PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

映画の余韻を爪にまとう 第8回

説得力のある初期衝動
アニメーション映画『音楽』

さりげなく大胆に重ねられた色の配色と、抽象的なモチーフの組み合わせで、10本の爪にイメージを描き出す。そんな爪作家の「つめをぬるひと」さんに、映画を観終わった後の余韻の中で、物語を思い浮かべながら爪を塗っていただくコラム。映画から指先に広がる、もうひとつの物語をお届けします。
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。

今回は2020年1月に公開された、岩井澤健治監督によるアニメーション映画『音楽』です。
大橋裕之の『音楽と漫画』が原作で、声優として坂本慎太郎、平岩紙などが出演されています。

世の中がコロナ禍に入る直前の公開で、当時私も映画館へ観に行ったのですが、事前情報をあまり入れずに観たので、エンドロールに「岡村靖幸」という文字を見て(しかも役名は見逃してしまって)、もう一度観て確認したい、と思った頃には世の中がそれどころではなくなってしまいました。
そして2021年の12月にNetflixで配信が始まると知って歓喜しながら、年末に再度鑑賞してその声も確認し、この連載ではアニメ映画を取り扱ったことがなかったので、今回はこの『音楽』で爪を作ってみることにしました。

この映画についての紹介でよく目にするのが「4万枚にも及ぶ手描き作画」「7年間かけて個人制作」という文言。映画の予告編にも書かれています。
劇中にはその数字の重みが一目みただけで分かるシーンは度々登場するのですが、私が個人的にその説得力を感じたのは映画の冒頭。
主人公のケンジ(声:坂本慎太郎)がただ町を歩いているだけのシーンです。
歩いているだけなのにその独特の動きには、描いた線の執念と、4万枚、7年間、という蓄積を感じて、人が圧倒された時に出てしまう、笑みにも近い顔の筋肉の緩みが映画の初っ端から出てしまいました。

あまり「独特」という言葉を書きすぎるのもどうかと思いますが、大橋裕之の漫画に見られる独特の余白を時間に変換して再現されているような「間」も特徴的で、その緩急が見ていて飽きません。
ケンジ達のバンド名が決まるシーンはセリフが食い気味に飛んできて場面の切り替えも早く、漫画のコマからコマへ目線を移す時のようなスピード感がありました。

『音楽』というタイトルだけあって、音楽フェスのシーンにはオシリペンペンズ(※1)や井手健介(※2)などが参加されており、森田(声:平岩紙)の部屋のシーンではやたらリアルに描かれたキングクリムゾンのCDジャケットが出てきます。
この映画にはロトスコープ(実写映像を撮影し、フレームごとにトレースする)手法が使われていて、実際に音楽フェスを開催し、その演奏を撮影して制作に使用されたシーンがあるのですが、その演奏陣には、現在も活躍されているアーティストの名前があったり、たった一言のセリフが著名な方の声だったりと、エンドロールの最後まで発見が尽きません。
観客が大きく揺れて踊る描写や、”Tシャツのロゴ”など、細かいところにカルチャー要素が描かれており、そういう描写はやりすぎると個人的に若干引いてしまうこともあるのですが、『音楽』の場合はその塩梅が良く、素直に楽しめました。

自分で音を出した時や、誰かの良い演奏をみた時の「なんか良い」という感覚は言語化が難しいですが、『音楽』ではその感嘆や衝撃が鮮やかに表現されています。
私は学生の時にシンセサイザーでCSS(※3)やThe Rapture(※4)などのコピーバンドをやっていたのですが、シンセで尚且つコピーだったので、弾く練習よりも「元の曲と同じ音色を作る」という作業の時間が多く、手以上に頭と耳を使っていたような記憶があります。
中でも記憶に残っているのは、The Prodigy(※5)の「Invaders Must Die」という曲です。
聴くと分かると思うのですが人力でやるような曲ではないので、無謀な音作りには相当苦労しましたが、その演奏が上手くいった時に生まれた一体感は今でも覚えています。
今は全く弾いていないので、音楽のことは少し齧っただけの目線でしか書けませんが、今回の爪は映画の中でも印象的だった「ケンジの演奏を聴いて衝撃を受ける森田」のシーンや、「3人が最初に楽器を鳴らした」シーンを、自分の経験と重ねながら作ってみました。

