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柳亭小痴楽 映画世渡り術 第一回

思うがままに生きたい皆さんへ。
『イエスマン』と、落語家だった親父の話

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柳亭小痴楽映画世渡り術

(2019年9月、30歳で真打への昇進を果たした、今注目の落語家・柳亭小痴楽さん。聞けば、ヤンチャだった子どもの頃から大の映画好きで、仕事が今ほどなかった二ツ目時代には、1日3本は平気で観ていたほどだそう。この連載ではそんな小痴楽さんが人生に悩んでいる誰かに向けて、1本のおすすめ映画を通じ、世の中を飄々と渡っていく術を教えます!)

十人十色。気性や見た目、喋り方から声色、何から何まで同じ人間はいない。それらすべてが一つになって、人それぞれの『ニン』がかたちづくられる……。

これを読む皆さんは『ニン』という言葉を知っているだろうか。調べてみると「歌舞伎」から「落語」へ派生した、役者の持つ芸風やキャラクターを意味する用語なんだそう。私の商売は噺家で、芸事のこの世界にいると、『ニン』という言葉をよく耳にする。「自分の『ニン』に合った芸をしなさい」「自分の『ニン』を知りなさい」なんという風に言われることが多々ある。

役者や噺家などに限らず、『ニン』はすべての人間に使える言葉だと思っている。そもそも『ニン』という言葉が好きだ。私にとってこの『ニン』は、自分を見失った時、誰かに失礼、無礼をしてしまった時、生き方が迷子になってしまった時に、自分というものを測る物差しだ。

『ニン』に合う言葉を使い、『ニン』に合った行動をとる。自分が生き易い人生を送れるように、私の『ニン』は何なんだろうかということを、いつも気にかけているのだ。つまらない見栄を張ったりせず、一本筋を通した自分でいられるのが理想だ。

さて皆さんの中には、自分の『ニン』なぞ分からないなんて人も多いのではないかと思う。引っ込み思案で、自分の考えを前に出せない自分。「人に嫌われたくない」と、そんなことばかり考えてしまって中々行動を起こせない自分。

「そんな自分を変えたい!」という人にオススメしたいのが、映画『イエスマン “YES”は人生のパスワード』。ジム・キャリー演じる超ネガティブ思考の偏屈男・カールが、ある日すべてのものごとに「イエス」と答えるルールを自分に課したことから、仕事や友だち、恋人との関係に大騒動が起こってしまうコメディだ。

この映画を観ると、「自分」とは良くも悪くも自らつくっていくもの、と思う。「意地悪」だったり、「嘘つき」だったり、「理不尽」だったり。この三タイプの人間はまず嫌われる。ただ、結果としてこういう人間になってしまうことはあるかもしれないが、自分から「意地悪な人間になろう!」とはまずならないんじゃないだろうか。

実際、カールも辛い失恋をきっかけに、偏屈になってしまった人間だ。この人の『ニン』はもう少し明るかったはずなのに、すっかりこじれてしまっている。そんな彼は自己啓発セミナーのカリスマ主宰者・テレンスに出会い、怪しがりながらも惹かれていく。それはテレンスが、どうやら『ニン』に忠実に生きているようだから、かもしれない。テレンスに言われるまま「イエス」と答えることを始めたら、カールの人生は一変する。

ところで皆さんの身近には、カールにとってのテレンスのように、なりたい自分像や目標だと思える人がいるだろうか?

私にはいる。私の目標は親父だ。

親父は十年前に他界したが、噺家だった。

親父は毎日誰かと遊んで、家にはたいして帰ってこない。明け方に「楽しかった?!」と言いながら帰ってきて、夕方に「遊んでくる!」と言って出掛けていく。年に数回、地方での仕事に絡めて家族旅行に連れてってはくれるが、一緒に行動する時間は行き帰りの飛行機くらい……いや、帰りだって遊び足りないのか、自分だけ旅先に残って別便で帰ってきたりもする。行く先々で友だちに会っては、家族そっちのけで遊んでくるのだ。

とにかく友だちが多かった。そんな親父を見て、子ども心に「大人ってこんなに自由に遊べるの? 何でいつも誰かと一緒なの? 何でこんなに毎日楽しそうなの?」「この人と同じように生きれば、同じような考え方ができるようになれば、自分もいつか大人になっても毎日仲間と遊んで楽しく生きられるんだろうか」こう思った。それ以来いつも親父を観察してた 。

観察していて気付いたのは、親父の周りにいる仲間や我々家族は、いつも親父に困って、親父に笑っていたことだ。

何せ、親父の考え方はとにかく「乱暴」で「横暴」で「ストレート」。一言で言うなら、まず人に嫌われるはずの「理不尽」だ。

小学生の時にピアスを開けた。親父に見せたら、いきなり開けたばかりのピアスを引っ張っられた。耳たぶが千切れて「痛い!」と言ったら、親父は「な? 自分で弱点つくるバカがどこにいる?」とのことだった。

な? 乱暴だろう?

