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柳亭小痴楽 映画世渡り術 第四回

ほめ上手になりたい皆さんへ。
『グリーンブック』

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(2019年9月、30歳で真打への昇進を果たした、今注目の落語家・柳亭小痴楽さん。聞けば、ヤンチャだった子どもの頃から大の映画好きで、仕事が今ほどなかった二ツ目時代には、1日3本は平気で観ていたほどだそう。この連載ではそんな小痴楽さんが人生に悩んでいる誰かに向けて、1本のおすすめ映画を通じ、世の中を飄々と渡っていく術を教えます!)

私は幼少期から何をやってもいい加減で中途半端だった。スポーツは好きだったが特に秀でているわけでもなく、絵もいまだに幼稚園児並みで、歌は音痴ときてる。勉強なんかはもってのほかだった。よって親からも先生からも特にほめられた記憶はない。
ただ唯一、口が達者なのが救いだったのだろうか。そんな私が落語界に入ると、高座を終える度に先輩や師匠方がとてもほめてくれた。入門したての十六歳やそこらの子供に「上手いねぇ」「やっぱ違うねぇ」「お父さんの痴楽師匠にそっくりだね」と声をかけてくる。先輩たちが素直にそう感じて言葉をかけてくれたと理解していたものの、その度に戸惑い、嫌な気持ちになっていた。
というのも私は、落語家である父ではなく平治師匠(現・十一代 桂文治)へ入門した。大師匠の先代文治師匠の本に「最初は師匠の真似をして型をもらう。尊敬していればこそ弟子というものは師匠に似るものである」というような言葉がある。しくじりも多く、師匠に迷惑ばかりかけていた私は、周りからどんな賛辞をもらっても素直に喜べず、「まだまだ右も左も分からない落ちこぼれなのに…」「親父はどうでもいい。尊敬する師匠に似たい」そう思って陰鬱としていた。そんな中で気づけば、ほめられる事に不信感を抱いてしまっていた。
それにほめられるのが苦手な分、逆に相手を言葉で喜ばせるための勘所も掴めない。だから弟子の大事な仕事の一つである、師匠方を気分良く持ち上げるような楽しませ方が、どうしても出来なかった。

私の仲間に瀧川鯉八という男がいる。演るのは古典落語ではなく、自身で創作する新作落語のみ。大きな体でおっとりした芸風なのだが、この人の作る噺には、どこか短編の小説や映画を観ているような雰囲気がある。人間の本質的な弱さや汚さを表した、心に突き刺さるような、あるいは染み渡るようなセリフが端々に散りばめられているからだ。一度聴いたら癖になってしまう。
さて、この男はほめ方がとても上手い。ある時大人数で呑んでいると、鯉八さんがスッと私の師匠に寄って行って話しかけた。二人の会話に聞き耳を立てていると、鯉八さんは師匠の話にずっと相槌を打ち続け、その最後に、おそらく師匠が最も “俺って凄くない⁉︎”と思っていて、しかも実際にそうである一点に対してだけ、ポンッとほめ言葉をかけていた。その、ほめ要所を掴む的確さたるや。なお出来る事なら会話の内容を鮮明に書きたいが、師匠が昔遊んでいた頃の、今ではコンプライアンスに反する話題のため…申し訳ない。
後日、師匠は鯉八さんについて「あいつ俺の事好きなんだよ。ったくしょうがねぇなぁ!」とご満悦だった。
我々の世界、ヨイショやゴマスリも多い中、鯉八さんの振る舞いはそれらとは何かが違った。何が違ったのだろう…。どうしたら彼のような気持ちの良いほめ上手になれるのだろう。

そんな疑問を抱いた、“ほめ偏差値”の低い私にヒントをくれた映画がある。それが、『グリーンブック』。
舞台は1962年のアメリカだ。黒人だという理由で人種差別を受けながらも、良識や気品があり、才に秀でたピアニストのドン・シャーリー(通称ドク)。気はいいものの、言葉使いや佇まいが乱暴なイタリア系のトニー・バレロンガ。立場がまるで異なる二人だが、ドクは自身の南部ツアーの運転手としてトニーを雇い、一緒に旅して回る事に。その当初、黒人への偏見を隠さなかったトニーだが、ツアーが進むにつれドクの、どんな相手に対しても敬意を持って接しようとする気概に触れ、トニーはドクに段々と心を開いていった。
ある時、トニーが妻ドロレスに書いた手紙を見たドク。間違ったスペルや汚い言葉を直し、ロマンティックな恋文へと添削してみせた。するとその完璧な恋文の最後に、トニーは「追伸 子供たちにキスを」と付け足した。ドクは呆気に取られた面持ちで「なんだその追伸は? 交響曲の最後にブリキの太鼓を鳴らすのか?」。それでもトニーが「良いってことか?」と問うと、笑顔になって「パーフェクト」と言う。
ドクの偽りのない粋な答えに、私はとても気持ちが良くなった。そして“ほめる”とは相手を認め、尊敬して初めて出来る事なんじゃないかと思うようになった。その人を信頼しない限り、相手の長所など見つかるはずがない。鯉八さんがほめ上手なのも、相手に敬意を持っているからなのだろう。

しかし、鯉八さんにも問題がある。それは、“ほめられる”のも好き過ぎる事だ。いつも我々仲間に「ほめてくれ、ほめてくれ」と言ってくるのだが、持ち上げ上手な彼の納得がいくようにほめられないで皆困っている。
それならばとばかりに、彼はなんと『俺ほめ』という、自分で自分をほめる新作落語を作ってしまった!
ほめ上手になりたいみんなへ。瀧川鯉八の落語と『グリーンブック』を観てみる事を是非オススメする。…それで事足りるなら、この2,000字超のコラムはなんだったんだ!(笑)

※今回文中に登場している瀧川鯉八さんの真打昇進披露興行が、2020年11月まで開催中です。私、柳亭小痴楽が出演する日もあります。皆さんぜひお越しください!(小痴楽)
詳細日程: https://koihachi.net/schedule/

FEATURED FILM
監督:ピーター・ファレリー
出演:ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ
第91回アカデミー賞にて作品賞に輝いた、実話に基づくヒューマンドラマ。出演は『はじまりへの旅』のヴィゴ・モーテンセン、『ムーンライト』のマハーシャラ・アリ。1962年、天才黒人ピアニストのドンが人種差別の根深い南部でのコンサートツアーを計画し、その運転手兼用心棒としてイタリア系のトニーを雇う。二人は黒人用旅行ガイド『グリーンブック』を頼りに、各地を旅していくが…。
PROFILE
落語家
柳亭小痴楽
Kochiraku Ryutei
1988年生まれ、東京都出身。落語家。2005年10月、二代目桂平治(現:桂文治)へ入門し「桂ち太郎」の名で初高座。2008年6月、父・柳亭痴楽の門下に移り「柳亭ち太郎」と改める。2009年9月に痴楽没後、柳亭楽輔門下へ。同年11月、二ツ目に昇進し「三代目柳亭小痴楽」となる。2013年、落語芸術協会所属の二ツ目で構成されるユニット「成金」を昔昔亭A太郎、瀧川鯉八、桂伸三、三遊亭小笑、春風亭昇々、笑福亭羽光、桂宮治、神田松之丞、春風亭柳若、春風亭昇也と共に結成し、落語ブームを牽引。2019年9月、真打への昇進を果たす。
Twitter: @kochiraku
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