PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の大切な映画があれば…人と映画の物語

たかが人生、されど人生。映画でも見る?

山田真歩のやっほー!シネマ 第6回

季節外れの腹巻き

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山田真歩のやっほー!シネマ 第6回

(「彼女がいないと日本映画界が回らない」と言っても過言ではない、ユニークな魅力と幅広い演技で、映画にドラマに引っ張りだこの女優・山田真歩さん。そんな山田さんがある映画を出発点に、暮らしのことや仕事のこと、思い浮かんだ情景を感性豊かに書き綴る連載「やっほー!シネマ」、隔月連載中です。)

去年の春、妹夫婦が生まれたばかりの赤ん坊をつれて一ヵ月ほど実家に帰って来ていた。その頃私は芝居の稽古でほとんど家におらず、「今日はいつ帰るの?」と母に聞かれても「わからない、行ってきます!」が常で、たまに帰ってきてご飯を一緒に食べてはまたバタバタと出て行くという生活をしていた。
そんなある日、稽古が早く終わって夕方の代々木公園を歩いていると、休日なのかお祭りの出店テントで賑わっていた。ぷらぷら歩いて見ていると、藍染めの布製品ばかり並べているお店があり、そこに手作りの赤ちゃんグッズが売っていた。「そういえば出産祝いもまだあげてない。姉として何かしてあげたいものだ」と思い、ふと目についた小さなヘアーバンドのようなものを手に取って眺めていると、全身藍色の服を身にまとった女の人が近づいてきて、「それ、腹巻きです」と言った。赤ん坊というものがそもそも腹巻きをするのかどうか分からず迷っていると、その女の人はニッコリ笑って「頭にかぶせればターバンにもなりますよ」と言う。「よし、これを誕生祝いにしよう」と、私はその小さな青い腹巻きを買うことにした。まさか祭りの屋台で「熨斗」なんてつけてもらえないだろうから、そのまま紙袋に入れてもらった。帰り道、姉として出産祝いのプレゼントを見つけられたと思うとちょっとした満足感があった。
家に戻って「はい、おめでとう!」と妹夫婦に渡し、さっそく皆で赤ん坊のお腹に巻こうとすると、暑くて蒸れるのかムズがって嫌がる。頭にかぶせようとすると今度は泣き出してしまった。考えてみれば、もうすぐ夏が来るのに腹巻きもないか。あーあ、季節外れのプレゼントをあげてしまった。
常々思うのだけど、人に贈り物をするのは難しい。自分があげたいものと相手が欲しいものが一緒だとは限らないし、あげるタイミングだって難しい。折り目正しくお礼や感謝の気持ちを伝えられる人になりたいと思いつつ、カレンダー通りの生活をしていないせいか、気づいたら友人の誕生日やなんとか記念日を忘れてしまって「ああ……」と反省することも多い。
腹巻きを片手に落ち込んでいると、横で見ていた妹の旦那さんのD君が、「お姉ちゃん、寅さんみたいだね」と笑った。私より七つ年下のイラストレーターのD君は映画に詳しく、中でも映画『男はつらいよ』の大ファンで全巻観ているという。私はその誰もが名前くらいは知っている有名な日本映画をまだ一度も観たことがなかった。「寅さんみたい」と言われても「寅さん」がどんな人物なのかわからない。なんとなく旅人だということくらいは知っている。

翌日、さっそく映画『男はつらいよ』をレンタルショップに探しに行った。ずらーっと並んでいる「寅さん」シリーズの棚の前で私は茫然と立ち尽くした。こんなにあるのか……。どれを観ればいいのか見当もつかない。仕方がないので、適当に目が合ったのを選んで借りて帰ってきた。「ただいま、寅さん借りて来たよ」と私。「お、どれを借りたんですか?」とD君。タイトルを告げると、「おお! 『寅次郎 夕焼け小焼け』は名作ですよ。僕はシリーズの中でも一番好きかも」と言う。
そんなわけで、その晩、私にとっては記念すべき第一作目の『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』を観ることとなった。

