーンで活躍し、タップ界のアカデミー賞ともいわれる「フローバート賞」「Bessie Award最優秀賞」と数々の権威ある賞を受賞。19年にはNewsweek Japanにて『世界で活躍する日本人100人』に選ばれる。現在はNYを拠点に世界中で公演を行うかたわらKAZ TAP STUDIOを日本に構え東京と故郷仙台にて後進の育成にも取り組んでいる。

今から1年前の冬、僕はNYの92Yという劇場スペースのある施設でアーティストインレジデンスとして3月に行う公演の為にリハーサルを行っていました。
その頃、アップタウンへ向かう地下鉄のホームのポスターでDavid Byrne(デイヴィッド・バーン)のショウ『American Utopia(アメリカン・ユートピア)』がブロードウエイでやっているというのを知って、ブロードウエイとDavid Byrneという奇妙な組み合わせに「なにやらすごいものが起きていそう。これは観たい!」と思いつつも自分の制作に追われ結局みる事ができずにいました。
その1ヶ月後の3月、ようやく自分のショウの準備を劇場で進めている時、ブロードウエイはコロナの感染の影響でクローズするらしいという信じられないニュースを聞き、そして僕自身の公演も延期(未だに開催されるかは未定)になり途方にくれた気持ちでトボトボと家に帰ったことを思い出します。
それが僕の最後にマンハッタンにいた記憶です。

あれから1年が過ぎ、信じられないような世の中の変化に飲み込まれながら、2021年4月、日本に帰ってきている僕は再びあの『アメリカン・ユートピア』に出会いました。

未だにクローズしたままのあのNYのブロードウエイで、お客さんが客席にいっぱいのコロナ禍直前に行われた奇跡のパフォーマンスを観て、この1年で失ってしまった自分自身の中の気持ちが溢れ出てきてしまい、“ただの感動”とは違うノスタルジックな想いで胸がいっぱいになりました。
同時に、ずっと何か緊張を感じていた僕の心がスッと解放されていくような、とてもクリエイティブで自由な気持ちも久しぶりに感じました。
知的な興奮が僕の心を少しだけ自由にしてくれたのだと思います。

この混沌とした時代にこの映画を観る人たちは、それぞれに様々な想いを心に思い描くでしょう。
僕自身にとってはコロナ禍以前に存在していた自分と今の自分を繋いでくれたようなそんな気持ちになりました。

1年前は、NYの地下鉄で日々様々な人種の人たちにもまれながら移動して、自分のパフォーマンスの制作に追われていた僕は、目の前のやらなくてはいけないことにいっぱいいっぱいで、今思えば創造することを楽しむ余裕もない時期だったように思えます。
それが昨年から向こう1年の仕事が全て無くなり創造することすらできなくなってしまった時を経験したことで、確実に僕の心も変化しています。

今僕は日本にいて、未だ大変な現状ですが心から何かしら表現することの喜びを求めて、それによって救われているとも感じます。
上手くできるとか下手だとかそういうことは関係なく、ただただタップシューズを履いて踊ることが楽しいという気持ち。感謝する気持ち。そこにまた戻ることができたことは、この1年の様々なことや感情のおかげであり、遠回りではあるけれど決して無駄ではない時間であったとも思うのです。

この映画を観ながら、自分のこの1年を回想していました。
歌と踊り、そしてそこに込められたメッセージの中に入り込んで感動して、次第に「今」というその瞬間だけに入り込み、あの場にいるお客さんと同じような気持ちで過去のことも未来の不安も忘れて、様々な気持ちが解放され「これでいいのだ」というバカボンのパパの気持ちに最終的になってきたのです。

時代は急激に変化したけれど、僕は変わらずにここにいると。

それはおそらく、David Byrne自身が自分の想いをまっすぐに、ずっとブレずに表現し続けていて、それでいて思いっきり楽しんでいることが、共鳴しているのだと思います。

