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柳亭小痴楽 映画世渡り術 第九回

優柔不断だと悩む皆さんへ。
『アバウト・タイム』と、柳家小満ん師匠の話

柳亭小痴楽映画世渡り術
2019年9月、30歳で真打への昇進を果たした、今注目の落語家・柳亭小痴楽さん。聞けば、ヤンチャだった子どもの頃から大の映画好きで、仕事が今ほどなかった二ツ目時代には、1日3本は平気で観ていたほどだそう。この連載では小痴楽さんが人生に悩んでいる誰かに向けて、1本のおすすめ映画を通じ、世の中を飄々と渡っていく術を教えます!
落語家
柳亭小痴楽
Kochiraku Ryutei
1988年生まれ、東京都出身。落語家。2005年10月、二代目桂平治(現:桂文治)へ入門し「桂ち太郎」の名で初高座。2008年6月、父・柳亭痴楽の門下に移り「柳亭ち太郎」と改める。2009年9月に痴楽没後、柳亭楽輔門下へ。同年11月、二ツ目に昇進し「三代目柳亭小痴楽」となる。2013年、落語芸術協会所属の二ツ目で構成されるユニット「成金」を昔昔亭A太郎、瀧川鯉八、桂伸三、三遊亭小笑、春風亭昇々、笑福亭羽光、桂宮治、神田松之丞、春風亭柳若、春風亭昇也と共に結成し、落語ブームを牽引。2019年9月、真打への昇進を果たす。
Twitter: @kochiraku
Q.優柔不断な私に、向き合ってくれる映画を知りたいです。
私は優柔不断な性格で、何事もなかなか決められません。「自分が本当にしたいこと、選びたいことってなんだろう?」と考えるのですが、悩みに悩んだ末、結局はとりあえず逃げ道になりそうな答えを選んでしまうのです。そんな「優柔不断の堂々巡り」をしてしまう自分が嫌になります。私のような人間の悩みに向き合ってくれる映画を教えてほしいです。
(投稿者:ぴいよさん)

この連載では今回から、読者の方にお悩みをいただき、それに合う映画をおすすめすることになった。まずは投稿してくれたぴいよさん、ありがとうございます。
生きていると、大事なことからどうでも良いことまで、沢山の選択に見舞われる。ただ、私はハッキリ言うと、今までの人生でそういった選択の場面に出くわしても、ほとんどがその場その場の即決人間だった。私のこの足りない頭で時間をかけて考えても、即決の結果と何も変わらないからだ。
一度、学校を辞めて噺家になるときだけ、時間をかけて考えた。と言っても、“学校を辞めて噺家になる”のはハナから決めていた。ただ、相談をした先輩に「噺家しか知らずに噺家になるのと、他に自分のやりたいこと、やりたい仕事について知った上で噺家になるのとでは、これから一生続いていく噺家人生が違ってくるんじゃない?」と言われて、他の自分のやりたいことを考える時間を作った。この時間があったからこそ、未練なく噺家になることができた気がする。
このとき以外の私は今の今まで、或いはこれから先も“考える”という時間はとても短いんじゃないかと思う。即断即決のキッパリしている人間と言えば聞こえは良いが、その実、ただ能天気で行き当たりばったりなだけだろう。
そう思うと、優柔不断とは、実は一つのことにちゃんと向き合い大事にできる、素晴らしい性格なのかもしれない。人生は一度きり。悩んで悩んで、悩み切ったのなら、結果がどうであれ、それだけ真剣だったんだ。その上でこの結果なんだ。悩まなければもっと悪い結果だっただろうというふうに考えて、楽しく生きられると良いよね。
優柔不断な自分を変えようと、ネガティブに捉えるから疲れてしまう。そうではなくて、「私はみんなより、真剣に人生を味わっているんだ」と考えたら楽になれるんじゃないだろうか。そういうおおらかな生き方を教えてくれそうな映画が、『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』だ。

