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どうしても語らせてほしい一本 「この一本で喜・怒・哀・楽フルスロットル!わたしの”感情デトックス”映画」

狂気を殺さない!愛してみる。生きていく『逆噴射家族』

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(C) 1984 国際放映/東宝
ひとつの映画体験が、人生を動かすことがあります。
「あの時、あの映画を観て、私の人生が動きだした」
そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
今回のテーマは、「この一本で喜・怒・哀・楽フルスロットル!わたしの“感情デトックス”映画!!」です。一本の映画には、様々な登場人物の、様々な感情が描かれています。それを観ることで、わたしたちも普段ではなかなか味わうことができない感情も体感することができるのです。
日頃気づかぬうちに溜まった心身の毒素を、映画を観て自分の感情をフルスロットルすることで、抜き取り、リフレッシュしてみてはいかがでしょうか!?

「『逆噴射家族』ありがとう!」と、叫びました。そのとき私は中学生。母と一緒にテレビで放送していたのを観た記憶です。正確にはパーフェクTV!(現スカパー!)のシネフィル・イマジカという映画チャンネルでの放送だったと思います(素晴らしい映画を数多く放送するチャンネルでした)。映画を観終えて、これは一体なんだったんだろうと呆気にとられました。わけもなく狂っている、あきらかに普通じゃない、なんだか私に…私の家族に似ている…映画に対して、そう感じるのは初体験だったはずです。そして、映画という新しい友達を見つけた! ありがとう。と、かつてない高揚感を得ました。知るものが少ないがゆえ影響を受けやすい情緒不安定な青春ゾーンの15歳くらいの時分に、『逆噴射家族』(1984)を観られたことは、本当にラッキーでした。

この映画は、ユニークな性格の人が集まる小林家が夢のマイホームを手に入れるところから始まります。

マイホームへの引っ越しの日、車中で中森明菜の「禁区」を熱唱する母・冴子(倍賞美津子)と娘・エリカ(工藤夕貴)が、私にそっくり…と。引っ越しの翌日、庭に迷い込んできた犬にシロアリが一匹ついていることに過剰反応し、辺り一面真っ白くなるほどキンチョールを吹く父・勝国(小林克也)が、私にそっくり…と。祖父・寿国(植木等)の訪問に盛り上がり、気取ったフリフリ衣装を着て小泉今日子の「艶姿ナミダ娘」の歌を披露するエリカも、私にそっくり…と。眠気覚ましに、血が出るくらいに太腿をキリで刺しながら徹夜で勉強する息子・正樹(有薗芳記)が、私にそっくり…と。寿国が一緒に住めるように家に地下室を作ろうと突然思い立ち、リビングの真ん中に穴を掘り始める勝国が、私にそっくり…と。病気の家族を立て直そうと夢のマイホームを電ノコで壊し始める勝国も、私にそっくり…と。ぜんぶ、私に、私の家族にそっくり…の狂気…! と、喜びを震わせながら観ることが(きっと)正しい作品です。病みの熱がこちらにも飛んでくる恐れあり、中毒性も割と高めなのでご注意を。

(C) 1984 国際放映/東宝

去年のこと、たまたまテレビをつけたら“生きづらさから抜け出すヒントは昔の哲学者がもう解いています”と話す番組が目に止まりました。例えば、フーコーのエピステーメーという哲学的概念(※) で、「昔は、狂気が生活の一部だったけれど、近代になり、狂気が生活の外側に出されてしまった」、と説きます。なるほど、狂気が追い出され、異常性として扱われるから狂気の行き場に苦しむ人が多いのかもしれない、と気になっていたことがスッと、あるところへ納まる感覚がありました。

※ミシェル・フーコーが提唱した哲学的概念。ある時代の社会や人々の生産する知識のあり方を特定付け、影響を与える、知の「枠組」といったように捉えられる。

(C) 1984 国際放映/東宝

小林勝国が“私の家族はみんな病気だ”と思ったように、私の母も(自分のことを棚に上げて)「変だ、病気だ」と言っていたので、私は病気なのだろうか? と考えることもありました。けれど、この歳になってようやく、誰もが狂気を抱え、それは当たり前に愛おしくあることを理解しています。それには『逆噴射家族』のような、作者自身の狂気や世の中の狂気に真摯に向き合う作品と多く出会えたことが大きいかもしれません。他者を傷つけることなくして、見事に狂気を昇華した表現に、 生きる余白を教えてもらいました。自分の狂気を殺さず、狂気を愛で生きていくことは、自分の命の火を絶やさないことでもあると思うようになりました。そして今は、自分の狂気と供にどうやって生きていこうと考える楽しみを持って、生きられるようになったのです。

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12月16日BD&DVD発売
BD|KIXF-859|¥5,800+税
DVD|KIBF-1859|¥3,800+税
発売・販売:キングレコード
(C) 1984 国際放映/東宝
PROFILE
菓子作家
土谷みお
Mio Tsuchiya
菓子作家。1984年東京都生まれ。多摩美術大学を卒業後、グラフィックデザイナーとしてデザイン事務所勤務。その後製菓学校を経て、2012年に映画をきっかけに物語性のある菓子を中心に制作するcineca(チネカ)を立ち上げる。「日常や風景の観察による気づきを菓子の世界に落とし込み、新しいおいしいをつくる」を大切に菓子作りに取り組む。雑誌やwebマガジンなどでコラム連載、執筆業も手がける。
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