PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の大切な映画があれば…人と映画の物語

水野仁輔の映画とカレーをめぐる話 vol.4

寸胴鍋をグルグルとかき混ぜる、身勝手な男(『ネブラスカふたつの心をつなぐ旅』)

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水野仁輔の映画とカレーの旅に出よう

(カレーの全容を解明するため世界を旅している水野仁輔さんが、映画を旅するように巡りながら、映画とカレーと自身の”カレー人生”について綴ります。カレーと映画の新たな魅力を発見できるコラムです! 隔月連載中。)

思い出のための写真は撮らないと決めている。旅先(特に海外)には必ずカメラを携えていくが、撮るのは原稿執筆や研究のための記録写真ばかりである。国内にいても同じこと。特に自分のカメラやスマホに自分自身が写ることはほぼない。「撮らなくていいんですか?」と聞かれたら「魂を吸い取られるんで」などと答えるようにはしているけれど、もちろん本気でそんなことを心配してはいない。

ヒマさえあればカレーを作って提供するイベントをしているから、そこに居合わせた人が、スナップショットをたくさん撮影して送ってくれたり、その場にいたみんなで集合写真をシェアしたりすることがある。でもファイルを開いたりダウンロードしたりすることは、ほとんどない(まったくヒドイもんだ!)。「ありがとう」と返事をしつつ、いたたまれない気持ちになる。
極端に言えば僕は、思い出が要らないのだ。特別に忙しいわけではないけれど、自分の日常に過去を振り返る隙間がない。長年、相方として一緒にカレー活動をしてきたリーダーという男は、「思い出に生きる男」を自称しているから、僕はそれに対抗して「妄想に生きる男」と胸を張っている。「リーダーは優しい」ともっぱらの評判だが、「(それに比べて)水野は冷たい」といつも言われてしまう。

思い出を大事にする男は周囲に気配りができ、思い出を大事にしない男は周囲に迷惑をかける、ということか。
なあんて、ゆがんだ解釈をしてしまいそうになる。

水野仁輔の映画とカレーの旅に出よう

映画『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2013年)を観て、ふとそう感じた。「100万ドルが当たりました」というインチキな知らせを信じ込んだ老人、ウディがはるか遠いネブラスカまで歩いて賞金を取りに行くと言い出した。仕方なく車に乗せて旅路のお供をすることにした息子、デイビッドとの数日間を追うロードムービー。
大金を手にした暁には、ウディは現役時代に乗っていたトラックを買いなおしたいと言う。大酒飲みで自分勝手な奇行を繰り返す父をたしなめながら息子は旅をする。母親や兄を巻き込み、たまたま立ち寄った父の故郷で“過去の人たち”に出会い、息子は少しずつ父親へ気持ちを寄せていく。

ちょうど僕がデイビッドと同じくらいの年齢なのだが、映画の間じゅう、僕は自分の身を息子の立場に重ねることはなかった。そればかりか、ハートウォーミングな親子のやり取りにジーンとするようなことも特になかった。なぜなら、父親のウディのほうに強く惹かれ、共感してしまったからだ。
ウディは徹底的に思い出に興味を持たなかった。次々と明るみになる父の過去に興味を持つ息子に彼の態度はそっけない。
「ペグって知ってる?」
「知らん、誰だ?」
かつての恋人の名前を出され、怪訝な顔をするウディ。
「お父さんの仕事を継ごうとは思わなかったの?」
「忘れた。どうでもいいことだ」
デイビッドの問いに対してにべもない返事をするウディ。まるで頭の中には100万ドルのことしかないようだ。そんな姿を見れば見るほど思い出の要らない僕は、彼に気持ちを重ねてしまう。

いま直面しているカレー活動(イベントでのライブクッキングや海外のカレー取材、講演、カレー本の執筆など)。これから先、カレーでやれたらいいなと妄想していること。僕の頭の中はそのふたつのことだけで満たされている。
幼いころに出会って以来、ひとときも飽きたり心が離れたりすることのないカレーという存在が僕にはある。カレーが僕を“何者でもないどこかの誰かさん”になってしまう危機から救ってくれた。カレーがあるから、自分の自分らしさが確立され、仲間が増え、新しい体験が続いている。いったいカレーのどこにそんな魅力が隠れているというのだろうか。カレーの全容を解明したい。その好奇心は膨らむばかりだ。
100万ドルでトラックを買って乗りたい。ウディも呆れた妄想癖(?)の持ち主だが、現在と未来で頭がいっぱいに違いない。あの映画に登場するどの人物よりも、過去を振り返らない現役バリバリのプレーヤーなのである。カッコいいじゃないか。ああいう老人になりたいものだ、と思ってハッとした。自分はこれから先もさらに輪をかけて他人に迷惑をかけたり、誰かをガッカリさせたりして生きていこうとしているんじゃないだろうか。

