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有賀薫の心においしい映画とスープ 8皿目

わかりあえないという希望
『12人の優しい日本人』

有賀薫の心においしい映画とスープ 8皿目
シンプルレシピを通じ、日々ごきげんな暮らしを発信する、スープ作家・有賀薫さん。スープの周辺にある物語性は、映画につながる部分があるかも? とのことで、映画コラム連載をお引き受けいただきました! 題して「心においしい映画とスープ」。映画を観て思いついたスープレシピ付きで、隔月連載中です。
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。

『12人の優しい日本人』は、ある殺人事件の裁判に選ばれた12人の陪審員による、シチュエーションコメディです。和を乱すことを嫌う日本人が、話し合いをしようとするとどうなるか……。

なごやかに始まった審議ですが、聞き違い、誤解、無視、日和見、威嚇、文句、噛みつき、マイペース、だんまり、茶化す、言い淀み……怪しい雲行きになっていきます。人とはこうしてすれ違っていくのだなという場面の連続。状況が次第にこじれていくさまは、まるでディスコミュニケーションの見本市です。

すれ違いは、誰にでも経験があるはずです。主張を決して変えない人や理論で相手をねじ伏せようとする人と話をしていると、大事な言葉を飲み込んでしまいます。かといって日和見な人とちゃんとした話はできない。私はそうでもないですが、自己主張が得意でない人は、対人関係自体が苦痛になるのではないでしょうか。
現実社会では声の大きな人や社会的に強い人が正義になってしまうことも多いもの。でも、自分の考えにとらわれ、相手の言葉をまっすぐ受け止められないという点においては、上も下もありません。むしろ自分が正しいと信じて疑わない強者のほうが、話し合いに向いていないのかも。この映画を観ているとだんだんそう思えてきます。

言葉を重ねれば重ねるほど、あるいは黙れば黙るほど、相手の心は遠ざかる。映画で描かれるコミカルなすれ違いに笑いつつ、軽い絶望感を覚えます。自分を変えずに相手に変わってほしいという無茶な願望に、どうしてもしがみついてしまうのが人間らしさだからです。

しかし、言葉を重ね、時間を重ねていくうちに、12人の陪審員の心に変化が訪れます。理屈や威嚇の言葉に対して防戦一方だった人たちが、自分たちのもやもやした気持ちをなんとか相手に伝えようという意志を持ち始めるのです。

「だってそれしか言いようがない。
わたしは法律のことはよくわからないし、頭だってよくない。
だけど、陪審員になって、いま、ここにいる」

それまで人の後ろにいた陪審員4号が一歩前に進んで力強く言った場面は、言葉以上の重みがありました。

審議を終えた陪審員たちは、裁判所を出てそれぞれの生活に戻ります。

人は根本的にはわかりあうことはできないのかもしれません。でも、もし希望があるとしたら、違う意見を持つ相手と自分との間に違いがあることへの気づきと、そこにどうにか橋を渡そうとするお互いの意志ではないか。そしてその原動力にあるのは、誰かとわかりあいたいという人の弱さと優しさなのではないだろうか。久しぶりに大好きな作品を観ながら、そんなことを考えました。

+++

三谷幸喜の脚本もですが、舞台出身の俳優たちの演技もすごいのです。ちょっとした目線、しぐさ、セリフの強弱で、本当にこういう人いるよなあ、と思わせます。手足の長い、かっこいい俳優がいると思って、エンドロールで確認しました。豊川悦司という名前でした。

さて、今回は、個性豊かでバラバラだった陪審員たちが、一日鍋の中で煮込まれたなという印象の映画をそのままイメージして、ごった煮スープを作ってみます。あさり、加工肉、野菜、豆…さまざまなものを入れてつくる、スープです。

肉、魚介などたんぱく質のものが何かと、野菜・豆が混ざっていれば、具はなんでも。あさりやソーセージは鶏やひき肉に替えてもよいですし、野菜は冷蔵庫のくず野菜でもいいのです。無作為に選ばれたメンバーたちが、鍋で煮るうちにだんだん調和されておいしくなり、優しい味のスープができました。

◎映画のスープレシピ:
12人の優しさのごった煮スープ

材料(4人分) 所要時間 45分
●たんぱく質系
あさりむき身(冷凍) 100g
ソーセージ 3本
ベーコン 2枚
●野菜・豆系
たまねぎ 1/2個
にんじん 1/2本
じゃがいも 1個
ブロッコリー 1/2個
エリンギ 1本
小松菜 1/3束
キャベツの葉 3枚
にんにく 1片
ミックスビーンズ缶 小1個 ※水煮のものならどの種類でもOK
●調味料
塩 小さじ1
胡椒 少々
オリーブオイル 大さじ2~3

◎つくり方

  • 1たまねぎは薄切り、にんじんとじゃがいもは半分にして薄切り。小松菜、キャベツは3cm幅ぐらいのざく切り。ブロッコリーは小さな房に分ける。エリンギは半分か1/3の長さに切ってから手でさく。にんにくはみじん切りまたはつぶす。
    ベーコンとソーセージも1㎝幅に切る。冷凍あさりはさっと水洗いする。
  • 2鍋にオリーブオイル大さじ2とたまねぎ、にんにくを入れ、中火で色づかないように炒める。ベーコンとソーセージも加えて炒める。そこに、にんじん、エリンギ、ブロッコリー、小松菜、キャベツと順に入れて、全体がしんなりするまで約6~7分炒める。途中、もしオイルが足りなくなったら、大さじ1まで追加する。
  • 3水をひたひたに入れ、じゃがいもと塩小さじ1を加え、沸騰したらアクをすくって、弱火に落としてときどき混ぜながら20分ほど煮込む。野菜がやわらかくなったら、水をもう少し足し、あさりのむき身を加えて3~4分煮る。あさりが煮えたら味を見て、塩とこしょうで調える。

※2021年3月19日時点の情報です。
最新の配信状況は U-NEXT サイトにてご確認ください。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:中原俊
脚本:三谷幸喜
出演:塩見三省、相島一之、上田耕一、二瓶鮫一、中村まり子、豊川悦司
「もしも日本に陪審員制度があったら」という仮定に基づき、ある殺人事件を審議するために集められた陪審員たちの姿をユーモラスに描く傑作コメディ。劇団・東京サンシャインボーイズによる同名戯曲の映画化で、脚本は同劇団主宰の三谷幸喜が執筆。12人の陪審員たちは、殺人事件の被告が若くて美人であることから全員一致で無罪の決を出す。審議は早々に終了するかに見えたが、陪審員2号が無罪の根拠を一人一人に問い正し始めたことから、事態は混迷を極めていく。
PROFILE
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。
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