僕はたまに卓球をする。別に卓球部だったわけじゃないし、特別うまいわけでもない。歳のせいか誰かと競って勝ちたいという気持ちも、勝って嬉しいという気持ちもなくなった。それでも卓球をする理由は、無心になれるからだ。ひたすら来た球を打ち返し、黙々とラリーを続ける。なんなら相手は壁でもいいくらいだ。
よく走る友人がランナーズハイも似たようなものだと教えてくれたことがあった。何も考えない状態。昼ご飯は何にしようかな、とか、あの原稿を書かなきゃな、とか、玉ねぎを素揚げしたらどんなカレーになるんだろう、とか、そういうことを考えなくてすむ。それは瞑想みたいなものかもしれない。卓球瞑想。気に入っている。
この人にはそういう時間は必要ないのかもしれないなぁ、と思った。映画『世界一美しい本を作る男』のシュタイデル氏である。アメリカを代表する写真家、ロバート・フランクをはじめ、ノーベル賞作家、ギュンター・グラス、シャネルのデザイナー、カール・ラガーフェルドなど様々な人たちから信頼され、本づくりを任されている。
休む暇なく働き、世界中を飛び回る。「旅は好きじゃないが」と言いつつ、「会って打合せをするのが一番だ」と旅を重ねる。プライベートジェットの機内でさえ、ICレコーダーを4つも5つも並べて机に向かう。仕事に没頭し、赤ワインの注がれたグラスの真横に原稿の束をドン。ワインがこぼれたらどうすんの!? と観ているだけでハラハラしてしまう僕は全くの凡人だ。
書籍が好きで、依頼をいただく商業出版に飽き足らず、「イートミー出版」という自費出版レーベルを立ち上げてまで本づくりを続ける僕にとって、ゲルハルト・シュタイデルという男とシュタイデル社という会社の存在は憧れである。写真家のロバート・アダムスの自宅で写真の印刷技術について語り合う。
「J・シャーカフスキーが写真をビリヤードにたとえて話したことと同じ。すべてエッジで跳ね返って影響し合う」
「有名な鉄則にも例外がある。L・フリードランダーがかつてこう言った。“写真を作っている時、いい感じにならない時は暗めに印刷しろ”」
「まったく逆にすべきだ。そんなことをしたら悪夢だよ。彼に意見しないと。彼の他の言葉は名言ばかりなのに、これは…」
些細な会話でさえ思わず巻き戻し、繰り返し観てしまう。
去年の秋に僕は、“カレーの人”を引退し、“写真家”になった。ひょんなことから、としか説明がつかない。「この素晴らしき世界を自分自身のフィルターを通して記録する」ことに急激に興味を持ってしまった結果である。早速、過去の旅をまとめる形で写真集を3冊制作した。シリーズタイトルは『CURRY JOURNEY』。駆け出しの写真家にしては派手なデビューである。
学生時代、写真部に所属していた時には暗室でのプリント作業をよくしていたが、さすがに写真集を作る機会はなかった。編集者やデザイナーと写真を選び、編集とデザインをし、紙を選んで印刷する。そんな作業をした直後だったから、映画『世界一美しい本を作る男』のシュタイデル氏のことがまぶしく見える。
シュタイデル社の本づくりを見ていると、神々しい作業が連続しているような印象を受ける。紙の束をパラパラとしたときの滑らかな動きや大きな印刷機がひたすら稼働する音、製本された本の角を揃える指先、出力見本を覗き込む横顔、紙に包まれたサンプルがスーツケースにおさめられる様、紙の匂いを嗅ぐ仕草。不要になった印刷用紙をごみ箱に捨てる光景に至るまで、もうたまらない。現れるすべてのシーンが愛おしい。
シュタイデル氏の言動にも目が離せない。ジョエル・スタンフェルドの写真集『i DUBAI』のサイズを決めるときの熱っぽい提案やサブタイトルを却下するハッキリした態度。「中間色のことはいったん忘れて、できる限りのことをしよう」と熱く話すシュタイデルに対し、「うまく忘れられるかな」と不安そうなジョエル。誰と本を作るときにもまるで自分の作品であるかのように取り組んでいる。どちらが著者なのかわからないくらいだ。
僕が著者として本を作るときは、「自分の意見はハッキリ言うが、最終的には専門家に判断を預ける」と決めている。仲間を信用し、敬意を払う意味もあるけれど、何よりそうするほうがいいものができると信じているからだ。共に作るということの喜びもそこにある。納得がいくまでやり取りし、印刷会社から処女作となる写真集が納品された。段ボールにカッターを入れるときのドキドキは何度味わっても変わらない。
僕はたまに卓球をする。そういえば、旅先のインドでもそうだった。オールドデリーで宿泊した中級ホテルの屋上に卓球台があった。仲間と時間を忘れて打ち込んだのが懐かしい。いつでも無心になれるはずの卓球なのに、今回ばかりはくよくよした気持ちが邪魔をして卓球台を前に立ち尽くしている自分がいた。理由は、届いた写真集が期待していたほどの完成度ではなかったからだ。