『アバウト・タイム』の主人公は、イギリス南西部に住む青年ティム。彼は両親、妹、叔父との五人暮らし。ちょっと変わっているが仲のいい家族と、海辺でピクニックをしたり、野外で映画を観たりして、平穏に暮らしていた。ただティムは自分に自信がなく、恋人ができた試しがない。そんな中で迎えた21歳の誕生日、父から一族の男には信じられない能力が継承されていると告げられる…。それは、タイムトラベル! ティムは驚きつつも、恋人を作るためにタイムトラベル能力を使い始める。しかし、そんな簡単に望みは叶わない。失敗しては過去に戻り、また失敗しては過去に戻り、という堂々巡り…。完璧な失恋を経て、ティムはロンドンへ移り住み、弁護士になる。
ロンドンでティムは、チャーミングなメアリーという女性に出会い、恋に落ちる。彼女と恋人同士になりたくて、またもタイムトラベルを駆使するうち、ついには時間の落とし穴にハマり、なんと二人の出会いはなかったことに! 死にもの狂いでどうにか再会を果たし、メアリーと一緒になる。幸せな日々を過ごすかに見えたティムだったが、それから様々な辛苦が訪れ、タイムトラベルでさえどうにもならない人生の選択を迫られる。そのとき、ティムはどう人生と向き合っていくのか?
笑いたっぷりに進んでいくが、どんな人間にも起こる悩みや悲しみを描いた物語。私が一番心に響いたのは、お父さんから教わった「人生が幸せになる秘訣」を、ティムが実践するシーンだった。
それはまず、「普通に生活すること」。普通の人と同じように、一日ずつ生活を送る。それからタイムトラベルを行い、「毎日を同じように、もう一回繰り返すこと」。緊張や不安で気づけなかった人生の素晴らしさに二度目は気づけるという。つまり、緊張や不安を手放しさえすれば、どんな毎日も最高なんだということを、ティムはお父さんのアドバイスを通して理解していく。

