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山田真歩のやっほー!シネマ 第17回

「わからない」という魅力

山田真歩のやっほー!シネマ 
「彼女がいないと日本映画界が回らない」と言っても過言ではない、ユニークな魅力と幅広い演技で、映画にドラマに引っ張りだこの女優・山田真歩さん。そんな山田さんがある映画を出発点に、暮らしのことや仕事のこと、思い浮かんだ情景を感性豊かに書き綴る連載「やっほー!シネマ」、隔月連載中です。
俳優
山田真歩
Maho Yamada
1981年生まれ、東京都出身。女優。大学卒業後、出版社勤務を経て、2009年に映画『人の善意を骨の髄まで吸い尽くす女』でデビュー。同年の『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』で主演に抜擢され、NHK連続テレビ小説『花子とアン』(2014年)をはじめ、映画・TV・舞台で活躍。2016年、主演作『アレノ』で高崎映画祭最優秀主演女優賞を受賞。2021年、主演短編映画『かの山』が第78回ヴェネチア国際映画祭 オリゾンティショートフィルムコンペティション部門に入選。近作にドラマ『あなたの番です』、『ナイルパーチの女子会』、『半径5メートル』、『ブラッシュアップライフ』、映画『夕陽のあと』など。女優業の傍ら、ブログでの文章・イラスト執筆なども行う。現在ドラマ『隣の男はよく食べる』(Paraviにて毎話独占先行配信。テレビ東京系にて毎週水曜24:30放送)に出演中。また5月14日に出演ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(BSP・BS4Kにて毎週日曜22:00放送〈全10話〉)が放送開始。5月19日に出演映画『最後まで行く』が公開。

「相手に波長を合わせないでください」
「一つのことを、お互いに全く違う見方で、違うように感じたままで居てください」
「悲しいけれど同時に嬉しく、寂しいけれど清々しくもある、というように複雑な感情のままで居てください」

この間、短編映画の撮影のときに監督のTさんから言われたことがずっと胸に残っている。Tさんは私と同年代の女性で、これまでずっとテレビのドキュメンタリー番組に携わってきたという。
「ドキュメンタリーを撮っていると、『この人、今何考えているんだろう?』という微妙な表情、不可解な沈黙や仕草なんかに魅力を感じることが多いんです。でも、そういったものは編集のときにバッサリ落とさないといけないんですよね」
「なぜですか?」と私が聞くと、「やっぱり、誰が見ても一度で理解できる“わかりやすい物語”が求められるんですね」とTさん。脇道にそれることなく、曖昧なものをカットしてシンプルに要約する。そういうことを繰り返しているうちに、だんだん自分の中の“わからないものをわからないままに受けとめる筋肉”が衰えてきてしまったように感じたという。
「今回は実験してみたかったんです。複雑なものを複雑なまま、たくさんの見方ができるものを作れるかどうか」と彼女は言った。なぜなら、世界は一面的ではないから。どこからそれを見るかで全く変わってくるし、二人の人間がいればそこに誤解やすれ違いはあって当然だから、と。
台本として渡された五枚ほどの紙には「別れることになった夫婦の最後の一日」が描かれていた。登場人物は妻と夫のみ。台詞はほとんどなく、たくさんの解釈ができそうだった。三日間の撮影が終わったとき、共演者のK君が「左に行くということだけは決まってるんだけど、その行く道が何通りもあるみたいな撮影だったなあ」とつぶやいて、私たちは笑った。

撮影後、TさんからDVDを一枚借りて帰ってきた。前から観たかった『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』というドキュメンタリー映画だ。泥沼化したベトナム戦争を描いた映画『地獄の黙示録』の製作の舞台裏を、フランシス・フォード・コッポラ監督の妻・エレノアさんが肉声とともに記録している。撮影が始まってすぐに主演俳優が交代になったり、制作費が足りなくなって監督が自宅を抵当に入れたり、交代した主演俳優があまりの過酷な撮影で心臓発作を起こしたり、最後の黒幕「カーツ大佐」役のマーロン・ブランドとコッポラ監督が役の解釈をめぐって大揉めをしたり……。もの凄い映画の舞台裏は、さらにもの凄いことになっていた。
面白かったのは、そのDVDにはコッポラ監督の肉声がコメンタリーとして別に収録されていて、エレノアさんとはまた違った目線から『地獄の黙示録』のことを語っていた。

このドキュメンタリー映画を観ていて一つだけ気になることがあった。コメンタリーの中でエレノアさんが、マーロン・ブランドは原作も読まず、与えられた台詞も拒否し、痩せると約束したのに逆に太ってきて、「怠慢に思えた」と語っていたけれど(私もその噂を聞いたことがある)、それは本当なんだろうか? 撮影が終わるとインタビューも拒否して帰ってしまったというマーロン・ブランド自身は、一体どんなことを感じながらあの作品に臨んだのだろう?
気になったので、『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』を観終わったあと、『マーロン・ブランドの肉声』というドキュメンタリーを観てみた。これはマーロン・ブランドが自分の声をテープに録音した膨大な量の“声の日記”のようなものがもとになっている。その中で、ジャングルでの特殊部隊のことや、悲惨な戦地の写真など、『地獄の黙示録』に関する資料をできるかぎり集めて研究していたことが語られていた。
「脚本を読んだらバカげていた。監督に大きな間違いだと言ったよ。カーツ大佐の使い方を誤るなと。脚本を全部書き直した。……監督には“光を”と言った。半分が影で半分が光。謎めいた人物で神話的でもある。彼こそが闇の中心だ」
「自分も二つに切り裂かれるようで恐ろしくなった。それでもなんとかできた。私はきっと、もう戻れないだろう。……何をそう怖がる。恐れに身を任せよう。そして恐れとともに行く」

