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有賀薫の心においしい映画とスープ 12皿目

目的と手段をとりちがえない
『きっと、うまくいく』

シンプルレシピを通じ、日々ごきげんな暮らしを発信する、スープ作家・有賀薫さん。スープの周辺にある物語性は、映画につながる部分があるかも? とのことで、映画コラム連載をお引き受けいただきました! 題して「心においしい映画とスープ」。映画を観て思いついたスープレシピ付きで、隔月連載中です。
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。

スープ作家の私のところには、さまざまなテーマでレシピの依頼が来ます。たとえば「5分以内で作るスープ」「レンジで作れるスープ」「包丁なしで作れるスープ」…といった具合です。わかりやすい数字や、省力化をうたったタイトルのものが人をひきつけ、実用的であることは十分に理解し、受け入れつつも、あまりにそればかりになってしまうと心にちょっとしたモヤモヤが生まれます。

スープは鍋ひとつで作れて簡単、残り物もうまく使いながら栄養のバランスがとりやすく、忙しい現代人の生活や気持ちに柔軟に応えられる、とてもすぐれた料理です。私は、そんなスープをさらにシンプルで気軽にできるレシピにして、現代のキッチン事情に沿わせることを心掛けています。だからこそ冒頭に書いたような依頼がくるのは自然な流れなのでしょう。でも……

「簡単」「時短」は、目的ではありません。ゆとりがない中でも自炊だけはしたいという人が、おいしく、健康的で、あたたかい料理を食卓に並べるための手段です。ストップウォッチを片手に料理をしはじめたら、豊かな食のことなんて頭から消えて、いかに早く作り上げるかに制限されてしまいます。
いったん数字に縛られると、そこから「競争」がはじまることも忘れてはいけません。5分が3分、3分が1分、最後は、料理なんかしないのが一番!という結論になるのは目に見えている。そう思いませんか?

点数と、人の幸せもまた同じ関係にあります。映画『きっと、うまくいく』の舞台であるインドはIT大国とも言われますが、やはり激しい競争社会が背景にあるようです。作中でも、超難関大学に入った学生たちがエリートコースから外れぬよう、試験に追い立てられる様子が描かれます。
でも、主人公のランチョーは決して人の決めたレールには乗ろうとしません。機械工学に対する純粋な情熱から研究に没頭し、不合理な慣習や無駄に競争を煽るものに対しては、教授にも鬼学長にも徹底して逆らいます。型破りな、しかし信念を持った彼の言動は彼の友人たち、動物写真家を夢見ながらもその気持ちを抑えていたファルハーンや、貧乏や落第の不安から臆病になり勉強に打ち込めないでいたラージューの心を変えていきます。

何のために行動し、道を選ぶか。「目的を見失わない意志こそが、人の本当ほんとうの知性である」「学歴や成績や出世は目的ではなく、信じる道を進んだその結果に過ぎない」と、ランチョーはくり返し伝えます。

料理も同じで、ただ効率化を目的とするだけではなく「これを作って食べてみたい!」という好奇心と料理する楽しさをかきたてるものでありたい。そのうえで、誰もが作れるような易しさをあわせ持つ、そんなスープのレシピを作りたい。常々そう思っている私は、ランチョーの姿に大きく勇気づけられました。

+++

作中に登場する食のシーンとして、腹を空かせたランチョーとファルハーンとラージューが学長の娘の結婚パーティーに忍び込み、食事にありつくコミカルなシーンがありました。インド映画ですから、やっぱりバイキングも現地流。彼らはカレーを皿の上に、山盛りによそっていました。
そこで今回のレシピは趣向を変えて、カレーです。スープもカレーも素材のうまみをソースや汁に移して楽しむ点では一緒。インド映画からの連想として、あまりにもステレオタイプかとは思いつつ、やっぱりカレーは人気者。たまにはルーを使わずに作ってみましょうか。

映画のラストの舞台となったラダックは北インド、ヒマラヤ山麓にある街でした。大きな湖は「天空の楽園」と呼ばれるパンゴン湖です。北インドのカレーはこってり濃厚タイプで、クミン、カルダモン、またそれらをミックスしたガラムマサラなどのスパイス、またバターやミルクなど乳製品、カシューナッツなども使われます。チャパティやナンなどの小麦粉をこねたパンが主食です。

スパイスやナッツは使い慣れていない人も多いと思います。今回、難しい食材はなるべく少なくて済むようにしながら、こってりした北インドをイメージしたバターチキンカレーを作ってみました。スパイスカレーの骨組みのような作り方なため、この先にカレー粉ではなく単体のスパイスを使うなどの工夫で、発展させていくこともできるレシピです。

◎映画のスープレシピ:
研究心をかきたてる
バターチキンカレー

◎材料(2人分)所要時間40分
鶏むね肉 1枚(下味用に塩小さじ1/2と水200mL)
たまねぎ 中2個
トマト 中1個
にんにく 1片
しょうが 1片
カレー粉 大さじ1
塩 小さじ1
胡椒 少々
サラダオイル 大さじ3
牛乳 50mL
バター 30g

◎つくり方

  • 食材を下ごしらえする

たまねぎはみじん切り、トマトはざく切り、にんにくとしょうがはみじん切り(またはすりおろしても)にする。
鶏むね肉は3センチ角ぐらいに食べやすく切り、塩小さじ1/2と水200mLを混ぜたボウルに入れて漬けておく。

  • カレーペーストを作る

厚手の鍋か深めのフライパンに、サラダオイル大さじ2を入れ、たまねぎを茶色になるまで中火でよく炒める(15分ほど)。10分ほど炒めたところで、にんにくとしょうがのみじん切りも加え、香りが立つまで炒める。続けてトマトを加えてペースト状になるまで炒める。最後にカレー粉大さじ1と塩小さじ1を入れて弱火にして混ぜ合わせる。

  • カレーペーストで鶏肉を煮て、味をととのえる

鶏むね肉をザルに上げて、水気をペーパーなどでしっかりふき取る(水気が残っていると焼き色がつきにくい)。フライパンを中火にかけ、サラダオイル大さじ1を熱して鶏を入れ、軽く焼き色をつけ、胡椒をふる。
これを2の鍋に移し、水350mLを加えて肉に火が通るまで煮る(沸騰後5~6分)。牛乳とバターを加えてよく混ぜ合わせ、味を見てから塩と胡椒でととのえる。

※牛乳を生クリームに変えると、さらに濃厚な味わいになります。
※3の工程で、水を加えるときに、すりつぶしたカシューナッツ30gを加えてもおいしいです。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:ラージクマール・ヒラニ
出演:アーミル・カーン, カリーナ・カプール, R・マーダヴァン, シャルマン・ジョーシー
PROFILE
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。
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