PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

映画の余韻を爪にまとう 第10回

“引っかかり”が嬉しい
『LOVE LIFE』

さりげなく大胆に重ねられた色の配色と、抽象的なモチーフの組み合わせで、10本の爪にイメージを描き出す。そんな爪作家の「つめをぬるひと」さんに、映画を観終わった後の余韻の中で、物語を思い浮かべながら爪を塗っていただくコラム。映画から指先に広がる、もうひとつの物語をお届けします。
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。

今回は2022年9月に公開された、深田晃司監督による映画『LOVE LIFE』です。
矢野顕子さんの楽曲「LOVE LIFE」をモチーフにして制作された作品で、今回PINTSCOPEの担当の方から試写をご紹介いただきました。
深田監督作品は『よこがお』(2019)や『淵に立つ』(2016)を観たことがあり、どちらも好きな作品ではありますが、両方とも心をえぐられる描写があるので、今回も抉られる覚悟をもって拝見しました。

©2022映画「LOVE LIFE」製作委員会&COMME DES CINEMAS

人々の生活をありのまま映し出すことと、見せたいものを厳選して見せることの両立が成り立っているのは、深田監督作品に共通する魅力だと思っています。
日常に点在する些細な出来事や、それを象徴するようなアイテムやセリフが多く出てきますが、それらが雑多に見えないよう、余計なものを削ぎ落とした上で日常を映し出しています。
日常描写が盛りすぎていると、その一つ一つに意識が振れてしまって集中できないこともあるのですが、これまでに観た2作品も、今回の『LOVE LIFE』も、日常描写のなかでしっかり「物語」として進行しているところがあって、それは映画を観たという満足感にもつながる大事な要素だと思います。

『LOVE LIFE』は、関係が失われることがリレーのように続いていく物語で、とても希望とは呼べない感情が物語の大半を占めているのですが、その映画のタイトルが『LOVE LIFE』であることが最大のインパクトではないでしょうか。
楽曲タイトルであることは分かっていましたが、きっとそれだけではない気がしていて、事前に予告編を観た時も、本編を最後まで全て観た後も、この『LOVE LIFE』というタイトルはかなり尾を引くものがありました。
物語として進行することの良さを先ほど書きましたが、同時にただの物語として良い意味で懐にするっと入ってくれないのは、物語の内容とこのタイトルが相まって、ある種のスパイスのような効き目を持っており、人の心に”引っかかり”を残しているからだと思います。
この”引っかかり”が過剰だと、それは逆に平坦を作ることにもなるのですが、この映画ではそのバランスがかなり考慮された作りになっていました。

そしてこの『LOVE LIFE』では、パク・シンジという耳の聞こえない人物を、ろう者である俳優・砂田アトムさんが演じられています。
ろう者の役を実際のろう者が演じるということがメディアでも多くとりあげられていますが、『LOVE LIFE』はろう者への過剰な特別扱いがないことでよりその世界に没頭できる、とても稀有な作品です。
ろう者だからこそ自然発生的に生まれるシーンはありますが、いわゆる感動ポルノではなく、耳が聞こえる人も聞こえない人も、ただそういう人として存在しています。
その対等性によるものかは分かりませんが、顔全体で語る表情や、手の動きと並行して聞こえる呼吸など、砂田さんが本来持っている「ろう者にしかできない演技」がより際立って見え、特別扱いしない演出が、その表現力や説得力にブーストをかけているようでした。
ろう者をろう者が演じることの意義という部分においても、この映画が何かの起点になる可能性を含んでいるのだと思います。

今回の爪は、映画のメインビジュアルやパンフレットのキーアイテムである黄色い風船に着目して制作しました。
ドラッグストア等で販売されているpaネイルカラーに「セミマットネイル」というシリーズがあるのですが、パッケージには「バルーンネイル」とも表記されていて、爪が風船のような質感になるネイルポリッシュがあるので、今回はそのバルーンネイルの黄色をメインに、他の爪デザインを作っていきました。