制作した爪は、一枚一枚が映画のシーンとリンクしているというわけではなく、音の持つ多彩さ、一体感が生まれた時の高揚、楽器を最初に自分で鳴らした時に感じる脳の揺れに近い衝撃や、この映画のテーマとも言われている”初期衝動”を爪全体に散りばめて、爪から音が感じられるようなデザインにしてみました。
劇中で森田がケンジ達の演奏を聴いて衝撃を受けるシーンにはかなり抽象的なモチーフが出てくるので、そこに引っ張られてデザインが寄ってしまわないように気をつけながら、色使いや描き方の幅はあまり制限を設けず、書き慣れている形も、初めて挑戦する形も、両方取り入れています。

●使用ネイル

右手(写真上段、左から)
●親指
・HOLI NAIL GREEN CHILI
・ACネイルエナメル 008 濃密黒
・MP AT濃密 グラマラスネイルエナメル 21
・sundays ネイルポリッシュカラー 13 チリペッパーレッド
●人差し指
・NAILHOLIC BL918
・paネイルカラー A96
・MP AT濃密 グラマラスネイルエナメル 21
・OSAJI アップリフトネイルカラー 17 Yokogao
●中指
・NAILHOLIC OR202,BK081
・PRORANCE P24ライトグレー
・sundays ネイルポリッシュカラー 33 ティールブルー
●薬指
・NAILHOLIC BR308,PK825,WT080
・KURASHI & Trips PUBLISHING シンボリックネイルカラー 02 フォレスト
●小指
・paネイルカラー S018
・NAILHOLIC BK081
左手(写真下段、右から)
●親指
・NAILHOLIC PU104,GR706
・MP AT濃密 グラマラスネイルエナメル 21
・TMジェルスタイルマニキュア クリーミーイエロー
●人差し指
・CANMAKE カラフルネイルズ N13
・OSAJI アップリフトネイルカラー 15 Doukutsu,103 Yoin
●中指
・paネイルカラー S025
・NAILHOLIC RD414
・FIVEISM×THREE ネイルアーマー 07 JG xkss
●薬指
・paネイルカラー S022
・ACネイルエナメル 008 濃密黒
・MP AT濃密 グラマラスネイルエナメル 21
・NAILHOLIC SP011(モチーフ部分のみマットネイルを使用)
●小指
・SMELLY マニキュア 335 バンビーノ
・TMメタルカラーネイル ゴールド
・NAILHOLIC GD 083

※1:石井モタコ(Vo)、中林キララ(G)、道下慎介(Dr)の3人からなるサイケデリックロックバンド。
※2:吉祥寺バウスシアターの館員として爆音映画祭等の運営に関わる傍ら、2012年よりライヴ活動を開始。
※3:ブラジルのサンパウロ出身のディスコパンクバンド。
※4:ニューヨーク出身のダンスパンクバンド。
※5:イギリスのテクノ・エレクトロロックバンド。

↓アニメーション映画『音楽』に登場したバンド「古美術」のベストアルバムを聴く!

「古美術」ベスト

FEATURED FILM
監督:岩井澤健治
原作:大橋裕之「音楽 完全版」(カンゼン)
プロデューサー:松江哲明
音響監督:山本タカアキ
音楽:伴瀬朝彦 GRANDFUNK 澤部渡(スカート)
ロトスコープミュージシャン:Gellers ホライズン山下宅配便 澤部渡(スカート) 安藤暁彦
劇中曲:GALAXIEDEAD 井手健介 野田薫 オシリペンペンズ
主題歌:ドレスコーズ「ピーター・アイヴァース」(キングレコード/EVIL LINE RECORDS)
PROFILE
爪作家
つめをぬるひと
Tsumewonuruhito
爪作家。爪を「体の部位で唯一、手軽に描写・書き換えの出来る表現媒体」と定義し、音楽フェスやイベントで来場者に爪を塗る。
「身につけるためであり身につけるためでない気張らない爪」というコンセプトで
爪にも部屋にも飾れるつけ爪を制作・販売するほか、ライブ&ストリーミングスタジオ「DOMMUNE」の配信内容を爪に描く「今日のDOMMUNE爪」や、コラム連載など、爪を塗っている人らしからぬことを、あくまでも爪でやるということに重きをおいて活動。
作品ページや、書き下ろしコラムが収録された単行本『爪を塗るー無敵になれる気がする時間ー』(ナツメ社)が発売中。
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