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有賀薫の心においしい映画とスープ 11皿目

今日という日が完璧ではないとしても『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』

シンプルレシピを通じ、日々ごきげんな暮らしを発信する、スープ作家・有賀薫さん。スープの周辺にある物語性は、映画につながる部分があるかも? とのことで、映画コラム連載をお引き受けいただきました! 題して「心においしい映画とスープ」。映画を観て思いついたスープレシピ付きで、隔月連載中です。
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。

もし自分の人生の過去に戻れるとしたら、いつに戻りますか?

この質問は、世界がこんな状況になった今、とても深い意味を持つようになりました。いつものように友人とレストランで顔を合わせたのはたった数か月前。運ばれてきた相手の皿をのぞいてうらやましくなり、一口ちょうだいと言いながら他愛ないおしゃべりに笑ったあの日に戻ったら、私はどんな気持ちになるでしょう。もしかしたら、一人トイレに立って、ちょっとだけ泣いてしまうかもしれません。

「当たり前の日々に感謝し、今このときを大切に生きる」。それがいかに尊いことだったのか、ちょっと反省するような気持ちで『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』を観たら、一つひとつのさりげないシーンが胸に迫ってきました。ここに描かれているのはまさに、普通の人たちのごくささやかな、それでいて幸せな日常だからです。

過去に戻れる能力を得た主人公のティムは、魅力的なメアリーを恋人にするために、繰り返し時間を巻き戻して自分の行動を修正します。失敗するたびに過去に戻って何度もやり直しをしてしまうヘタレなティムを、以前の私ならちょっぴり批判的な目で見たかもしれません。でも、今の私はこの映画のメッセージを素直に受け取ることができました。

ティムは繰り返し現在と過去を行き来しますが、よく見ると、彼が書き換えた過去は本当に他愛ないものばかり。もし過去に戻る能力が備わっていなかったとしても、ティムはロンドンのどこかの街角でメアリーと出会い、結婚し、かわいい子供たちに恵まれたのではないでしょうか。彼が変えられたのは、人生のわずかなディティールで、誰かの生死というような大きな運命は何ら変わらなかったし、また変えることもできませんでした。

人生というような大げさなものではありませんが、そういえば毎日のスープ作りも、完璧な状況でできることなど、ほとんどありませんでした。冷蔵庫にあるしなびた野菜、ちょっとずつ残った食材、寝起きの自分、忙しい朝時間。環境にはいつも不足や限りがあります。でもその中で小さな楽しみを見つけながらスープを作ってきたことが、今の自分につながっています。今日という日がたとえ不完全でも、そこをどう過ごすかが未来を変えていく。そんな体験を自分もしていたことに思い当たったのです。

今、不安を抱えた私たちにとって、ティムが映画の最後に教えてくれる「幸せになるための秘訣」が大きなヒントになりそうです。

今の僕は1日だって過去に戻らない。この日を楽しむために自分は未来から来て、最後だと思って今日を生きている

できないことを嘆くのではなく、今の自分と環境を楽しみ、大切に生きよう。未来の自分がここに戻ってくる必要を感じないような今日を過ごそう。私も今日はいつもよりていねいに野菜を刻んで、じっくりスープを煮込もうと思いました。

+++

さて、映画の中に出てくるティムの実家はコーンウォール、イギリス南西部に位置する、海辺の素敵な場所です。両親と妹、そして独身の叔父さんと過ごした幸せな家庭の風景が冒頭で描かれています。温かな家庭で育ったティムだからこそ、与えられた力を正しく使うことができたのだろうなと感じさせられました。

イギリスでは、チキンスープが家庭の味として食べられます。鶏肉と野菜、ショウガなどを塩味で煮込んだシンプルなスープで、風邪の時にはこれを作るのだそうです。いわば、イギリスのママの味ですね。まじめで人のいいティムが、いかにも食べていそうなスープです。 ここではセロリとにんじんを入れたレシピをご紹介しますが、たまねぎや、じゃがいもなどを入れてもよいですし、豆などを加えて煮ても、おいしいものです。

◎映画のスープレシピ:
イギリスの幸せの味
チキンスープ

材料(2人分)所要時間 45分
鶏もも肉 1枚
セロリの茎 10cm
にんじん 1/2本
しょうが 1片

こしょう

◎つくり方

  • 鶏は1センチ角ぐらいに小さく刻み、塩小さじ1とこしょうをまぶす。セロリの茎とにんじん、しょうがは薄切りにする。
  • 鶏を鍋に入れ、かぶるくらいの水を加えて、中火にかける。沸騰してアクが浮き、固まってきたらザルにあけ、さっと水洗いする。
  • ふたたび鶏を鍋に入れ、セロリ 、にんじん、しょうがを入れて水1000mLを加え、30分ほど煮込む。塩とこしょうで味をととのえる。しょうがをよけて盛り付ける。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:リチャード・カーティス
出演:ドーナル・グリーソン、レイチェル・マクアダムス、ビル・ナイ、トム・ホランダー
『ラブ・アクチュアリー』の監督や『ノッティングヒルの恋人』の脚本など名作ラブコメディを手掛けてきたリチャード・カーティスによる、愛と幸せの本質に迫るSFロマンス。ティム(ドーナル・グリーソン)は、イギリス南西部で家族と暮らす、どこにでもいるような奥手な青年。しかし21歳の誕生日を迎えた日、ティムは父(ビル・ナイ)から、ある秘密を告げられる。それは、一族に生まれた男子にはタイムトラベル能力が備わっているというもの。能力の使い方を覚えたティムは初めての恋人を作るべく、繰り返しタイムトラベルをするようになる。
PROFILE
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。
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