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水野仁輔の映画とカレーをめぐる話 vol.11

笑いの裏に苦悩が隠れ、
怒りの裏に孤独が潜む。
『スケアクロウ』

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(カレーの全容を解明するため世界を旅している水野仁輔さんが、映画を旅するように巡りながら、映画とカレーと自身の”カレー人生”について綴ります。カレーと映画の新たな魅力を発見できるコラムです! 隔月連載中。)

「飾らない君が素敵だよ」とか「ありのままの自分でいたいんだ」とか、キザだけどそんなセリフがある。キザだけどそんな風なのがいいよね、と僕も思う。
ところが、これはなかなか難しい。つい自分じゃない自分を演じてしまうことがあるからだ。たとえば書籍の前書きを書いているときなんかは、自分で自分に突っ込みを入れたくなる。
「おいおい、優等生ぶってんなよ」

一方で「こうありたい」と憧れる姿もちゃんとある。映画『スケアクロウ』で言えば、ライオンのような男だ。
暴行傷害の罪で服役して出所し、洗車屋になるべくピッツバーグへ向かうマックス。船乗り生活から足を洗い、会ったことのない息子に会いにデトロイトへ向かうライオン。ひょんなことから出会い、ともに旅をする流れ者の二人はまるで性格が違う。マックスはやたらと喧嘩っぱやく、ライオンはお調子者で周囲を笑わせてばかり。凸凹コンビのやり取りがとにかくいいテンポで心地よい。
小学校の成績表にいつも「調子のいいやつだ」みたいなことを書かれていた僕は、ライオンの素質を兼ね備えているはずだ。大人になった今も、常にくだらないことばかりして笑って笑われて過ごしたいと思っている。
だから『スケアクロウ』を観るとき、僕は大いなる憧れを持ってライオンに自分を重ねてしまう。

8年半ほど前にポッドキャストのラジオ番組を立ち上げた。『M響アワー』という。カレーやスパイスの話をしているわけではない。「東京カリ~番長」という出張料理集団のリーダーと僕とで、何の役にも立たない無駄話をしつづける。しょうもないことばかり言って笑って1回30分が過ぎてしまうから、終わった後に何の話をしたのか自分たちも思い出せないというお粗末な番組である。
ところが、番組は休みなく続いて430回を越え、なぜかリスナーも着々と増え続けている(ような気がする)。イベントなどで会った人から「いつもM響アワー聴いています」などと声をかけられると言い知れぬ喜びが体の中から沸き起こる。「カレーおいしかったです」とか「本を読ませていただいています」と言ってもらうよりもはるかに嬉しい。
きっと僕は、褒められたり崇められたりするよりも、「まったくダメな人ねぇ」と笑われていたいからだと思う。

どこへ行っても喧嘩ばかりしているマックスが、とある飲み屋でまたも一人の男と一触即発となる。ぐっとこらえたマックスはライオンの顔をチラ見し、それからライオンがいつもやっているように電話でふざけて話す仕草を真似ておどけて見せる。戸惑う相手の男と手を取って踊り始め、店じゅうの客を笑いの渦に包み込んだ。
怒りが突如、笑いに変わる様が軽快でいい。そう、怒りと笑いはきっと表裏一体で、お互いの気の持ちようや態度でなんとでもなるはずなのだ。
そういえば、インドを旅し始めたころ、僕は、現地でやたらと怒っていた。理不尽なことが起こるたびに必要以上の正義感を振りかざし、ときには怒鳴り散らすこともあった。振り返ってみれば、それでいい方向に解決したことはなかった。ああいう事態を笑いに変えられるようになったのは、ここ5~6年のことである。

たとえばこんな感じだ。
オートリクシャー(バイク型タクシー)に乗る前に「目的地まで2人で15ルピーね」と交渉する。「OK」と言ったドライバーが到着後、「1人15ルピーだから2人で30ルピーよこせ」と言い始める。よくある話だ。普通に考えれば、「ふざけんな、話が違う」となる。こちらが正当な(?)主張をすればするほど向こうの表情は強張り、場合によっては逆切れされることもある。
そんなときは、怒らない方がいい。「おいおいおい」とニヤニヤしながら、時にはドライバーの肩を軽くたたき、「2人で15ルピーだって言ったじゃない。30ルピーはもらいすぎでしょー。じゃあ、20ルピーあげるからさ、いいにしてよ」みたいなことを話す。彼は「てへ、バレた?」みたいな顔をしてお金をポケットに入れる。相手もダメ元で言うだけ言ってみるだけだったりするから、ニヤリとして解決するのはよくあることだ。
あの時のマックスのようにこみ上げる怒りをぐっと抑え、笑いに変えられたら素敵なことだ。

