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熊谷和徳のシネマとリズムダイアリー vol.2

「きっと、うまくいく」

世界で活躍するタップダンサー熊谷和徳さんが、拠点であるニューヨークと日本で体感した「現在の世界」とその中にある「自分」の輪郭を、一本の映画と自身の身体を糸口として描きます。タイトルは「熊谷和徳のシネマとリズムダイアリー」。あなたが今、自分の五感でつかまえられる世界には、どんな音、どんな色が広がっていますか?
タップダンサー
熊谷和徳
Kazunori Kumagai
1977年 宮城県生まれ。15歳でタップダンスを始め、19歳で渡米。ニューヨーク大学で心理学を学びながら、本場でタップの修行に励む。20歳でブロードウェイのタップダンスミュージカル「NOISE/FUNK」のオーディションに合格。その後、ニューヨークをはじめ世界各国のダンスシーンで活躍し、タップ界のアカデミー賞ともいわれる「フローバート賞」「Bessie Award最優秀賞」と数々の権威ある賞を受賞。19年にはNewsweek Japanにて『世界で活躍する日本人100人』に選ばれる。現在はNYを拠点に世界中で公演を行うかたわらKAZ TAP STUDIOを日本に構え東京と故郷仙台にて後進の育成にも取り組んでいる。
東京オリンピック2020開会式においてソロパフォーマンス出演ほか、タップダンス振付、楽曲の作曲をおこなった。

熊谷和徳 公式HP: www.kazukumagai.net
「その日から自分の心が簡単におそれを抱くことに気がついた。だからどんなに大きな問題でも自分の心にこう唱えるんだ。”すべてうまくいく すべてうまくいく”って。」

「それで問題は解決するの?」

「しないよ、でもそれに向き合う勇気がもらえるんだ。」


『きっと、うまくいく』より

このコロナ禍において、おそらく多くの人にとってもそうだと思いますが、自分にとっても本当に思うようにうまくいかないことの連続で、実際の人生ですべてが「うまくいく」ことは、なかなか難しいということを実感するような日々を送っています。

でも、このように大変な時期はあるのですが、「自分自身にとって、本当に大切なこと」に向き合う時間にもなっているような気がするのです。

2020年はNYでのロックダウンで、ほぼ一年分の仕事がなくなり、タップを踊れない苦しい状況でした。その時に、父が電話で言ってくれた言葉が心に残っています。

「神様は乗り越えられない壁を人には与えないそうだよ。」

最近観た『きっと、うまくいく』というインド映画でも、そのことを思い出すようなメッセージがたくさんありました。

エリート工科大学生の問題児で、様々な変革を起こしていく主人公のランチョーは問題に立ち向かう勇気を持つこと、そして本当に大切なことが一体何なのかをしっかりと心で受け止めることが大切だということを教えてくれます。

仲間や出会う人たちに、自分が信じることに、心からまっすぐに立ち向かうことさえできれば「きっと、すべてがうまくいく」ということを、彼はおまじないのように唱えていました。

インド文化の背景もあると思いますが、彼らにとって職業の選択は自分や家族の生死に関わる重大な選択です。

そして先生や親のような目上の人たちのアドバイスや言葉は、彼らにとって絶対的な言葉であり、無視できないほどの大きな影響力を持つのです。

僕が悩んでいた高校生の時を思い出しました。

高校一年生からタップを始めた僕は、本当に好きなことに出会えたという思いはありましたが、それを自分の仕事として続けていけるとは、全く思っていませんでした。

友達にもタップをしていることはなかなか言えず、進路希望を提出する際には「趣味、タップダンス」と書いたことで、進路指導の先生には、そんなことをやっている場合ではないと怒られました。

そして、その場で踊ってみろと言われ、履いていたペラペラのかかとの潰れた上履きで、進路指導室で踊ったことがありました(笑)。

それを見た先生は一応、拍手をしながらも、「大学に行きたいなら、タップダンスをやめるか学校をやめるかを選びなさい」と僕に言ったのです。

進路指導に行ったはずなのに汗だくで教室から出てきた僕を、次の順番を待っていた生徒が、ポカンと眺めていました。
僕はとても悩んだ挙句、その時期はレッスンに通うことをやめました。

そこから色んなことがうまく行かなくなり、八方塞がりになり、やがて気分がずっと落ち込むようになってしまいました。

その後一年浪人した末、タップもできず、勉強も中途半端になってしまい、このままでは何もかも駄目になってしまうと思った僕は、子供の頃からの憧れだったアメリカへ行きたいということを親に相談し、何もあてのないままに渡米をする決心をしました。親には、アメリカでタップを学びながら、大学へ入学をしたいと言っていたのですが、実際は大学に入るあてもなく、本当に将来どうなるのかも全くわかりませんでした。とにかく壁にぶつかった状況から脱したいという気持ちが強かったのです。

誰も自分のことを知らない場所で、タップダンスはもちろんのこと、自分の知らない世界をもっと見てみたいという強い好奇心だけが心にありました。

そして19歳の誕生日、友人や家族が空港へ見送りに来てくれて、誰も僕のことを知らない場所・ニューヨークへと一人旅立ちました。

飛行機の中で、僕は真っ暗な夜の空を、不安な気持ちで過ごしましたが、それ以上に、真っ白なキャンバスの上に立って、新たにゼロから冒険ができるワクワク感を身体中に感じていたのを今でも覚えています。

