PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

どうしても語らせてほしい一本「観た後毎日の景色が輝いてみえる、ドキュメンタリー映画」

「私の人生、まんざらでもないのかも」見過ごしていた“当たり前”に魔法がかかる『顔たち、ところどころ』

© Agnès Varda – JR – Ciné-Tamaris – Social Animals 2016
ひとつの映画体験が、人生を動かすことがあります。
「あの時、あの映画を観て、私の人生が動きだした」
そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
今回のテーマは、「観た後毎日の景色が輝いてみえる、ドキュメンタリー映画」です。
今回の語り手
編集・ライター
渡邊玲子
Reiko Watanabe
映画配給会社、新聞社、WEB編集部勤務を経て、フリーランスの編集・ライターに。「DVD&動画配信でーた」「キネマ旬報」「キネマ旬報NEXT」「nippon.com」などでインタビュー記事やレビューを執筆中。国内外の映画監督や俳優が発する言葉に必死で耳を傾ける日々。

毎日の景色が輝いてみえる
ドキュメンタリー映画

これまでに私が書いたコラムの中で、とても印象に残っているものがあります。タイトルは「紫陽花とビーチサンダル」。編集さんがコラムの中からキーワードを抽出して付けてくださったのですが、シンプルかつ的確なタイトルでとても気に入っています。昨年3月29日にアニエス・ヴァルダ監督が90歳で天寿をまっとうされた際、とあるWEB媒体にささやかな追悼コラムを寄稿させていただいたんです。ありがたいことにそのコラムを読んだ方から「あの文章が好きでした」と声をかけていただくことが多く、「それまで書いた文章と何が違ったのだろう……?」と、自分なりに考えてみたのですが、ごくごく個人的な思い出や感情を、なんのてらいもなく素直に綴ったことが、かえって多くの人の心に響いたのかもしれないな、とも感じています。

「ヌーヴェルヴァーグ(※)」の頃から女性監督の先駆けとして時代を牽引し、カンヌ国際映画祭やアカデミー賞の名誉賞も受賞したヴァルダ監督が、かつて来日した際、私は花束贈呈の大役を急遽当時のボスから仰せつかりました。開店前の花屋に駆け込んで紫陽花の小さなブーケを作ってもらったところ、ご機嫌ななめで泣いていた監督がその花束を気に入り、滞在先のホテルの部屋に飾ってくれたこと。私の30歳の誕生日、パリのカルティエ財団現代美術館で開催されていたヴァルダ監督の展覧会を訪れた際、親切なキュレーターとイケてるムッシュのおかげで、ダゲール街に暮らす監督との対面が奇跡的に叶ったこと。いつか再会できたら渡そうと思って大切にしまっておいた「海の写真」がプリントされたビーチサンダルを、結局渡せずじまいになってしまったこと。そんな個人的な思い出の断片に、ヴァルダ監督への思いを込めて綴ったコラムが「紫陽花とビーチサンダル」だったのです。

というわけで前置きが長くなりましたが、今回ご紹介するのは当時87歳だったヴァルダ監督が、33歳のフランス人アーティストJRとともに作り上げた、とても可愛らしいドキュメンタリー『顔たち、ところどころ』(2017)です。おばあちゃんと孫ほど年の離れたキュートな凸凹コンビが、フランスの田舎町を小さなトラックで巡りながら、市井の人々と触れ合い、巨大な写真作品を共に作り上げていく旅の様子を記録したドキュメンタリー作品。

偉大なヴァルダ監督が、一見クールにキメているけれど、実はおばあちゃんっ子で優しさに溢れる若手アーティストJRとともに、好奇心の赴くまま名もなき市井の人たちに会いに行き、顔を写真に収めて巨大ポスターに引き伸ばし、彼らにゆかりのある建物に貼り付けていく……。そこで生活している人たちにとっては当たり前すぎて見過ごしているものの中にある“本当の価値”を、目利きの映画監督と才気あふれるアーティストが独自の視点で見出し、素敵な魔法をかけて去っていく姿を、私はスクリーンで目の当たりにしました。

© Agnès Varda – JR – Ciné-Tamaris – Social Animals 2016

残念ながら自分の暮らす街にヴァルダ監督とJRが訪ねてくることはないけれど、「あの二人だったらこの街のどこに価値を見出すだろう…?」と考えるだけでも、いつもと違う景色に見えてくるから不思議です。殺風景だったあのスペースに、どんな人物の巨大写真をプリントしたら、面白味や味わいが感じられるのか、空想してみるだけでもワクワクできると思いませんか?

自分にも他人にも厳しくて、多くの人から畏れられていたヴァルダ監督が、実はいくつになっても少女のような視点で物ごとを観察していたことが伝わり、愛おしい気持ちになりました。映画の中でヴァルダ監督から「あなた、とっても素敵よ」と声をかけられた人々が、JRによって撮影されて引き伸ばされた自身の巨大ポスターを眺めながら「私の人生、まんざらでもないのかも」と自信を授けられていたように、たとえ人生で2回だけでもヴァルダ監督と出逢えた奇跡を思い返すと、いまでも勇気が湧いてきます。

昨夏、私のコラムのタイトルとなった、「海の写真」がプリントされたビーチサンダルを自ら履いて小豆島の浜辺を歩き、天国のヴァルダ監督に想いを馳せました。

※:1950年代後半から 1960年代前半にかけてのフランスで、商業映画に束縛されず自由な映画制作を行なった若手グループの映画。「新しい波」の意。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
<キャスト>
アニエス・ヴァルダ、JR

<スタッフ>
監督・脚本・ナレーション:アニエス・ヴァルダ、JR
音楽:マチュー・シェディッド(-M-)
字幕翻訳: 寺尾次郎
© Agnès Varda - JR - Ciné-Tamaris - Social Animals 2016
旅の条件は、“計画しないこと”。
ヌーヴェルヴァーグの巨匠アニエス・ヴァルダと、
写真家でアーティストのJR、54歳差の二人旅。
映画監督アニエス・ヴァルダ(作中で87歳)と、写真家でアーティストのJR(作中で33歳)は、ある日一緒に映画を作ることにした。

JRのスタジオ付きトラックで人々の顔を撮ることにした二人は、さっそくフランスの村々をめぐり始めた。
炭鉱労働者の村に一人で住む女性、ヤギの角を切らずに飼育することを信条とする養牧者、港湾労働者の妻たち、廃墟の村でピクニック、アンリ・カルティエ・ブレッソンのお墓、ギイ・ブルタンとの思い出の海岸、JRの100歳の祖母に会いに行き、J.L.ゴダールが映画『はなればなれに』で作ったルーブル美術館の最短見学記録を塗り替える・・・。

アニエスのだんだん見えづらくなる目、そしてサングラスを決して取ろうとしないJR、時に歌い、険悪になり、笑いながら、でこぼこな二人旅は続く。
「JRは願いを叶えてくれた。人と出会い顔を撮ることだ。これなら皆を忘れない」とアニエスはつぶやく。

願いを叶えてくれたお礼にと、彼女はJRにあるプレゼントをしようとするが・・・。
PROFILE
編集・ライター
渡邊玲子
Reiko Watanabe
映画配給会社、新聞社、WEB編集部勤務を経て、フリーランスの編集・ライターに。「DVD&動画配信でーた」「キネマ旬報」「キネマ旬報NEXT」「nippon.com」などでインタビュー記事やレビューを執筆中。国内外の映画監督や俳優が発する言葉に必死で耳を傾ける日々。
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