今、日本に戻る飛行機の中でこの文章を書いています。
窓の外に広がる雲の上の景色はとても爽快で、飛行機での移動は疲れますが、同時にこれからの旅のはじまりにわくわくする気持ちもあり、自分の心と対話できる好きな時間でもあります。
NYの生活も一昨年前に始まったコロナ禍から、以前のような日常に戻ろうというエネルギーを強く感じますが、一方ではこの2年ほどの間に近所のお店がたくさん閉まり、シャッターの閉まったお店に貼られた「今までありがとう」というメッセージを見ては、そこでの思い出もよみがえってきて涙が出そうになります。
コロナ禍を乗り越えてきた先には、ロシアのウクライナへの侵略もあり、故郷東北ではまた大きな地震が起こったり、僕が住んでいるブルックリンでは銃撃があったりと、何か、社会全体が不安定に揺れ動いている中で、自分自身も不安を抱ながら揺れながら、日々を一歩一歩生きているという実感があります。
この五月に『Voice』という新作公演があり、そこで阿寒のアイヌの方々と共演します。僕はアイヌの歌や踊りが大好きなのですが、文化についてはそこまで深く知りませんでした。
まずは、何か知るきっかけをと思い、『アイヌモシリ』という映画を観ました。
映画の中には、今度共演する阿寒の方々が役者として出演されていてびっくりしました。
主人公のカントは、今度の公演に出演する床絵美さんの息子さんが務められているのですが、とにかく表情や視線がとても美しく、存在自体がリアルに彼の感情を表現していると思いました。絵美さんも母親の役で出演されています。
ストーリーはドキュメンタリーのように、すごく静かに淡々としています。
彼らの昔からの文化である「イヨマンテ」とは、熊などの動物をかわいがって育てたのちに殺し、その魂であるカムイを神々の世界に送り出すという儀式ですが、それを現代にもう一度行うことで生じる、自分たちのアイデンティティーを取り戻したいという気持ちと今の時代を生きることへの葛藤が描かれていました。
僕自身、19歳でNYに住んでから自分のアイデンティティーについて考えさせられることが多々ありました。 タップダンスという文化の中に入り、アジア人としてアメリカの主に黒人たちの文化や歴史、 彼らが差別を受けて受け継いできたことを、日本人としてどのように受け止めていくべきなのか、また自分とは、自分のルーツとは一体なんなのか、という問いが、常に自分の根底にはあるように思います。
この映画の中で、「アイヌ民族とは何か」ということは深く語られていないのですが、
彼らが今、自分たちと同じ時代を生きているというリアリティーを、自然に感じることができました。それはきっと、アイヌ民族が特有に持っている「自然と調和する生き方」のように、声高に何かを主張するとか、そのようなことではなく、自然にそこに存在していたからだと思うのです。
僕はなぜ、彼らの歌や踊りに惹かれていたのかが、少しわかった気がします。
タップダンスという踊りはアフリカの奴隷たちが、足を使って感情を表現したことから始まったと言われていますが、もともとのルーツはアフリカの大地を太鼓とともに踏みならす、生活に結びついていた踊りだったと思うのです。
実際にアフリカへ自分が旅した時に感じたことは、そこに住むアフリカの人々がとても豊かに、ポジティブにハッピーに生きているということでした。アイヌの人々が歌うこと踊ることも、彼らの生活の中から生まれ、生きることへ素直に結びついていると感じます。
アイヌの人々とお話をすると、楽しい方々でいつも笑顔になります。
この映画のデボさんの表情もとても素敵で、自然を敬い、大地や動物たちと共存している彼らの姿を見てると、自分たちの文化を誇らしく思い、生活していることが伝わってきます。
そのエネルギーは、今のこの不安定な時代に不安や恐れを抱きながら揺れ動いている自分にとっては、大きなインスピレーションになっているのです。
今公演のためにたくさんのアイヌの歌を聴いているのですが、
なかでもフチ(おばあさん)と呼ばれて敬愛されている日川キク子さんの歌う歌には、
とても感銘を受けます。
『サルキ ウシ ナイ』という歌では、「ヨシ(草)が風に揺られている」
という一つのフレーズが、ただただ何度も繰り返し歌われているのですが(長さは決まっていないそうです)、聴いていると次第にその情景の中に自分も入り込んでいくかのようです。
自然や生命の神秘、今起きている疫病や自然災害など、僕たちには到底コントロールできないこともたくさんありますが、このような歌を聴いていると、ただただその流れに身を任せて、そこに自然と存在していれば良いのではないかなあと緩やかな気持ちになっていきます。
もう一人、『Voice』公演に出演していただく、奄美出身の歌手である元ちとせさんとの対談の時に印象に残ったことがありました。それは、元さんの「想いを残したい」という気持ちで、きっとタップダンスの文化も奄美の文化も、今に繋がっているのではないかとお話ししていたことです。
今ここにいる僕たちは、過去から繋がってきた想いを受け取って、そして様々な形でたった一人しかいない自分を、それぞれに表現して生きているのでしょう。
大変なことや辛いこともありますが、そんな時でも、踊りや歌を通して、今という時間を祝福し、みんなで思いっきり楽しめたら、きっともうこの世にいない先人たちも一緒に喜んでくれるはずです。
タップダンサーとして、一人の人間として、僕自身も時には自然の流れに身を任せ、揺れながら、スィングして、グルーヴして、
大地をしっかり踏んで、様々な声と繋がり合い共鳴しながら、
おもいっきり自分を楽しんで表現していきたいです。
みなさんも自分にしかない、自分だけの日々をエンジョイしてください!
“カント オロワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム”
「すべてのものはこの世に役割を持って存在している」
アイヌ民族のことわざより
- 父・熊谷和徳から 娘・NiKiへ 目をつぶって世界を聴いて
- 父・熊谷和徳から 娘・NiKiへ 「I believe in you !」
- アイデンティティー 『アイヌモシリ』
- 人生の目的って一体なんだろう? 『ソウルフル・ワールド』
- 「きっと、うまくいく」
- 僕は変わらずここにいる。 『アメリカン・ユートピア』
- 父・熊谷和徳から 娘・NiKiへ 「立ち止まったっていいよ。」
- ハナレグミ永積崇から 熊谷和徳へ 「終わりがあるから始まる」4通目
- 熊谷和徳から ハナレグミ永積崇へ 「TARiKi-他力」3通目
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