本当に好きなことへ自分の全てを注ぎ込むと決意するのは、とても勇気がいることだと思います。

僕自身、高校生の時にタップダンスを始めた頃から、「タップダンスは自分にとってただの習い事ではない。自分の人生にとって何か重要な意味がある」ということを感じながらも、なかなかその世界に全てをかけて飛び込むことはできませんでした。

みんなが目指す道や敷かれたレールからはみ出して生きることは、なかなか難しい生き方になると、その頃から気づいていました。
しかし、今思えば、たくさんの人たちが反対し、壁となって立ちふさがったからこそ、「本当に自分がやりたいこと」への決心を、より強く固めることができたのではないかと思います。

結果的にアメリカではニューヨーク大学で心理学を学び、その後タップダンスへの道へと進むことができましたが、あの時、逆境に立たされていたなかったら、もしかしたらその後に何度も立ちはだかってくる障壁を乗り越えていくだけの強さを、僕は持つことができなかったかもしれません。

どうしても自分の足で行って、どうしても自分の目で見てみたいという意思を、あの岐路で貫くことができたからこそ、その先に出会うことができた感動も大きかった気がします。

そして壁にぶつかる度に、自分だけの力だけではなく、その時々に力を与えてくれた人たちとの出会いに僕は何度も助けられてきているのだと思います。

初めてNYに着き、地下鉄から出た時に見た景色が忘れられません。

そして、映像でしか見ることができなかったグレゴリー・ハインズや、ジミー・スライド、バスター・ブラウン、ハロルド・クローマー達と実際に出会い、一緒に踊るという経験は、タップに対する気持ち、そして自分の人生を変えていきました。

彼らはいつも笑顔でハッピーに見えますが、アメリカの根深い人種問題の壮絶な時代を、タップを踊ることで乗り越えてきました。

タップダンサー達が自分の人生の全てを生涯、踊ることに注ぎ込んでいる姿を僕は目の当たりにし、また寛容に分け隔てなく僕らにタップを教えてくれるその人間性にも魅了されたのです。

今でも僕は迷った時、いつでも彼らのことを想います。

何のためにタップダンスを踊るんだろう?

そもそも、自分はどうして踊りたかったんだろう? 何を伝えたかったんだろう?
そう思い悩んだ時、グレゴリーやジミー、バスター、ハロルドの踊りや笑顔がいつでも僕の原点にあるのはシンプルに踊りを楽しむことだということを、思い出させてくれるのです。

最後に『きっと、うまくいく』で、もう一つ印象に残っているセリフを紹介して終わりたいと思います。

“Never study to be successful, study for self efficiency. Don’t run behind success. Follow behind excellence, success will come all way behind you.”

「絶対に成功するためだけに勉強するんじゃない、自分自身の成長のために勉強するんだ。成功を追って走るんじゃない。さらなる優れた学びを追いかけるんだ。そうすれば、成功はおのずとついてくるよ。」

– Rancho.

ランチョーを見ていると、生きる上での重荷や壁は、もしかしたらGift(おくりもの)なのかもしれないなと思うんです。

彼は、人生に課されている重荷があったからこそ、普通の人にはない洞察力や困難を乗り越えていく勇気があったのかもしれません。

彼は、人よりも努力したことで得た能力を、常に友達や周りの人たちを助けるという「目的」のために使っていました。ぶれない強さをいつも持っていたように思えます。

そして「成功とは一体なんなのか?」という問いを僕らに与えてくれます。

今はみんなにとって本当に大変な時代です。でも、これだけ大変な時代をみんなで共有しているからこそ、みんなで「自分にとっての大切な価値はなんなのか?」と向き合える大切な時間にもなるはずなんです。

明日は「まだ見ぬ未来」が待っていますが、

今日という一日を楽しむために、自分へ踊りながら言ってみましょう。

「きっと、うまくいく」と!

FEATURED FILM
監督:ラージクマール・ヒラニ
出演:アーミル・カーン, カリーナ・カプール, R・マーダヴァン, シャルマン・ジョーシー
PROFILE
タップダンサー
熊谷和徳
Kazunori Kumagai
1977年 宮城県生まれ。15歳でタップダンスを始め、19歳で渡米。ニューヨーク大学で心理学を学びながら、本場でタップの修行に励む。20歳でブロードウェイのタップダンスミュージカル「NOISE/FUNK」のオーディションに合格。その後、ニューヨークをはじめ世界各国のダンスシーンで活躍し、タップ界のアカデミー賞ともいわれる「フローバート賞」「Bessie Award最優秀賞」と数々の権威ある賞を受賞。19年にはNewsweek Japanにて『世界で活躍する日本人100人』に選ばれる。現在はNYを拠点に世界中で公演を行うかたわらKAZ TAP STUDIOを日本に構え東京と故郷仙台にて後進の育成にも取り組んでいる。
東京オリンピック2020開会式においてソロパフォーマンス出演ほか、タップダンス振付、楽曲の作曲をおこなった。

熊谷和徳 公式HP: www.kazukumagai.net
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