笑いをつかさどることに関して、ライオンは天才的。あんな風に周囲を巻き込んで楽しませて和やかにすべてを包み込んで行けたらどんなに素晴らしいことだろう。とはいえ、どこかで“自分を犠牲にする”という危うい側面があることを僕は映画の中で思い知ることになる。
予定通りデトロイトへ行き、妻と子供の住む家にたどり着いたライオンは、ドアをノックする勇気がなく、近くの公衆電話から電話をかける。妻との会話で子供が男の子だと知らされた彼に直後、急転直下の展開が。妻は自分たちを裏切って出て行ったライオンに対し、「息子は事故で死んだ」と嘘をつくのだ。失意の底に沈んだライオンは錯乱し、病院へ運ばれる。
昏睡状態に陥ったライオンを見て、「目を覚ませ!」とマックスが取り乱す。「あの公衆電話へ戻ろう。やり直しだ」とライオンの体を揺らすマックスに胸が詰まる思いがした。そうか、ライオンは本当はつらかったのか。そうか、マックスは本当はさびしかったのか。あのシーンで気づかされた。笑いの裏には苦悩が隠れ、怒りの裏には孤独が潜んでいる。表裏のバランスを取りながら人は誰もが生きているんじゃないのか。

これまでも、そしてこれからもカレー活動を続けていく僕は、きっと怒りの感情をあまり表に出さずにいられるだろう。なぜなら、僕は今のところ孤独と無縁だからだ。本当に多くの理解ある仲間に恵まれている。その上で笑いの感情をもっと全面的に出していくためには、もっと苦悩する覚悟が必要なのかもしれない。その勇気は自分にあるだろうか。ライオンのとぼけた顔が脳裏をかすめる。
インド旅における、ある種の処世術を教えてくれたのは、「東京スパイス番長」というグループメンバーであるメタ・バラッツだ。現地で彼独特の間合いに触れ、「ああ、こうやってやりすごせばいいのか」と感心したことが何度もあった。眉間にしわが寄りそうな事態をふわりとしたユーモアで交わす。バラッツにはライオン的なエッセンスが備わっているように思う。そんな彼ともっとインドの話をしたい、と思い、最近、2つ目のポッドキャストラジオ番組をスタートさせた。『スパイスバルーン』という。
ラジオで話すという行為は、僕が僕なりに「ありのままの自分」を出せる手段なのかもしれない。

『スケアクロウ』を観たのは、20年以上ぶりのことだった。映画をよく観た大学時代にベスト10に入るかもしれないほど好きだったこの映画について、僕は内容をほとんど覚えていなかった。
マックスとライオンが出会う冒頭のヒッチハイクシーンで「そう、これこれ!」と思ったものの、「この後、どうなるんだっけ?」と何一つ思い出せず、我ながら驚いた。それで思い出したことがある。そういえば僕の得意技は「忘れること」だった。“孤独”も“苦悩”も大変だけれど、“忘却”という武器を手にしていれば、少しは自分らしく活動を続けていけそうな気がしている。
また20年後に『スケアクロウ』のすべてを忘れ、まっさらな気持ちでライオンやマックスに再会するのが楽しみだ。

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インフォメーション:
監督:ジェリー・シャッツバーグ
脚本:ギャリー・マイケル・ホワイト
出演:ジーン・ハックマン,アル・パチーノ
男同士の深い友情を描いたアメリカン・ニューシネマの傑作。出所したばかりのマックスは、南カリフォルニアの道路で、同じくヒッチハイクをしていたライオンと知り合う。ライオンは5年ぶりに帰ってきた船員で、自分の居ない間に生まれた子供に会うため、妻のもとに向かう途中だという。意気投合した二人は、共に行動することにしたが……。
PROFILE
カレー研究家
水野仁輔
Jinsuke Mizuno
AIR SPICE代表。1999年以来、カレー専門の出張料理人として全国各地で活動。「カレーの教科書」(NHK出版)、「わたしだけのおいしいカレーを作るために」(PIE INTERNATIONAL)など、カレーに関する著書は50冊以上。カレーを求めて世界各国への旅を続けている。現在は、本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を運営中
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