水野仁輔の映画とカレーの旅に出よう

去年、高知県のとあるカフェからイベントで呼んでいただき、カレーのライブクッキングをしたときのことを思い出した。2日間のイベントは無事終了し、カフェのオーナーやイベントをサポートしてくれたスタッフの皆さんで“思い出”の集合写真を撮ることになったときだ。
カメラマンがカメラを構え、10数人がぎゅっと集まった場でポーズをとる。たまたま隣りにいたオーナーが、僕の耳元でこうささやいた。
「水野さん、この写真、要らないんですよね!」
「あ、いや、その、別に、まあ、そ、そうなんですけどね……」
タジタジになるとはこのことだ。確かにその通りだから仕方がない。後から見る写真は思い出だからなくてもいいが、みんなで並んで写るこの瞬間は“今”だから大事にしているんだけれど、そんな言い訳は通用しないだろう。

映画は最後の最後に、予想通り、賞金が当たっていなかったことが判明する。失意に暮れるウディにデイビッドは乗っていた車をトラックに変えてプレゼントする(なんとよくできた息子なことか)。故郷の街に差し掛かる手前で、息子は父親に運転を変わろうと提案する。運転席に座り、シフトレバーを握ってからのウディの姿が僕の目に強く焼き付くこととなった。
街を走りはじめ、知った顔に声をかけられると、突然、ウディは息子にこう言ったのだ。
「Get down!(隠れろ!)」
戸惑う息子に声を荒げる。
「Common! Get down!(隠れろって言ってんだろ!)」
この街でトラックを運転する俺の世界を邪魔するな。今の俺にお前は必要ない存在なんだ。そうでも言わんばかりの様子。意図を組んで助手席の足元にしゃがみ込むデイビッドのことはちっとも意に介さない。何かにとりつかれたような顔つきで辺りをキョロキョロしながらゆっくりとトラックを走らせる。
あのときのウディは完全に自分のことしか見えていない身勝手な男だった。そして、それは、きっとカレーの活動に夢中になっているときの自分そのものなんだろう、と思った。あああ、全くどうしようもないやつなんだな、ウディも僕も……。

僕がもしウディの立場だったら、トラックを運転するというシチュエーションは、寸胴鍋に切り替わるのだろう。左手を鍋の取っ手に添え、右手に巨大な木べらを持ってグルグルとかき混ぜながら、恍惚とした顔になるに違いない。なんだかトラックの運転に比べると、ずいぶん、ダサいなぁ。
隣りにどんな仲間や理解者がいようとも、僕は「どけ!」とか怒鳴って、視界に入る邪魔を消し去ろうとするかもしれない。そんな状況を許したり受け止めたりしてくれるカレー仲間が自分にはいるのだろうか。これから先できるのだろうか。思い出を大事にできない分、目の前にいる人、これから出会う人を大事にしてカレー活動を続けていきたいと改めて思った。
過去を振り返らずに未来に生き続けるために。そして、いつかあのウディのようになるために。

水野仁輔の映画とカレーの旅に出よう
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FEATURED FILM
『ファミリー・ツリー』などのアレクサンダー・ペインがメガホンを取り、頑固な父と息子が旅を通して家族の絆を取り戻す様子をモノクロームの映像で描いたロードムービー。
大酒飲みで頑固な老人ウディのもとに、100万ドルを贈呈するという明らかに胡散臭い手紙が届く。息子のデイビッドは、賞金をもらいにいくと言って聞かない父を車に乗せてネブラスカ州を目指すが、途中で立ち寄ったウディの故郷で両親の意外な過去を知る。ウディを演じた主演のブルース・ダーンが、2013年・第66回カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞した。
PROFILE
カレー研究家
水野仁輔
Jinsuke Mizuno
AIR SPICE代表。1999年以来、カレー専門の出張料理人として全国各地で活動。「カレーの教科書」(NHK出版)、「わたしだけのおいしいカレーを作るために」(PIE INTERNATIONAL)など、カレーに関する著書は50冊以上。カレーを求めて世界各国への旅を続けている。現在は、本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を運営中