写真自体に満足していないのはわかっている。何せ駆け出しの写真家なのだから、これからたくさん撮ってもっと巧くなるしかない。編集もデザインも最善を尽くした。でも、印刷にもうひとつ納得がいかなかった。全体的に想像よりもぼんやりと眠たい印象である。印刷会社の問題ではない。選んだ紙は最善だっただろうか。色校正をもう少し念入りにした方がよかったのかもしれない。もしや写真のDATA容量が足りないのかな。もっとできることがあったんじゃないだろうか。
悔やみ始めると際限がない。気づけば卓球のボールが僕の横をすり抜けていった。無心になるどころか、来た球に手を伸ばすことさえできない事態にはさすがに驚いた。こんな本が仕上がってきたら、シュタイデル氏ならどうするだろうか。考えても無駄なことまで頭に浮かんでしまう。くよくよしたまま2日ほどが経過したとき、おなじく写真集を受け取った編集者からメールが来た。
「表紙の手触りもよくて、写真以外には数字のみという、意味深だけど異国情緒漂う素敵な装丁ですね! ぱらぱらとページをめくるとスパイスの香りがわきたつような旅の湿度なんかも感じられて、ページ数以上に濃い本になったなぁと思っています」
一瞬、目を疑うような内容だった。某旅雑誌の編集長をしている人だから、おびただしい量の旅写真を見てきているはずだ。その人がなんとも前向きな感想を抱いている。驚くと同時に考えさせられた。自分の手掛けた作品に誇りを持つ。本来、モノづくりはそうあるべきなんじゃないのか。僕は「眠たい」と後悔し、彼女は「旅の湿度がある」と称える。この差は僕の中で埋めていかなければいけないんじゃないのか。その昔、親しくさせていただいているシェフから聞いた言葉を思い出した。
「自分が自分のカレーの一番のファンでいることが大事。その一位の座をお客さんに奪われたら、あとはもう大丈夫」
どうして僕はいつも自分の粗探しばかりしてしまうのだろう。この映画をいいタイミングで観ることができてよかった。確固たる美意識を持って妥協せず本づくりに全力を尽くす男の姿を目に焼き付けることができた。全身全霊で制作に没頭する日々を送るあの男に感服した。自分もそうありたい。
まもなく写真集の次作に取り掛かるつもりだ。彼の鋭い視線に今後の自分を監視させることにしよう。気を抜くんじゃないよ、あのシュタイデル氏が見張っている、なあんてね。精進あるのみだ。さて、卓球でもしに行こうかな。
- 夢かうつつか、カレーと向き合う日々/『WALK UP』
- なぜ絵を描くのか?なぜなのか?/『世界で一番ゴッホを描いた男』
- そこに到達するまでの旅が心に残る。/『アルピニスト』
- 若い頃にしたことやしなかったことの夢だ。/『ダゲール街の人々』
- 美しい光は危険なんだ。おいしいカレーもね。/『旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス』
- ケキッキは、ケキッキだ。それで、いいのだ。/『カメラが捉えたキューバ』
- 臆病なライダーが、カレーの脇道をひた走る。/『イージー・ライダー』
- 気を抜くんじゃないよ、あの男が見張っている。/『世界一美しい本を作る男〜シュタイデルとの旅〜』
- 失ったものもいつかは取り戻せる、 といいなぁ。 /『パリ、テキサス』
- 1つさ。 それに頼れば、ほかはどうでもいい /『シティ・スリッカーズ』
- 嘘でも言ってくれ 「見せかけなんかじゃない」 /『ペーパー・ムーン』
- 誰かにもらった正解よりも、自ら手にした不正解 /『80日間世界一周』
- 笑いの裏に苦悩が隠れ、 怒りの裏に孤独が潜む。/『スケアクロウ』
- 指した手が最善手。別の人生は歩めないのだから /『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』
- 希望はいつも足元にあり 仲間はすぐそばにいる /『オズの魔法使』
- 「何のため?」…なんて悩んでいるうちは、ひよっこだ。 /『さらば冬のかもめ』
- 独創性は生むより生まれるもの、なのかもなぁ。/『SUPER8』
- どうして探しモノは見つからないのだろう?/『オー・ブラザー!』
- 答えは見つからず、理由は説明できないのだ。/『ブロークン・フラワーズ』
- 寸胴鍋をグルグルとかき混ぜる、身勝手な男。/『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』
- チラ見せに魅せられて、魔都・上海。/『ラスト、コーション』
- スリルは続くよ、スリランカ。/『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』
- 普通だよね、好きだよ、ポルトガル。/『リスボン物語』