新型コロナウィルスが猛威を奮い、もう一年が経つ。いまだに状況は落ち着かず、仕事や息抜き、生活がどうなっていくのかという不安を、皆さんお持ちじゃないだろうか。
酒を呑んで憂さ晴らしをしようにも不要不急の外出は控えなくてはいけないし、呑み屋さんの多くも休業していたり早仕舞いにしていたりする。普段から良い加減な生活をしている噺家仲間もさすがに鬱々とし、何にぶつけて良いのか分からない漠然としたストレスを抱えてきている。
昨年4月にあった2ヶ月間の緊急事態宣言。
公演がどんどん延期や中止になり、この月の仕事はとうとう0になってしまった。月給制な訳もなく、仕事が無ければ収入も0円というこの仕事。元々貯金もしておらず、その日暮らしの生活をしていたので、さぁ困った! と言っても正確には、本当に困っていたのは家内である。お腹には安定期にも入っていない3ヶ月の赤ちゃんがいる。何とか前月に振り込まれたお仕事の収入などで生活は出来そうだったが、そんなギリギリのラインで私は家内に追い討ちをかけた。緊急事態宣言が出される直前、持ち歩いていた全財産を後輩たちに「呑み代だ」「車代だ」と言って、撒いて歩いてしまっていたのだ。いや、まさかこんな大ごとになるとは思わなくてさ…。
文字通り無一文で始まった春の新生活!
仲間の多くは動画配信を始めるなどして頑張っていた。ところが目先の高座が無いと稽古する気も起きない私は、ひたすらみんなのユーチューブをチャンネル登録し、動画を観てはグッドボタンを押すばかり。それ以外の時間はテレビの前で、コーラとポテトチップスを手に、海外ドラマや映画を観る毎日だった。来る日も来る日もヘラヘラしている私の様子を見て、家内は「この状況で稼ぎも無いのに、なぜそこまで何もしないでいられるのか」とみんなが抱えていたのとは違った恐怖を感じていた。
見かねた家内は、フリーランスの補助金制度を提案してきた。それを私は最初、「好きで補償の無いヤクザな商売に入ったんだから」という余計なプライドで拒んだ。それでも家族で話し合い、「税金も払っているんだから」と結局は頂くことになった。身重の体で補助金や何や色々と調べてくれた家内には、誠にもって頭が下がる。
まだまだ終わりの見えないご時勢だが、今でも私はどういうわけか、何のストレスも感じずケロッと過ごしている。というかコロナ禍に限らず、嫌なことは目に入らなかったり、目に入ったとしても寝たら忘れ、あんまり物事を抱え込まない。私のような根っこから良い加減な人間になった方が良いよとは、口が裂けても言えないが、何というかこれはこれで…楽なもんだよ?
どうしてこんなにもノーテンキな考え方になってしまったのだろう、色々考えてみた。まずは親父の教え、それに、幼少期からずっと人生のバイブルのように観ている『男はつらいよ』のせい…いや、おかげ(笑)。この二つに、とても影響を受けたのは間違いない。
小学校低学年から何度となく観続けてきた『男はつらいよ』シリーズ。だいたい毎度、一見間違っているけど、どこか正しいようでもある寅さんの真っ直ぐ過ぎる考え方に、周りのみんなが右往左往するという喜劇。
改めて48作を通しで観たのは、中学校3年生の3学期のことだった。年始に偶然テレビで何作目かを観て、「やっぱり面白い! 最初からちゃんと観よう」と第1作のビデオを借りてきた。すると親父が「何だ、寅さん観るのか? それじゃ、一緒に観るか」と言い、全作分を借りてきてくれるようになった。
親父も落語家で、夕方に仕事に出掛け、仕事終わりは毎日遅くまで呑んで帰ってくる。必然的に、一緒に映画を観るのは深夜から朝にかけてだった。次作が気になり、親父が帰るより先に観ようものなら、「一緒に観ようって言っただろ!」と言って手が飛んでくる。「朝から学校があるから」と、元来まともに行く気も無いのにそう言うと、親父は一言、「学校なんかで何が学べる。そんなもの行かなくても、寅さんを観ていた方がずっと生き方を学べるぞ」。
挙句、3学期は1日も学校に行かずに、登校したのは始業式と卒業式だけ。放課後にはちゃんと毎日学校へ遊びに行ってバスケやサッカーをしていたが、授業は一度も受けなかった。ただでさえ、毎晩みんなと遊んでから帰ってくる親父の自由な生き方に憧れていた私。そんなところに寅さんを知ってしまったのだから、こんなフーテン野郎が出来上がってしまうのも無理が無いんじゃないだろうか。
『男はつらいよ』の何が良いって、渥美清さん演じる主人公・車寅次郎は常に弱い人間の味方なのだ。その在り方はまるで、私の大好きな落語そのもの。寅さんというキャラクターには、落語の登場人物たち全員の要素が含まれている。雑で失礼な八五郎。その八五郎に対していつも温かく接する御隠居さん。間抜けな与太郎。そそっかしい長屋の連中。
ダメな人間にも寄り添ってくれる寅さんの、胸に響く名言はシリーズ中に散りばめられている。その中でも一番、私の心に溶け落ちたセリフが登場するのが、第39作の『男はつらいよ 寅次郎物語』。
寅さんのテキヤ仲間の子供・秀吉が父親と死に別れ、孤児となってとらやに訪ねてくる。次いで帰ってきた寅さんと秀吉は、秀吉の産みの母を捜す旅に出る。途中、秋吉久美子演じるマドンナ・隆子と出会いながら、二人はついに母の居場所を突き止め…。
そこは『男はつらいよ』、最後はもちろんハッピーエンドなのだが、もう一つサブストーリーがある。寅さんの妹であるさくらの息子・満男は高校3年生で、卒業後の進路、ひいては将来についてモヤモヤ悩んでいるのだ。
最後、寅さんが柴又を去っていくシーン。見送りに駅まで、満男が寅さんのトランクを持って付いていく。別れ際、満男は「伯父さん、人間てさ、人間は何のために生きてんのかな?」と問う。すると寅さんはこう答える。「難しい事聞くな…何というかな。あぁ、生まれてきて良かったな、って思うことか何べんかあるんじゃない。そのために生きてんじゃねぇか?」「そのうち、お前にもそういう時が来るよ。な、まぁ、頑張れ」。
私も噺家稼業に就いてから、ふとした瞬間に感じてきた「あぁ、生まれてきて良かったな」。それは高座の上であったり、楽屋でのたわいも無い会話の中であったり、仲間とのお酒の席であったり。なるほどうちの親父が、毎日家に帰ることを忘れて出歩いていたわけだ。
皆さんも気落ちした時には、寅さんを見てごらんよ。不要不急の外出しかしてないよ?
でもあれは、寅さんにとって一番大事な外出事なんだろうなぁ。
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ありがとうございました。
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