PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

映画の余韻を爪にまとう 第7回

余白や行間の緊張感が心地いい
『ドライブ・マイ・カー』

さりげなく大胆に重ねられた色の配色と、抽象的なモチーフの組み合わせで、10本の爪にイメージを描き出す。そんな爪作家の「つめをぬるひと」さんに、映画を観終わった後の余韻の中で、物語を思い浮かべながら爪を塗っていただくコラム。映画から指先に広がる、もうひとつの物語をお届けします。
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。

今回は今年8月に公開された、西島秀俊主演、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』です。
これまでこの連載はずっと、自宅で観た映画について書いてきましたが、今回は初めて「映画館で最近観た映画」を選びました。
いくらご時世的な面があったとはいえ、映画の連載なんだからいずれは映画館で観てから爪を作る回を設けたいなと思っていたので、ようやくそれがかないました。

まず、この映画で最初に触れておきたいのは、石橋英子さんによる音楽です。
私は石橋英子さんの「imitation of life」という曲が好きで、その曲を演奏する「もう死んだ人たち」(※)というバンドのライブにも行ったことがあります。
MVは今でも定期的に観てしまうくらい大好きです。

映画を観た時点では、音楽が石橋英子さんによるものだとは知らなかったのですが、それにもかかわらず、曲が流れた瞬間はこの映画への確信や信頼のようなものが一気に高まったのを覚えています。
オープニングで曲が流れる瞬間に「ああこれ絶対良い映画じゃん」と分かる作品はいくつかありますが、これもその一つです。

その音楽が違和感なく映画の中へ浸透していたのは、映像に圧倒的な美しさがあったからだと思います。
映像というか構図といったらいいんでしょうか。映像だけでなく時間という面においてもそうですが、とにかく余白の配分や間の取り方が絶妙でした。
広島県にあるごみ処理施設「広島市 環境局中工場」のシーンや、その後の「吉島釣り公園」のシーンも、スクリーンに写っている主人公の家福(西島秀俊)とみさき(三浦透子)しかこの世界にいないような気がしてしまうほどの、緊張感と穏やかさが両立してそこに存在していました。

この映画は、過度に派手なことが起こるわけではないのに、常に一定の緊張感が漂っています。
その緊張が最高潮に達するのが、高槻(岡田将生)の長台詞です。
台詞の詳細は割愛しますが、宝石でも埋まっているかのようなあの綺麗な瞳で、なかなか堪え難いことを言います。
没入してしまうほど美しい画でありながら、得体の知れない拷問を受けているような感じが、私は心地よかったです。

家福の妻である音(霧島れいか)も、一定の緊張感をこの映画に添え続けてきた人物です。
カセットテープから流れる音の声は、あえて高低差のないトーンで流れ続け、音が家福に直接物語を語るシーンは、創作物を出産しているかのようでした。

みさきが発する言葉にも一つ一つ大切に緊張を優しく置いていくような感覚がありましたし、個人的には、家福が演出家として参加する演劇祭のプログラマー・柚原(安部聡子)の存在感にも圧倒されました。
あの「私は終始“優しい緊張”しか置いていきません」とでも言わんばかりのキャラクターには痺れました。
これらの緊張感全てが、映画を観ることの良さ=非日常に没頭できることの良さを支えていたような気がします。

そして、一番の主役といっていいほど存在感を放っていたのがサーブという家福の赤い車です。
誰かが感情を吐露するシーンや、人物背景を知るシーンはほぼ車中でした。
思えば、車の中は感情を表に出しやすい空間ともいえます。
運転すると人が変わるとはよく言いますが、それだけではなく、会話の深さも変わってくると思うのです。
4人以上の飲み会ではあまり喋らなくなるけど、少人数だとそれなりに語ってしまう、という経験ないですか?
私もサシで飲むとかなり語ってしまうらしく、友人から「結構語るの好きだよね」と言われたことがありますが(改めて言われると恥)、車中も少人数だからこそ、普段しないような話ができるのかもしれません。
これまでも、性別に関係なく「車の中でしかこういう顔は見せないんだろうな」という人を何度か見てきましたし、昔祖父が亡くなったときに私が初めて泣いたのも、父が運転する車の中でした。
そのくらい車の中というのは、感情を吐露しやすい環境なのかもしれません。