もしかしたら、真実はたくさんあるのかもしれない、と思った。誰の目線でそれが語られるかによって変わってくる。ちょうど月の満ち欠けのように。月は一つだけれど、いろんな形に見える。
私はこのマーロン・ブランドの言葉を、『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』の三つ目のコメンタリーとして受けとめることにした。

『地獄の黙示録』は、何年か前に映画館で観たことがあった。そのときは前半の迫力のある縦横無尽な展開に比べて、終わり方がなんとなく尻切れとんぼで物足りなさを感じたけれど、今また観返してみるとびっくりするほど印象が違う。とくに後半が生き生きとして豊かに見えた。
「何が違うんだろう?」と不思議に思って調べてみると、私が最初に観たのは封切りの1979年版だったことがわかった。今回観たのは、その20年後に編集され直した2001年版の『地獄の黙示録 特別完全版』。封切りよりも50分ほども長く、観たこともないシーンがたくさん甦っていた。さらに驚いたことに、つい最近『地獄の黙示録 ファイナルカット』というものも出ている。一つの映画が、封切りから今日まで40年間に渡って変化し続けているという事実に息を呑んだ。

今回、『地獄の黙示録 特別完全版』を観たときにいちばん印象に残ったのは、最後に登場するマーロン・ブランド演ずるカーツ大佐の“頭”だった。髪をそり落とした丸々とした頭に光が当たって、まるで夜空に浮かぶ月のように見えた。それは、ゆっくりと動く軟体動物のように暗闇の中から姿を現し、新月から三日月になり、半月から満月になった。
それを観た瞬間、「ああ、この人は完全にわかってやっていたんだ。この作品を魂の深いところで理解していたんだ」と身体の奥の方が震えた。怠慢ではなくて、これがカーツ大佐に対するマーロン・ブランドのアンサーだったんだ。彼の身体からは、浮世離れした仙人のような人物では到底出せない、異様な底なし沼のような匂いが漂っていた。行っても行っても底がない。輪郭がなく、とらえどころのない恐怖そのもの。混沌とした悪夢のような世界そのものになって、ジャングルの奥へやってきたんだと思った。

今、三つの『地獄の黙示録』を観終わってみて、「どのバージョンが好きか?」と問われたら、『地獄の黙示録 特別完全版』と答えると思う。いちばん寄り道が多くて、複雑で、矛盾に満ちあふれていて、収拾がついてない感じが凄いから。それがそのまま最後のジャングルの闇の深さや、人の魂の奥深さに繋がっていくような気がするから。

『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』を貸してくれたTさんは、散歩のドキュメンタリー番組にも長年携わってきたという。知らない町を歩くのが好きですと私が話すと、彼女はこんなことを言った。
「散歩しがいのある町というのは、だいたい地図を見るとわかるんです」
「どうしたらわかるんですか?」
「古い町ほど入り組んで細かい道が多いんです。毛細血管みたいに」
――ああ、確かに、と思った。今回、撮影の舞台になった逗子の街も歩いていて楽しかった。たくさんの名もなき小道や脇道があって、「あれ、こんなところにも道があるんだ」とか、「前はこの道に気がつかなかったな」とか、迷い込みながら散歩を楽しんだ。

「わからない」というのは魅力なのかもしれない。簡単にまとめられないから、いろんな角度から考えつづけられるから、いろんな解釈ができるから、答えが一つではないから……何度でもまたそこに立ち戻りたいと思える。
そんな「わからないものたち」のことが、私はだんだん好きになってきている。

※山田真歩さんのご連載は今回で一旦休載します。再開は2021年春の予定です。どうぞ楽しみにお待ちください。

PROFILE
俳優
山田真歩
Maho Yamada
1981年生まれ、東京都出身。女優。大学卒業後、出版社勤務を経て、2009年に映画『人の善意を骨の髄まで吸い尽くす女』でデビュー。同年の『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』で主演に抜擢され、NHK連続テレビ小説『花子とアン』(2014年)をはじめ、映画・TV・舞台で活躍。2016年、主演作『アレノ』で高崎映画祭最優秀主演女優賞を受賞。2021年、主演短編映画『かの山』が第78回ヴェネチア国際映画祭 オリゾンティショートフィルムコンペティション部門に入選。近作にドラマ『あなたの番です』、『ナイルパーチの女子会』、『半径5メートル』、『ブラッシュアップライフ』、映画『夕陽のあと』など。女優業の傍ら、ブログでの文章・イラスト執筆なども行う。現在ドラマ『隣の男はよく食べる』(Paraviにて毎話独占先行配信。テレビ東京系にて毎週水曜24:30放送)に出演中。また5月14日に出演ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(BSP・BS4Kにて毎週日曜22:00放送〈全10話〉)が放送開始。5月19日に出演映画『最後まで行く』が公開。
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