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有賀薫の心においしい映画とスープ 10皿目

一点をみつめること
『初恋のきた道』

有賀薫の心においしい映画とスープ
シンプルレシピを通じ、日々ごきげんな暮らしを発信する、スープ作家・有賀薫さん。スープの周辺にある物語性は、映画につながる部分があるかも? とのことで、映画コラム連載をお引き受けいただきました! 題して「心においしい映画とスープ」。映画を観て思いついたスープレシピ付きで、隔月連載中です。
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。ライターとして文章を書く仕事を続けるかたわら、2011年に息子を朝起こすためにスープを作りはじめる。スープを毎朝作り続けて10年、その日数は3500日以上に。現在は雑誌、ネット、テレビ・ラジオなど各種媒体でレシピや暮らしの考え方を発信。著書に『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞、『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。ほかに『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)など。11月29日『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)発売予定。

最近の私たちは「スマホしながら」さまざまなことをするようになりました。歩いているとき、食事しているとき、友達と喋っているとき、会議の最中でも、スマホをのぞいている人は案外多いのではないでしょうか。さらにLINEや電話の着信が入り込んできて、また気をとられます。常にきょろきょろと落ち着きなく、集中力なく日々を過ごすようになってしまっている。思い当たるところはありませんか? 私には、あります。

そうした環境にすっかり慣れていたからこそ『初恋のきた道』で主人公の少女、チャオ・ディの、ただ一点を見つめ続けるまなざしに、心を打たれた……いえ、頬を打たれたような気持ちになりました。
彼女の視線の先にいるのは、町からこの村にやってきた、青年教師ルオ・ユーシェン。ひとめで恋に落ちたのです。非常に純粋な恋物語ですが、ライバルが現れるとか、すれ違うというような、いわゆる恋愛ドラマ的な展開はありません。ストーリーも何も、ディが最初から最後まで、ただもうひたすらに心を奪われた男性を見つめ続けるだけという映画なのです。

ディを演じるチャン・ツィイーの可愛さはもはや暴力的といってもよいほどで、人形のように整った顔のつくりそのもの以上に、目の輝きが印象的でした。意志を感じさせるまなざしです。
母親に反対されても、ユーシェンが文化大革命のあおりを受けて町に連れ戻されてしまっても、彼女の気持ちはまったくブレずに映画の大切なモチーフである、一本道の先を見つめ続けます。中国北部の田舎の、過酷さを感じさせる冬の風景もまた、彼女の意思を確認するための大道具であるように感じられます。

気の散りやすい私は、ディが全く気をそらさずにユーシェンだけを見つめ続けたような一点集中がなかなかできません。無意味にくるくる動いているだけで、一つひとつの仕事をよく見ると、ちっとも進んでいないこともよくあります。優先順位の低いやりとりに気をとられ、本当に大切な人との関係が薄くなってしまい、反省ばかりです。
ディの純粋さにまぶしさを感じ、大事なものから常に目をそらしてしまう自分に気づかされます。本当に、自分にとって大事なものは、どこにあるのだろうと。
恋や仕事だけではなく、何でもそうですが、どんなに掛け持ちしても幸せにはなれません。肝心なのは、好きな相手やものを見つめ続けることです。たとえば普段の料理ひとつでも、集中して素材としっかり向かい合えば、味わいに深さが生まれます。
幸せは一本道。その素朴ながら太く堂々たるひとりの女性の生きざまに、ほれぼれする映画でした。

+++

さて、この映画、料理もすごくおいしそうなんです。ご馳走というよりは、ディが恋する人のために心を込めて作る料理が、もうたまらない。彼の好物と聞いて、ディはきのこ餃子を作るのですが、彼は町に連れ戻されてしまう。餃子の皿を風呂敷に包んで抱えて、ディは走ります。とうとう追いつくことはなかったのですが、その餃子はどんな味がしたのでしょう。想像しながら私も水餃子入りのスープを作ってみました。

餃子は通常、いろいろな具が入るものですが、ディにならって今日はきのこに集中します。具は肉ときのこ、ねぎだけ。きのこから水分が出るので、しっとりした仕上がりになります。干し椎茸が少しだけ入ることで、ぐっとうまみが出て中華らしくなります。

◎映画のスープレシピ:
一点集中でつくりたい
きのこ餃子のスープ

材料(2人分)所要時間 30分
豚ひき肉 150g
好みのきのこ 100g ※できれば2~3種類
しょうがすりおろし 小さじ1/2(チューブでもOK)
長ネギ 5cm
餃子の皮 20枚
ごま油 小さじ1
塩 3g(小さじ1/2)
こしょう 少々
しょうゆ 小さじ1
中華スープの素 小さじ2

◎つくり方

  • 1きのこはいしづきをとって、細かく刻む。長ネギはみじん切りにする。
  • 2ひき肉と塩をボウルに入れ、こねて粘りを出す。粘りが出たら、きのこ、長ネギ、しょうがすりおろし、しょうゆ小さじ1とごま油小さじ1を加え、練り込む。これを餃子の皮に小さじ1強乗せ、皮の縁に指で水を付け、きっちり包む。
  • 3鍋に湯をたっぷり沸かし、2の餃子を約3分、中火でゆでる。浮き上がってくるのが茹で上がりのめやす。浮いてから1分ほど加熱するとよい。
    別の鍋に水400mLと中華スープの素を入れ、塩としょうゆ少々(分量外)、こしょうで味をととのえスープを作る。
    器に、水切りした餃子を入れ、スープを注ぐ。ネギの青い部分が余っていたら刻んでのせる。
有賀薫の心においしい映画とスープ

※2021年3月25日時点での情報です。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:チャン・イーモウ
出演:チャン・ツィイー、スン・ホンレイ、チョン・ハオ、チャオ・ユエリン
2000年ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞し、劇場大ヒット・ロングランを記録した純愛ラブストーリー。中国北部の自然豊かな村に、ある日若い教師ルオ・ユーシェンが都会の町からやってくる。そんな彼に恋心を抱いた18歳の少女チャオ・ディ。彼女は言葉にできない想いを、彼に料理をふるまうことで伝えようとする。想いが彼に届くや、時代の波に呑まれたふたりは離ればなれに。ディは町へと続く一本道に立ち、愛する彼を日夜待ち続ける。中国を代表する名女優、チャン・ツィイーの初主演作で、その初々しい可憐な姿も見どころ。
PROFILE
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。ライターとして文章を書く仕事を続けるかたわら、2011年に息子を朝起こすためにスープを作りはじめる。スープを毎朝作り続けて10年、その日数は3500日以上に。現在は雑誌、ネット、テレビ・ラジオなど各種媒体でレシピや暮らしの考え方を発信。著書に『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞、『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。ほかに『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)など。11月29日『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)発売予定。
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