人種問題についてもここ最近のBlack Lives Matterムーブメントに乗っかって始まったわけではなく、長年考え続けてきたことが伝わってきます。
衣装やライティング、動きや喋りの全て、そして自転車好きでNYを自転車で走り続けている姿から彼独自のアイディアやセンスが伝わってきます。
その全てに誰かのディレクションで動かされているわけではない彼自身の意思を感じます。
それは僕の好きなニューヨーカーの姿であり、妥協のないブロードウエイの表現(*)に映画監督SPIKE LEE(スパイク・リー)の姿も重なって(彼は生粋のニューヨーカでもある)、素晴らしい相乗効果を生み出しています。

生でブロードウエイの舞台が見れなくなってしまったこの時代に、映像の中で笑ったり泣いたり感情の全てを揺さぶられながら感じることができるこの映画は、とても貴重な叙事詩的な作品にも感じるのです。

今年の秋にはブロードウエイでの再演の可能性があるらしいので、その時にはまた、あのNYで観たい。きらびやかなネオンと喧騒の聞こえる、あのタイムズスクエアで。
僕も自転車に乗ってブルックリンブリッジを渡って劇場に行けたらいいなあ。
それでピザを帰りに食べたり、お茶をして感想を語り合ったりして。
そして僕自身も昨年実現できなかった公演をまたNYでやりたいです。

それまで自分には何ができるのか、どんなに大変なことがあっても、
今という、かけがえのない時間を大切に感謝しながら一歩一歩前に進んでいきたいと思います。

” Then a peace of mind fell over me — (私の心に平穏が降りてきた)

In these troubled times, I still can see  (この大変な時代にも まだ見ることができる)

We can use the stars, to guide the way (星たちの光を暗闇の案内にして)

It is not that far, the one fine — ” (あの晴れやかな日は そう遠くない)

“One Fine Day” – David Byrne より

*僕が思うブロードウエイはハリウッドと違い、すごく早い段階から人種問題に取り組んでいて、ハリウッドで受け入れられなかった黒人達の表現はタップダンスのショウでも、『BLACK AND BLUE』『JELLY`S LAST JAM』『BRING IN DA NOISE BRING IN DA FUNK』など、ブロードウエイでは許されてきています。
“NOISE FUNK”でタップダンサーであり俳優のセビオン・グローバーがこう語るシーンがあります。
「ハリウッドは自分たち(黒人)を受け入れない。彼らはエンターテイナーを求めるが、チャック・グリーンやジミー・スライドといった(黒人の)タップダンサー達はエジュケイターである」

◎『AMERICAN UTOPIA』 David Byrne

AMERICAN UTOPIA

INFORMATION
『アメリカン・ユートピア』
監督:スパイク・リー 製作:デイヴィッド・バーン、スパイク・リー
出演ミュージシャン:デイヴィッド・バーン、ジャクリーン・アセヴェド、グスタヴォ・ディ・ダルヴァ、ダニエル・フリードマン、クリス・ジャルモ、ティム・ケイパー、テンダイ・クンバ、カール・マンスフィールド、マウロ・レフォスコ、ステファン・サンフアン、アンジー・スワン、ボビー・ウーテン・3世

5月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイント他全国ロードショー
公式サイト: americanutopia-jpn.com
©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED
PROFILE
タップダンサー
熊谷和徳
Kazunori Kumagai
1977年 宮城県生まれ。15歳でタップダンスを始め、19歳で渡米。ニューヨーク大学で心理学を学びながら、本場でタップの修行に励む。20歳でブロードウェイのタップダンスミュージカル「NOISE/FUNK」のオーディションに合格。その後、ニューヨークをはじめ世界各国のダンスシーンで活躍し、タップ界のアカデミー賞ともいわれる「フローバート賞」「Bessie Award最優秀賞」と数々の権威ある賞を受賞。19年にはNewsweek Japanにて『世界で活躍する日本人100人』に選ばれる。現在はNYを拠点に世界中で公演を行うかたわらKAZ TAP STUDIOを日本に構え東京と故郷仙台にて後進の育成にも取り組んでいる。
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