PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

映画の余韻を爪にまとう 第5回

最後の最後で色が変わった
『南瓜とマヨネーズ』

さりげなく大胆に重ねられた色の配色と、抽象的なモチーフの組み合わせで、10本の爪にイメージを描き出す。そんな爪作家の「つめをぬるひと」さんに、映画を観終わった後の余韻の中で、物語を思い浮かべながら爪を塗っていただくコラム。映画から指先に広がる、もうひとつの物語をお届けします。隔月連載です。
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。

生きていればいろいろな人に出会うもので、親切な人と仲良くする、関わらないほうがいい人とは距離を置く、という一見シンプルなことでも、なかなか簡単にはいかないことが世の中にはたくさんあります。私は特に若い時がそうでした。

今回は2017年に公開された、臼田あさ美、仲野太賀、オダギリジョー主演、冨永昌敬監督の『南瓜とマヨネーズ』です。
数年前に夫から勧められて観たことがあり、今回この記事を書くにあたって再度鑑賞しました。
以前、『見えない目撃者』に出演されていた浅香航大さんの演技が記憶に残っていて、今でもテレビなどで見かけると注視してしまうのですが、その浅香さんがこの映画にも出演されているということを、この記事を書くための再鑑賞時に気付きました。
ちょっとクセのある役で出演されていて、普段の爽やかなイメージとのギャップが大きいので今回もすぐには気付けませんでした。

私は大学生の頃、軽音サークルに入っていたので、作中で交わされるバンドマン同士のやりとりには妙に親近感があり、この映画を大学生の私が観たら、主人公のツチダ(臼田あさ美)に共感してしまうんだろうな、と思いながら観ていました。
曲を書こうとする彼を応援したり、散々な目に遭わされた元彼を見かけて声をかけてしまったりするシーンは、昔の私だったら何の違和感もなく見ることができるのかもしれません。
でも、学生時代から10年以上経った今の私は、ツチダに対してあまり共感ができず、どうしてそんなことしちゃうの、なぜそんなこと言っちゃうの…と、なんだか親目線で観てしまいました。

ツチダの元彼・ハギオ(オダギリジョー)による所業が映画の所々で語られるのですが、笑えないくらい人の人生をめちゃくちゃにしているにも関わらず、あまり大袈裟には描かれずに、世間話と同じくらいのトーンで会話が流れていきます。
ハギオとはもう会わないと決めたツチダに、ハギオは「絶対無理だよ、街で会ったらまた声かけてくるでしょ?」といった主旨のことを言い放つのですが、ツチダは何も言い返せません。
いやいや嘘でしょ? やめなよ、もう忘れなよ、と私の老婆心がぶんぶんに揺さぶられながらも、人の心はそんな単純なものではないよな、とも思います。

恋愛に限ったことではありませんが、私は誰かに対して「無理」と思ってしまうと、シャッターを降ろすスピードが速いところがあります。
とはいえ、そんなことはごく稀ですし、一つのきっかけでそうなるわけではなく、
さまざまな“積み重ね”によって、その人を許すという選択肢がいつの間にかなくなっていることがほとんどです。
「話し合えば分かり合える」という声は、被害を被っていない人ほどボリュームが大きい気がしていて、その時には、既にこちらは「無理なもんは無理」という領域に片足突っ込むどころか、正式な手順を踏んでその領域に歩を進めているような感じなので、時既に遅しなのです。

この性格は、おそらく褒められたものではないというか、結構マイナスなんだろうなと思っています。
でも「関わるべきではない物事」から早めに距離を離すことで救われることもありました。
“逃げ”とも捉えることができますが、それは「本当に労力を注ぐべき物事」に全力を注ぎたいという思いの裏返しでもあります。
人と歪みあう時間を、大切な人との時間や、好きな人への応援、創作の時間に充てたほうが、今まで見たことのない物事に触れられて、ずっと有意義じゃないですか。
なかなかそう簡単に割り切れることばかりではないですが、そう思うようになったからこそ生まれた、ツチダへの老婆心なのかもしれません。

ツチダはずっと、同棲していた元バンドマンのせいいち(仲野太賀)にまた曲を作ってほしくて応援してきました。
結果的に同棲を解消して別れてしまうのですが、その後せいいちが作った曲をツチダに聴かせるシーンがあって、その時にせいいちが言う「そんな深い意味はないから」というセリフが私はすごく好きです。
見る人によっては、深い意味があるようにも見えるし、文字通り全く意味などないようにも見えるような、絶妙なバランスをもったあの言い方は素晴らしいです。

映画全体を通してあまり重く描かれているわけではありませんが、不本意な出来事や、どうしてこうなったんだろうという思いが序盤から続いていくので、今回の爪はどちらかというと闇のある色になるんだろうなと思っていました。
しかしそんな中で、最後のせいいちの「深い意味はないから」というセリフが、柔らかい雰囲気をもたらすスイッチのような役割を担っているように見えて、そこから続くせいいちの歌と、エンドロールの生活音で締め括られたことにより、観賞後に制作した爪はあまり闇のある色にはなりませんでした。
言葉では言い表せないような淡い色を使用し、包み込むような柔らかいモチーフを施しています。
想定していた爪の色が、最後の最後で変化したわけですが、終わり良ければ、ということではなく、その緩急が心地よかったのかもしれません。

●使用ネイル

  • 茶色 NAILHOLIC BR308
  • くすんだ緑色 IENA par OSAJI アップリフトネイルカラー x05 Esprit
  • クリーム色 NAILHOLIC YE562
  • 紫色 THREEネイルポリッシュ 120 GAZE INTENSITY
  • 紫色 THREEネイルポリッシュ 120 GAZE INTENSITY
  • 薄い黄色 TMジェルスタイルマニキュア ライトグリーン
  • 薄いマットのピンク OSAJI アップリフトネイルカラー 102 ねえ、
  •  MT AP濃密グラマラスネイルエナメル 21、NAILHOLIC WT080
FEATURED FILM
監督・脚本:冨永昌敬
原作:魚喃キリコ
出演:臼田あさ美、仲野太賀、浅香航大、若葉竜也、オダギリジョー
ミュージシャンを目指す恋人せいいちの夢を叶えるため、ツチダは内緒でキャバクラで働いていた。ツチダがキャバクラの客と愛人関係になり、生活費を稼ぐためにキャバクラ勤めをしていることを知ったせいいちは、仕事もせずにダラダラと過ごす日常から心を入れ替えてまじめに働き始める。そんな折、ツチダが今でも忘れることができないかつての恋人ハギオと偶然に再会。ツチダは過去にしがみつくようにハギオにのめり込んでいくが……。
PROFILE
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。
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