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有賀薫の心においしい映画とスープ 19皿目

はみ出し続ける女たちを応援しよう
『アンという名の少女』『ブリジット・ジョーンズの日記』

シンプルレシピを通じ、ごきげんな暮らしのアイデアを日々発信する、スープ作家・有賀薫さん。スープの周りにある物語性は、映画につながる部分があるかも? とのことで、映画コラム連載をお引き受けいただきました。題して「心においしい映画とスープ」。映画を観て思いついたスープレシピ付きです。
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。ライターとして文章を書く仕事を続けるかたわら、2011年に息子を朝起こすためにスープを作りはじめる。スープを毎朝作り続けて10年、その日数は3500日以上に。現在は雑誌、ネット、テレビ・ラジオなど各種媒体でレシピや暮らしの考え方を発信。著書に『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞、『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。ほかに『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)、『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)など。

以前はレシピを紹介するとき、「このスープは忙しい主婦の味方です!」なんて言い方をしていたのですが、最近は「主婦」という言葉を使わなくなりました。女性は料理ができて当たり前という強いイメージがあるために、かえって料理が嫌いになってしまう人も案外多いのです。
思えばこれまで私たちは、生き方、恋愛、ファッション、ふるまいや言葉遣いまで「男らしさ」「女らしさ」を基準にして、枠におさまるように生きてきました。特に女性は自分で生き方を選べなかった時代も長く、その枠に窮屈な思いをしていた人も多かったはずです。
だからこそ、自分らしさを貫く女性の生き方を描くことは、文学や芝居、映画の、ひとつのテーマとなり得てきました。

『赤毛のアン』のアン、そして『ブリジット・ジョーンズの日記』のブリジット。時代でいえばおよそ100年を隔てたふたりの主人公の間には、まるで関連性がないように見えるかもしれません。でも私はこのふたりに、型にはまらず自分らしさをナチュラルに表現しているという、共通のイメージを持ちました。

『赤毛のアン』は、言わずと知れた少女文学の金字塔です。孤児院からグリーン・ゲイブルスに引き取られたアンは、そばかすだらけの赤毛の少女。羽ばたくような空想力とエネルギーのせいでときに問題児扱いされながらも、異質な存在感を放ちます。カナダの片田舎の「女はよき妻であり母であれ」という保守的な価値観の中で、悩み、ぶつかりつつ進歩的な生き方を追い求めていきます。最近Netflixでドラマ化された『アンという名の少女』は、特に多様性を押し出した現代的な切り口で、魅力的な作品でした。

さて、アンが生きた時代から約100年経った2001年に現れた主人公が、ブリジット・ジョーンズです。酒とタバコがやめられず、ジャンクフードをむさぼる日々を送り、女好きな上司と安易に関係を持って…と、だらしないことこの上なし。でも、欲望にふたをせず、愛のある生活を送りたいと本音で生きる32歳の彼女はなぜかチャーミングに見えます。この時代に社会進出するようになった多くの女性たちは、「仕事も恋も勝ち取った女性」という新しい理想の女性像を目指しました。とりあえず理想は持ちながらも、自らの言動がそれを裏切っていくブリジットの、心の衝動に従って生きる姿は、がんばることに疲れた女性たちの心にぐっと刺さったのだと思います。

ふたつの映画に、ある共通のモチーフが出てきました。下着です。『アンという名の少女』では、新任の女性教師が当時女性の装いに必須だったコルセットをつけていなかったことを保護者たちから非難されるシーン。『ブリジット・ジョーンズの日記』では、上司のダニエルと関係を持ったブリジットが、ぽっこりお腹の肉を隠すために履いていたガードルを彼にからかわれるというシーンがありました。締め付ける下着は、見た目の美しさ(細さ)が女性の価値であるということの象徴です。
アンとブリジットは窮屈さを嫌います。アンは成長しコルセットを与えられますが、その言葉に、ゆくゆく彼女がそれを手放して生きることを予感させます。ブリジットも容姿にとらわれない相手を選んでいきます。「女らしさ」をはみ出して「自分らしさ」を追う、ふたりはそこが似ているのです。

2022年の今、見た目や立場で女らしさを強いるべきではないという風潮が確かに生まれつつあります。窮屈なコルセットやガードルも、足を痛めつけるピンヒールももう必須ではありません。「まだ結婚しないの?」なんて聞いたらセクハラです。
でもそれは、アンやブリジットのようなはみ出し者の女性が、窮屈な下着を脱ぐことにはじまりました。誰の目にも見えないところでの小さな革新が、女性たちの生き方を少しずつ変え、今につながっています。そのことに気づくと、映画を観る目はもちろん、自分たちの暮らしのひとつひとつを見る目も変わるのではないでしょうか。

アンやブリジットに代わる、次の愛すべきはみだし者は誰でしょう。そんな新時代の主人公を、私は応援したいです。

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女性の生き方は、時代の鏡。ファッションや化粧、食事、インテリアに至るまで、暮らしのディティールにはその時代の女性の心が反映されてきました。暮らしの変化はすなわち女性の意識の変化です。

実はレシピも、時代ごとに変化し続けています。専業主婦が多かった80年代ごろまでは、家族のために手間ひまをかけた料理を教育することがレシピに求められてきましたし、バブル期に日本人が外食文化に親しむようになると、さまざまな国の料理を取り入れるようになりました。時代は進み、現代の忙しい女性たちは時短・簡単なレシピを求めています。

今回紹介するポーク・ビーンズは、いろいろな素材を加えていくことで、味がどんどん変化していきます。ベースは、豆、トマト、ひき肉で作るシンプルで素朴なシチュー(質素な食事を旨としていたアンの時代、農民は肉を食べていなかったとは思うのですが)。これが、ちょっぴりジャンキーな一皿へと変化する面白さをぜひ味わってみてください。

◎映画のスープレシピ:
変化し続けるポーク・ビーンズ

▼材料(2人分) 所要時間35分
ひき肉(好みのもの) 200g
レッドキドニー水煮 約200g ※他の豆でも可
トマト缶 1缶 ※ホール、カットどちらでも可
にんにく 1片
オリーブオイル 大さじ1
塩 小さじ1
胡椒 少々
水 200mL
<チリ・ビーンズへと味チェンジ>
チリパウダー 小さじ1/4
溶けるチーズ、トルティーヤチップス、トマト、ゆでたまご、アボカド、パクチーなど好みで 適量

◎つくり方

  • 1.鍋を中火にかけオリーブオイルを熱し、ひき肉を広げるようにして入れ、あまり動かさずに焼く。へらで持ち上げ、焦げ目がついていたら大きく返して、裏側も焼きつける。途中つぶしたにんにくも加えて香りが出るまで炒める。
  • 2.豆は、水が入っているものは水気を切り、鍋に入れる。トマトを手でつぶしながら入れる(カットトマトならそのまま)。
  • 3.水200mLと塩小さじ1を加え、沸騰したらアクをとり、弱火にして20~25分煮る。味を見て、塩と胡椒で調節する。
  • 4.チリパウダーを加えるとチリコンカン風に。溶けるチーズ、刻んだトマトやパクチー、アボカド、ゆでたまご、トルティーヤチップスなど好みの具材をトッピングする。

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PROFILE
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。ライターとして文章を書く仕事を続けるかたわら、2011年に息子を朝起こすためにスープを作りはじめる。スープを毎朝作り続けて10年、その日数は3500日以上に。現在は雑誌、ネット、テレビ・ラジオなど各種媒体でレシピや暮らしの考え方を発信。著書に『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞、『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。ほかに『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)など。11月29日『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)発売予定。
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