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映画の余韻を爪にまとう 第11回

人工物と自然がもたらす造形
『最後にして最初の人類』

さりげなく大胆に重ねられた色の配色と、抽象的なモチーフの組み合わせで、10本の爪にイメージを描き出す。そんな爪作家の「つめをぬるひと」さんに、映画を観終わった後の余韻の中で、物語を思い浮かべながら爪を塗っていただくコラム。映画から指先に広がる、もうひとつの物語をお届けします。
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。

今回は2021年に公開された、ヨハン・ヨハンソン監督による映画『最後にして最初の人類』です。
『メッセージ』の音楽でも知られている作曲家のヨハン・ヨハンソンによる初長編監督作品でありながら、2018年の急逝により遺作にもなってしまった今作。
旧ユーゴスラビアの戦争記念碑の映像と、オラフ・ステープルドンによる原作SF小説の語り、そしてヨハン・ヨハンソンによる音楽という、映像・文学・音楽の3つで構成されており、登場人物は小説の語り部として音声で出演しているティルダ・スウィントンのみ。異質なほどにミニマルな作品ともいえます。
私はその異質さが興味の入り口だったのですが、この映画を知るのが数年前あるいは数年後であったとしてもいつの時代でも観客の意識を作品の世界へ連れていく力がこの映画にはあります。

約20億年後の、地球滅亡が間近に迫った人類から、過去のわたしたちへの伝言として語りかけられるところから物語は始まり、その人類は「第18期の人類」として、かなり具体的な特徴まで言及されていきます。
なぜ滅亡に瀕しているのか、どこに希望を見出そうとしているのか、第18期の人類とわたしたちの精神性の違いなど、シンプルな言葉でゆっくりと、そしてじわじわと何かが迫ってくるかのようにその”人類”はわたしたちに言葉を置いていきます。
映像の中に人の形をしたものが一切出てこないことで、より未来の人類についての想像が掻き立てられます。

作品の中で印象的なのが、旧ユーゴスラビアの戦争記念碑「スポメニック(※モニュメントを意味する建築物)」です。
1960年代以降にいくつも点在するように建てられたスポメニックは、ただ「美しい」という言葉だけでは表現できないような、どこか不気味さや重さ、うごめくなにかが感じられるものばかりです。
それは「戦争記念碑」という言葉を聞いて私たちがイメージするような、平和を願うとか、戦争で亡くなった人を悼むというだけのものではなく、政治的な目的や思想が含まれているものであるからこそ感じる雰囲気なのかもしれません。
このスポメニックが基本的にモノクロで撮影されていて、まるで絵画を見ているような映像が続きます。
未来の人類が語りかける音声のなかで、白いフィルムノイズが終始かかっていることで、それが過去の映像ではなく、未来から送られてきた映像のようにも見えます。
スポメニックは人工的な形状でありながら、長い年月によって少しずつ角が削られて劣化していく様子や、雨の影響で広がっていくシミや苔といった、自然による年月の蓄積まで鮮明に映し出されており、それらが「最後の人類」からの訴えかけをより恐ろしく、より強固にしていくようでした。

さきほど「基本的にモノクロ」と書きましたが、完全に全編モノクロというわけではありません。
所々にオシロスコープ(※電気信号をグラフィカルに可視化させる装置)の光が動くシーンがあるのですが、最後の人類からの音声によって動くその光は、蝋燭の火のように弱々しく、スポメニックの壮大な映像の間に差し込まれることで、過去と未来の隔たりを示しているように見えます。
オシロスコープで思い出したのですが、この映画はSFでありながらドキュメンタリー的な要素もあり、それを象徴するのがエンドロールです。
エンドロールに出てくるオシロスコープの描写と、製作陣の名前の配置がまさにドキュメンタリー的で、過度に未来的にも古代的にも描くことなく、無機質であることがよりこの映画の神秘性を高めています。
オシロスコープ以外にもう一つ、カラー映像のシーンがあるのですが、そこは何度観ても情緒が掻き乱されるような衝撃を受けるので、ぜひ映画を観て体験していただけたらと思います。

私は、人の声を楽器のようにサンプリングした楽曲が好きで、それを意識するようになったのは、ヨハン・ヨハンソンが音楽を手掛けた映画『メッセージ』がきっかけでした。

そのサントラに収録されている「Heptapod B」は、その例として人に薦めたくなる曲で、今でもよく聴いています。
今回の『最後にして最初の人類』もヨハン・ヨハンソンによる音楽がほとんどで(彼の死後はベルリンのサウンドアーティストであるヤイール・エラザール・グロットマンがスコアの完成までを担当)、人の声で拍を刻んだり、音声を伸ばして加工したりして、「第18期の人類」の表象や世界観がそのまま音になったかのようです。

今回の爪は、スポメニックを見たときの、言葉では表現できそうにない感情(できそうにないという若干呆然とした感情)や、石碑に滲む雨水のシミをオシロスコープの黒い画面に這わせたようなモチーフを描いてみました。
おどろおどろしく描くというよりは、何者か分からない声が語りかけてくる様子を爪にしたかったので、基本的には曲線で構成したモチーフをいくつか試作で作り、その中から選んだものを爪にしました。
映像の色味に合わせてグレーをベースにしようかとも思ったのですが、黒のモチーフをより際立たせるため、SMELLYネイルのヒヨコマメという、グレージュに近いネイルポリッシュをベースに使用しています。
今までこの連載ではカラフルなつけ爪を多く作ってきましたが、今回は色数を最低限まで減らして、黒・白・グレージュの3色のみで作っています。

「monument」

● Pick Up ネイルポリッシュ

SMELLY マニキュア 260 ヒヨコマメ

SMELLY マニキュア 260 ヒヨコマメ

絶妙なニュアンスカラーの多いSMELLYネイルシリーズは、私もつけ爪の制作でよく使用しています。
映画ではほとんどがモノクロの映像で構成されており、全体的にグレーが多い作品ですが、今回の爪では黒のモチーフを際立たせるため、グレージュに近い色を選びました。

● 使用ネイル

○全て
・SMELLY マニキュア 260 ヒヨコマメ
○親指・人差し指・薬指
・ACネイルエナメル 008 濃密 黒
○親指、人差し指、薬指、小指
・SMELLY マニキュア 260 ヒヨコマメ
○親指・中指・薬指
・ACネイルエナメル 008 濃密 黒
○中指
・ACネイルエナメル 001 濃密 白

↓映画『最後にして最初の人類』と『メッセージ』のオリジナル・サウンドトラックを聴く!

映画『最後にして最初の人類』オリジナル・サウンドトラック

映画『メッセージ』オリジナル・サウンドトラック

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FEATURED FILM
監督:ヨハン・ヨハンソン
ナレーション:ティルダ・スウィントン
音楽:ヨハン・ヨハンソン ヤイール・エラザール・グロットマン
1930年の初版以来、アーサー・C・クラーク(「2001年宇宙の旅」)等にも大きな影響を与えてきたSF小説の金字塔「最後にして最初の人類」が原作。20億年先の人類から語られる壮大な叙事詩である。全編16mmフィルムで撮影された旧ユーゴスラビアに点在する巨大な戦争記念碑<スポメニック>の美しい映像とヨハンソンが奏でるサウンドは、未来と宇宙への想像力を掻き立て、観客を時空を超えた時間旅行へと誘う。
PROFILE
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。
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