今回はあまり映画の後半には触れずに書きますが、映画全体に漂っている一定の緊張感や、車中にある独特の空気が最後まで維持されているからこそ、観終わったときに心情の厚みと救いのような気持ちが出てくるのだと思います。

今回の爪についてですが、作中に登場する赤いサーブが走る様子を遠目から見たような爪を、左手の人差し指に配置しているため、他の爪には赤を使用しないということだけ決めて、ベースの色は直感で選びました。
右手人差し指の細い曲線は、よく見ると先端だけ直線になっており、家福の妻である音の柔らかさや謎めいた部分を描いています。

また、左手薬指に使用したインディゴブルーは、本作のロケ地でもある広島県の複合施設「ONOMICHI U2」で販売されているネイルポリッシュで、広島の伝統産業「備後絣」の紺色をイメージしてつくられた色だそうです。パッケージも印象的で一目惚れしました。台紙の右上にもこの色を使用しています。
今回に合わせて買ったわけではないのですが、広島に縁のあるネイルポリッシュを持っている以上は絶対入れたいと思っていた色でした。
全体的に映画の雰囲気に合わせてできるだけ派手にはせず、1枚の爪に基本2色までしか使わないようにしています。
(左手人差し指だけ3色ですが他は1,2色にとどめています)
右手の小指以外の爪9本にマットのトップコートを塗って光沢をおさえることで、落ち着いた印象が出るようにしました。

●使用ネイル

右手小指以外の9本全てにマットトップコート(NAILHOLIC SP011)を使用。

右手(写真上段、左から)
●親指
・NAILHOLIC BL918
・NAILHOLIC SV045
●人差し指
・Sheisネイルポリッシュ 026 Sand light
●中指
・AT濃密グラマラスネイルエナメル21
・NAILHOLIC BL912
●薬指
・KURASHI & Trips PUBLISHING シンボリックネイルカラー 02 フォレスト
・OSAJI アップリフトネイルカラー 25 Sunahama
●小指
・OSAJI アップリフトネイルカラー 15 Doukutsu
左手(写真下段、右から)
●親指〜中指
・KURASHI & Trips PUBLISHING シンボリックネイルカラー 01 プールサイド
・NAILHOLIC BK081
・NAILHOLIC RD414
●薬指
・ONOMICHI U2 ネイルカラー 01 the Indigo Blue
・NAILHOLIC WT 080
●小指
・sundays ネイルポリッシュカラー 44 ライトミント
・OSAJI アップリフトネイルカラー 26 Mitsu

※「もう死んだ人たち」…2012年に始動したバンド。メンバー編成は、石橋英子、ジム・オルーク、須藤俊明、山本達久、波多野敦子(敬称略)。

↓『ドライブ・マイ・カー』サウンドトラックを聴く!

Drive My Car Original Soundtrack

INFORMATION
『ドライブ・マイ・カー』
原作:村上春樹 「ドライブ・マイ・カー」 (短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫刊)
監督:濱口竜介 脚本:濱口竜介 大江崇允 音楽:石橋英子
出演:西島秀俊 三浦透子 霧島れいか/岡田将生
製作:『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
製作幹事:カルチュア・エンタテインメント、ビターズ・エンド
制作プロダクション:C&Iエンタテインメント 
配給:ビターズ・エンド 
2021/日本/1.85:1/179分/PG-12
劇場公開中
(C)2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
舞台俳優であり演出家の家福かふくは、愛する妻のおとと満ち足りた日々を送っていた。しかし、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう――。2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。さらに、かつて音から紹介された俳優・高槻の姿をオーディションで見つけるが…。
PROFILE
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。
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