冒頭、旅から久しぶりに我が家(?)の団子屋に戻って来た寅次郎は言う。「ひょっとしたら、満男は小学校じゃねえのか?」と。そして祝儀袋を持ってこさせ、「俺もたまには伯父さんの真似事くらいしてやらなくっちゃ」と、さも嬉しそうに甥っ子の入学祝いの祝儀袋に「祝・寅」と筆で大きな文字を書いている。団子屋のおじさんとおばさんは「覚えててくれたんだね」「寅も成長したね」と大喜び。見ていると、この「寅さん」という人は心の底ではいつも「兄らしいこと」や人並みに孝行したいと思っているのに、周囲に心配と迷惑をかけてしまうのが常のようだった。私はなんだか他人事だと思えなくなってしまった。
見ず知らずの一文無しのお爺さん(後に日本画の大家だと分かるのだけど)を何日も家に泊めてあげたり、額に汗して働いたお金を悪い男に騙し盗られた芸者のために何とかしてやりたいと奔走したりと、「寅さん」は出会って好きになった人たちを見返りもなく全力で愛していた。相手が迷惑がろうが、タイミングが悪かろうが、今この瞬間誰かに何かをしてあげたいと思ったら、それはもう全身全霊でやってあげようとするのだ。そんなふうにできるのは、この漂泊の旅人「寅さん」が、出会った人と次いつ会えるとも分からないということを身にしみて知っているからなのかもしれない。
そして最後に気がついたのだけど、なんと寅さんは腹巻きをしているではないか。季節に関係なく、たぶん同じ腹巻きを。私は姪っ子にあげた贈り物のことを思い出して笑ってしまった。

最初に手にとった『寅次郎 夕焼け小焼け』はいきなりの大傑作だった。他の作品も観てみたいけれど、困ったことが一つある。それは「寅さん」シリーズが四十九巻もあるということだ。一体、どこから始めればいいのか? 完結しているシリーズものはどのように観ていくかで印象がだいぶ違ってくると思うのだ。ちょうど同じ山でも登るコースによって見えてくる風景や達成感が全く違うように。そう、シリーズものは山登りに似ている。
普通に、第一巻から順々に観ていけばいいのかもしれない(安全安心コース)。
でも逆に、最後から遡って観るということもできる。普通じゃ味わえない何かしらの感慨があるかもしれない(後ろ歩きコース)。
まず第一巻を観る。次に最後の巻を観る。そしてその次に二巻目を観て、最後から二巻目を観る。そうやって過去と未来を行ったり来たりする。かつて漫画家の手塚治虫が『火の鳥』を過去編から描き始め、次に未来編を描き、だんだん近づいていって最後に現代で終らそうとしたように(火の鳥コース)。
いやいや、そんな小難しいこと考えずに、くじ引きみたいにデタラメに手に取ったものから観ればいいんだよ(ケ・セラ・セラコース)。
四の五の言わずに一日のうち観られるだけ観ろ!(修験道登山コース)。

うーん、こうしてみると映画の見方にもいろいろあるなあ。さて、どんな登り方が一番ワクワクするだろう……と、まだ登らぬ山を眺めながら想像するのは楽しい。

(つづく)

山田真歩のやっほー!シネマ 第6回
FEATURED FILM
男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け
お金の大切さと難しさを描き、寅さんが正義感に燃えるシリーズ第17作。甥・満男の新入学祝いに帰ってきた寅さんは、飲み屋で財布を持たない老人に奢り、とらやへ連れて帰った。とらやを宿屋と勘違いした老人は、おわびにと絵を描き寅さんに贈る。その絵が神田の古書店で七万円で売れたので仰天、実はこの老人は日本画壇の重鎮・青観だった。時は経ち播州・龍野市で青観と再会した寅さんは、青観の歓迎会の宴席で芸者・ぼたんを見染めて…。マドンナぼたんを体当たりで演じた太地喜和子は、本作でキネマ旬報賞・報知映画賞の助演女優賞に輝いた。山田真歩さんが文中で触れている、寅さんが満男へのご祝儀を渡そうとするも結局ドタバタ騒動になる場面も『男はつらいよ』らしい見所のひとつ。
監督:山田洋次
出演:渥美清、太地喜和子、宇野重吉、岡田嘉子、倍賞千恵子、前田吟、下條正巳、三﨑千恵子
PROFILE
山田真歩(やまだ・まほ)
山田真歩
Maho Yamada
1981年生まれ、東京都出身。女優。大学卒業後、出版社勤務を経て、2009年に映画『人の善意を骨の髄まで吸い尽くす女』でデビュー。同年の『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』で主演に抜擢され、NHK連続テレビ小説『花子とアン』(2014年)をはじめ、映画・TV・舞台で活躍。2016年、主演作『アレノ』で高崎映画祭最優秀主演女優賞を受賞。女優業の傍ら、ブログでの文章・イラスト執筆なども行う。