「でも、そんなのタイムトラベル能力を持っているから感じられることでしょう?」とお思いの方!
否! 私もそう思いたかったが、なんと私のそばに、まさにそんなふうに人生を謳歌している方がいるんです! その方とは、私の大大大先輩、柳家小満ん師匠という大ベテランの師匠である。御年八十才、芸歴は五十年を超えるが、人柄はとっても気さくで優しい。仏様のようなお顔と雰囲気を持ち合わせ、しばしば見せてくれるニコッとした笑顔がなんとも素敵で、高座はというと渋くて昔気質という、“男が憧れる”というのはこういう人のことだろうという師匠。その底深い優しさを紹介しよう。
あるとき、博多で若手の楽屋にフラッと入ってきた師匠、「誰か餃子食べに行かないか?」と誘ってくれた。ところが恐縮しきった若手は、どうして良いか分からず返答に困っていた。私はというと、高座に上がる時間が迫っていたので行かれないと思い、黙っていた。しばらくすると師匠は「ちぃちゃん、どうだ? 行かないかい?」と私を誘ってくれた。嬉しかったが、急かしてしまうのも申し訳がないという旨を伝えると、「高座の時間に間に合わせるから、付き合っておくれよ」と言ってくれた。大喜びでついて行くと、私のためにタクシーに乗ってくれて、餃子屋さんへ。師匠はとてもグルメで、美味しい餃子をご馳走になった。帰りもタクシーに乗せてくれたのだが、そのとき私は師匠に「師匠、どうして私みたいな他協会の若手なんか連れて行ってくれるんですか?」と質問した(※柳家小満んさんは落語協会、小痴楽さんは落語芸術協会に所属)。すると師匠は「ちぃちゃんとはそんなにしょっちゅう会えるわけじゃないだろう? たまに会ったんならご飯くらい食いたいじゃない。それに若い子が美味しいもん食べて、『美味しい美味しい』言ってるの聞くと、嬉しいじゃない。そんで、俺も美味しかったら、今度はかみさん連れて行って、かみさんの喜んでる顔見るのが幸せなんだよね」。なんて素敵な人なんだろう!
先日も稽古をつけてもらった。その楽屋から永田町駅までの帰り道。ゆったり周りの景色を見ながら歩く師匠。ふと空を見ると、私に「綺麗な夕暮れに差し掛かってきたね。うっすら赤みが出てきたろ? その下を見ると、緑の葉っぱが良い色出してるよ」。そして落ちている葉っぱを拾い、私に向けて「見てごらん? この落ち葉はね、地面に落ちる手前の薄くなった緑がなんとも言えず色っぽいんだよ」。さらに駅付近にある花壇を見て、「この花は雑草なんだけど、綺麗にしているところにしか咲かないんだよ。ここには咲いてるんだなぁ。いいね」なんて言いながら、本当なら五分弱のところを、十五分もかけて歩くのだ。そのとき私は、今まで移動中に、道端に咲いている花や、周りに広がっている景色になんて目を向けてこなかったことを思い、「師匠はなんて、人生のなんでもない時間を大切にしているんだろう」と感じた。きっと、小満ん師匠にとって無駄な時間なんてないんだろうなぁ。どんなことにも喜びや幸せを感じられる人なんだなぁ、と羨ましくなった。
タイムトラベル能力なんて持ってなくても、小満ん師匠のような心持ちになれれば、さぞかし楽しい幸せな人生を送れるんじゃないかと私は思う。
でも…、もしかしたら師匠はタイムトラベル能力を授かっているから、あんなに余裕があるのかも!? もしかしたら人間じゃなくて宇宙人なのかも!? ちょっと皆さん、インターネットで画像検索してみて。そう考えると宇宙人の子どものような顔をしている、おじいちゃん師匠!

今回の一言! ドドン!

柳亭小痴楽さんへ
「こんな悩みに効く映画を教えてほしい」
と思うご相談をお送りください!
採用された方には、小痴楽さん直筆の
一言&サイン色紙をお贈りします。
送信完了しました。
ありがとうございました。
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FEATURED FILM
監督:リチャード・カーティス
出演:ドーナル・グリーソン、レイチェル・マクアダムス、ビル・ナイ、トム・ホランダー
『ラブ・アクチュアリー』の監督や『ノッティングヒルの恋人』の脚本など名作ラブコメディを手掛けてきたリチャード・カーティスによる、愛と幸せの本質に迫るSFロマンス。ティム(ドーナル・グリーソン)は、イギリス南西部で家族と暮らす、どこにでもいるような奥手な青年。しかし21歳の誕生日を迎えた日、ティムは父(ビル・ナイ)から、ある秘密を告げられる。それは、一族に生まれた男子にはタイムトラベル能力が備わっているというもの。能力の使い方を覚えたティムは初めての恋人を作るべく、繰り返しタイムトラベルをするようになる。
PROFILE
落語家
柳亭小痴楽
Kochiraku Ryutei
1988年生まれ、東京都出身。落語家。2005年10月、二代目桂平治(現:桂文治)へ入門し「桂ち太郎」の名で初高座。2008年6月、父・柳亭痴楽の門下に移り「柳亭ち太郎」と改める。2009年9月に痴楽没後、柳亭楽輔門下へ。同年11月、二ツ目に昇進し「三代目柳亭小痴楽」となる。2013年、落語芸術協会所属の二ツ目で構成されるユニット「成金」を昔昔亭A太郎、瀧川鯉八、桂伸三、三遊亭小笑、春風亭昇々、笑福亭羽光、桂宮治、神田松之丞、春風亭柳若、春風亭昇也と共に結成し、落語ブームを牽引。2019年9月、真打への昇進を果たす。
Twitter: @kochiraku
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