黄色以外の爪には、映画に登場するシーンや人物間の心の動きが出せるようなモチーフを描いています。
右手薬指の爪は、ベランダにかけられた鳩よけのCDに光が反射するシーンからイメージしてホログラムのようなラメを使用し、右手小指の白黒のドットは、主人公である大沢妙子(木村文乃)が大事に守っていたオセロの石をモチーフに描きました。 作中で韓国手話が登場しますが、手の動きでコミュニケーションが生まれる様子を左手の中指に描き、そのコミュニケーションに入っていけない大沢二郎(永山絢斗)の疎外感を左手の小指に描きました。
前回(『アメリカン・ユートピア』)や前々回(『音楽』)の記事では10枚の爪全てにモチーフを描きましたが、今回は少し無駄を削ぎ落としたデザインにしたかったので、バルーンネイルを使った黄色の爪にはあえて何も描きませんでした。
黄色がメインでありながら、どこか空虚さや曖昧さが漂う爪にしました。

「ここにいる」

● Pick Up ネイルポリッシュ

paネイルカラー プレミア AA212

paネイルカラー プレミア AA212
paネイルカラーはドラッグストア等で販売されており、そのなかに「セミマットネイル」というシリーズがあります。
セミマットとは、つやつやとマットの中間。つまり、通常のネイルポリッシュのようなつやつやした質感と、マットネイルのように光沢を抑えてさらっとした質感の中間ということです。
パッケージにはバルーンネイルとも表記されており、実際に使うとわかるのですが、その質感は確かに風船の表面と似ています。
今回、映画のパンフレットやメインビジュアルでキーアイテムとなっている黄色い風船に着目して選びました。

● 使用ネイル

○親指
・paネイルカラー プレミア AA212
○人差し指
・OSAJI アップリフトネイルカラー W01 ペールブルー
・NAILHOLIC RD414
・ジェネネイル ホワイト
○中指
・paネイルカラー プレミア AA212
○薬指
・SMELLY マニキュア 285 カフェモカ
・She isネイルポリッシュ 019 Sweet dreams
○薬指
・KURASHI & Trips PUBLISHING シンボリックネイルカラー 02フォレスト
・ジェネネイル ホワイト・ブラック
○親指
・paネイルカラー プレミア AA212
○人差し指
・SMELLY マニキュア 009 シアーラテ・マットトップコート・335 バンビーノ
・NAILHOLIC PU104
・ジェネネイル ホワイト
・ANNA SUI ネイルカラー 902
○中指
・FIVEISM×THREE ネイルアーマー 07 JG xkss
・KURASHI & Trips PUBLISHING シンボリックネイルカラー 04 ハミングベージュ
○薬指
・paネイルカラー プレミア AA212
○小指
・sundays ネイルポリッシュカラー 33 ティールブルー
・sundays ネイルポリッシュカラー 13 チリペッパーレッド
・paネイルカラー S02
・OSAJI アップリフトネイルカラー 14 合鍵

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INFORMATION
LOVE LIFE
監督・脚本:深田晃司
出演:木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、神野三鈴、田口トモロヲ
配給:エレファントハウス
2022年/日本/123分/G
劇場公開中
©2022映画「LOVE LIFE」製作委員会&COMME DES CINEMAS
妙子(木村文乃)が暮らす部屋からは、集合住宅の中央にある広場が一望できる。向かいの棟には、再婚した夫・二郎(永山絢斗)の両親が住んでいる。小さな問題を抱えつつも、愛する夫と愛する息子・敬太とのかけがえのない幸せな日々。しかし、結婚して1年が経とうとするある日、夫婦を悲しい出来事が襲う。哀しみに打ち沈む妙子の前に一人の男が現れる。失踪した前の夫であり敬太の父親でもあるパク(砂田アトム)だった。再会を機に、ろう者であるパクの身の周りの世話をするようになる妙子。一方、二郎は以前付き合っていた山崎(山崎紘菜)と会っていた。哀しみの先で、妙子はどんな「愛」を選択するのか、どんな「人生」を選択するのか……。
PROFILE
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
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