毎年、大晦日から元旦にかけての夜中に、家族揃っての「ドンピン」大会があった。要はブラックジャックのこと。その最中に除夜の鐘がボーンとなると、親父は兄貴と私にお年玉をくれる。お礼を言って懐に入れようとすると、親父は決まってこう言った、「待て。これから使うんだ」。

親父はギャンブルがやたら強かった。だからいつも、兄貴と私共々惨敗で、くれたはずのお年玉を全部回収し終えた親父は「俺はあげたぞ? お前達が使ったんだからな?」と言って自分の懐へしまってしまう。

な? 横暴だろう?

万事こんな具合だったが、一方で教わったこともたくさんある。

親父から一番言われた言葉は『筋を通せ』だと思う。何かあるたびに「それ、ちゃんと筋通ってるか? 大義名分はあんだろうな?」と問われ、耳にタコができたほどだ。

子どもの私が何か悪いこと、ズルや喧嘩や弱いものイジメをした時の叱り方も変わっていた。「それはダメ」という言い方はしなかった。「何でしたの?」「どうしてこう言ったの?」と、どこまでも問い詰めてきた。それで自分のしたこと、自分の思ったことを話していくのだが、だんだん誤魔化しや言い訳で、話の筋道がグチャグチャになっていくのに気付く。そんな私に父は「な? それは違くねぇか?」と一言。

親父から教わった色々な言葉の中で、今も一番大事にしているのが『嘘はつくな。バカでも良いから真っ直ぐ生きろ』。

父が言うには、私達父子のようなバカは、ついた嘘も明日になったら忘れてしまう。次の日に違うこと言ってたら、仲間は信用してくれなくなる。バカでも真っ直ぐ生きていたら、仲間は「こいつバカでも、嘘は言わないから信用できる」「バカだからしょうがない、助けてあげよう」と味方になってくれる。

その考えは今の自分の核になっている。これが、良いことなのか悪いことなのかは正直分からない。ただ、今のところ毎日、仲間の誰かが一緒に笑い合ってくれている。

親父は脳幹出血で四年の闘病生活を送った。死ぬ時には家族全員の前で、母ちゃんに「俺と一緒で楽しかったろ?」。母ちゃんは笑いながら「めっちゃくちゃ楽しかったよ! 二度とこんな楽しみは味わいたくない」こう言っていた。

このやりとりを見た時に私は「ああだこうだといくら頭を使って考えても、正解か不正解かは死ぬ時まで分からないんだなぁ。だったら思うがままに、自分を、自分の目標を信じて楽しく生きよう」と思った。

「理不尽」だけど、「仁義にとにかく厚い」。そんな親父の生き方を刷り込まれてきた私だが、『イエスマン』のラストのように、そのうち自分の自然な『ニン』を身に付けられたら幸せだなぁ。

でもどうしよう。私の自然な『ニン』が、親父から刷り込まれた「理不尽」だけだったら……。

柳亭小痴楽映画世渡り術 第1回
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FEATURED FILM
監督:ペイトン・リード
出演:ジム・キャリー、ズーイー・デシャネル、ブラッドリー・クーパー、ジョン・マイケル・ヒギンズ
人生に後ろ向きだった男が、すべてのものごとに「イエス」と答えるルールを自分に課したことから騒動が巻き起こるコメディ。監督は『アントマン』のペイトン・リード。出演は『マスク』『トゥルーマン・ショー』のジム・キャリー、『(500)日のサマー』のズーイー・デシャネル、『アリー/スター誕生』のブラッドリー・クーパーなど豪華な面々。ロサンゼルスの銀行に勤務するカールは手痛い失恋をきっかけに、周囲に壁をつくっていたが、親友から「生き方を変えないかぎりお前はひとりぼっちになる」と脅され、勇気を振り絞り、とあるセミナーに参加する。
PROFILE
落語家
柳亭小痴楽
Kochiraku Ryutei
1988年生まれ、東京都出身。落語家。2005年10月、二代目桂平治(現:桂文治)へ入門し「桂ち太郎」の名で初高座。2008年6月、父・柳亭痴楽の門下に移り「柳亭ち太郎」と改める。2009年9月に痴楽没後、柳亭楽輔門下へ。同年11月、二ツ目に昇進し「三代目柳亭小痴楽」となる。2013年、落語芸術協会所属の二ツ目で構成されるユニット「成金」を昔昔亭A太郎、瀧川鯉八、桂伸三、三遊亭小笑、春風亭昇々、笑福亭羽光、桂宮治、神田松之丞、春風亭柳若、春風亭昇也と共に結成し、落語ブームを牽引。2019年9月、真打への昇進を果たす。
Twitter: @kochiraku
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