PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

どうしても語らせてほしい一本「人生の道しるべとなった映画」

嘘の中の紛れもない「リアル」。
いつまでも彼の踊る姿を観たいと思った 『リトル・ダンサー』

『リトル・ダンサー』
(C) 2000 Tiger Aspect Pictures (Billy Boy) Ltd.
ひとつの映画体験が、人生を動かすことがあります。
「あの時、あの映画を観て、私の人生が動きだした」 そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
今回のテーマは、「人生の道しるべとなってくれた映画」です。
今回の語り手
編集・ライター
平木理平
Rihei Hiraki
1994年生まれ、静岡県出身。カルチャー誌の編集部で編集・広告営業として働いた後、フリーランスの編集・ライターとして独立。1994年度生まれの同い年にインタビューするプロジェクト「1994-1995」を個人で行っている。

自分は「どんな瞬間」に心躍るのか?

大学3年生の頃、漫画が好きだから出版社に就職できたらいいなと漠然と思っていた。ただ、どうしたら出版社に行けるのかわからなかった私は、とりあえず大学近くのTSUTAYAでDVDを借りて、名作と呼ばれている映画を借りて観ることから始めた。出版社に行くのだから、映画を教養として観ておかないとまずいだろうと思ったからだ。

評価が高い作品をとりあえず適当に借りていったので、スティーブン・ダルドリー監督の『リトル・ダンサー』(2000)を手に取るのも当然の成り行きだった(リトルダンサーは5段階で星4の高評価だった)。当時の私は自分が暮らしていた寮にほとんど帰らず、友人の家でテレビを見たりゲームをしたりして日々を過ごしていた。その日も友人のアパートに行き、デッキに『リトル・ダンサー』のDVDをセットして、まるで自分のテレビかのようにリモコンを操作し始めた。

映画の舞台は、1980年代の、炭坑ストライキで閉塞感漂うイギリスの田舎町。うらびれた町だと一眼でわかる、ある種美しいロケーションにまず心を奪われた。そして主人公の少年、ビリー・エリオット(ジェイミー・ベル)の境遇も、町と同様閉塞感に満ちたものだった。弱冠11歳ながら、母親を亡くし、炭坑夫の父と兄はストの闘争の真っ只中で、軽度の認知症の祖母の面倒を自分が見なければいけない、そんな家庭環境のビリー。さらに、ビリーは父親から明らかに向いていないボクシングを習わされていた。そんな彼と町から漂う未来が見えない閉塞感は、当時の自分の心情と見事なまでにシンクロしていた。

その時の私は、出版社に行きたいとはぼんやり思っていたが、将来になんの明確なビジョンも持てていなかった。本当にやりたいと思えることも、2年も経たないうちに社会に出なければならないという危機感も切迫感も全く無かった。要は自分の人生を貫く「基準」がなかったのだ。周囲は「お金」「やりがい」「世間体」「家族」「貢献」「健康」「夢」……みたいなものを基準にして、とりあえず動き出していたのではないかと思う。でも、自分はそのどれにもしっくりときていなかった。もっと、自分が求めていたものは、素朴なものだった。当時は言語化できていなかったが、それはつまり「自分が何に感動し、どんな瞬間に心躍る人間なのか」を知ることだったと今ならわかる。それがわかれば、自分の人生の基準ができる。自分の将来や進むべき道は、その感情に向かって進めばいい。でも、それがわからなかった。

『リトル・ダンサー』という映画が自分にとって唯一無二なのは、そのひとつの答えを想像を超えた映像で示してくれたからだ。ビリーはひょんなことからバレエに魅せられ、踊ることに喜びを見出し、物語は動き出していく。そして、決定的な瞬間がいくつも訪れる。 初めてターンを決めた日の帰り、坂を駆け下りながら踏んだ喜びに満ちたステップ。バレエの先生と家族の板挟みになり、どうしようもない思いがマグマのように吹きこぼれたタップ。クリスマスの日に父親に初めて披露する、揺るぎない決意が込められたバレエ。そして、父と兄が見守る中で見せる最後の飛翔。
それら全てに、フィクションを超えた本物の躍動があった。ビリーの圧倒的な肉体のエネルギーが、画面を超えてくる。ただただ、彼が「踊る」。その単純で、しかし圧倒的な事実が、自分に突き刺さる。これは映画作品だから、全て“嘘”のはずである。でも、それらのシーンに嘘はひとつもないと私は思えた。全てが嘘の映像に、自分にとって紛れもない「リアル」が映し出されていた。

じゃあ今自分が見ているこの映像はなんなのだろうか? 嘘なのか? 本当なのか? 答えを出すことができない。でも、その“わからない”場所に、自分が立ち会えていることにとてつもない喜びを感じた。初めての感情だった。そう、これだったんだ。「自分は何に感動し、どんな瞬間に心躍る人間なのか」のひとつの答えがようやくわかった。自分はひとまず、それを「嘘と本当が(一見)矛盾なく混ざり合った純粋な瞬間」と解釈する。やっと、自分にとって世界で一番幸福な場所が見つかったのだ。

「自分は何を面白いと思い、何に感動する人間なのか」。これがわかるだけで、人生は何倍も楽しくなるし、明快になる。この問いの答えに出会えた時、そこから私は迷うことはなくなった。それは直接的に自分の選択に関係はしなくても、「それ」があるという事実が私にはとても重要で、勇気をもたらしてくれるものだった。私はとりあえず就職活動を辞め大学を休学し上京して、なんのあてもなかったが出版の世界に飛び込んでみることにした。もちろん悩んだり落ちこんだりすることはそれからも多々あったが、自分の将来に疑問を持つことは無くなった。

もし迷いそうになったら、ビリーの踊っている姿を思い出す。あのシーンに出会えた時の感情が、いつだって自分の道標になる。そしてまた、あの場所に向かって、走り出せばいい。

人生に「迷う」ことも楽しめばいい
BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:スティーヴン・ダルドリー
出演:ジェイミー・ベル、ジュリー・ウォルターズ 、ゲイリー・ルイス

価格 Blu-ray¥2,200(税込)
発売・販売元 KADOKAWA
(C) 2000 Tiger Aspect Pictures (Billy Boy) Ltd.
1984年、イギリス北部の炭坑町。11歳のビリーは炭坑労働者のパパと兄トニー、おばあちゃんと暮らしていた。そんなある日、ビリーの通うボクシング教室のホールにバレエ教室が移ってくる。ふとしたきっかけからレッスンに飛び入りしたビリーは、バレエに特別な開放感を覚えるのだった。教室の先生であるウィルキンソン夫人もビリーに特別な才能を見出し、それからというものビリーはバレエに夢中になるのだが……。
PROFILE
編集・ライター
平木理平
Rihei Hiraki
1994年生まれ、静岡県出身。カルチャー誌の編集部で編集・広告営業として働いた後、フリーランスの編集・ライターとして独立。1994年度生まれの同い年にインタビューするプロジェクト「1994-1995」を個人で行っている。
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