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有賀薫の心においしい映画とスープ 14皿目

癒しのガールズ・トーク
『海街diary』

シンプルレシピを通じ、日々ごきげんな暮らしを発信する、スープ作家・有賀薫さん。スープの周辺にある物語性は、映画につながる部分があるかも? とのことで、映画コラム連載をお引き受けいただきました! 題して「心においしい映画とスープ」。映画を観て思いついたスープレシピ付きで、隔月連載中です。
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。

「最近会うときは、いつも礼服だね」
両親の兄弟が多く、葬式や法事の多い家に育ちました。そうした悲しみの席でも、子どものころによく遊んだいとこたちとは、久しぶりに会えることに小さな嬉しさを感じてしまいます。お寺の控室で近況を報告しあい、冗談を言って笑って年長の叔父や叔母にたしなめられ、目くばせして声をひそめます。

それは自分たちの父や母が亡くなったときも同じでした。線香の匂いがただよう中、誰かが思い出したように「そろそろ何か食べようか」と言い出すと、その言葉は窓を開けて入ってくる風のように、淀んだ空気を動かします。親しい人と食べて、しゃべって、笑う、これだけが悲しみを忘れる唯一の方法であるように思えるのです。

そんなわが家の葬式や法事を思い出させた『海街diary』は、喪失と回復の物語です。幸、佳乃、千佳の三姉妹が暮らす鎌倉の古い一軒家に、腹違いの妹、すずがやってくるのが物語のはじまり。
なかなか複雑な人間関係ながらも、『若草物語』や『細雪』など四姉妹の物語の系譜にたがわず、香田家も常に、にぎやかさと温かさに包まれています。姉妹のうちふたり揃えばすぐに会話がはじまり、そこに三人、四人と加わってあっという間にガールズ・トーク。 ごはんのこと、家族のこと、おしゃれや恋のこと…他愛ないおしゃべりは、寄せては返す波のように途切れることはありません。末っ子のすずは自分の母が、姉たちから父を奪ったという事実に負い目を感じ、姉たちもそれぞれの仕事や人間関係、恋の悩みに直面するのですが、家の中には常におだやかな暮らしの音が響いています。

ほかの姉たちと母も違い、一緒に暮らしたことはなかったすずですが、映画の中には、家族の血のつながりを感じさせるシーンが散りばめられています。たとえば幸と耳の形が似ていたり、うっかり梅酒を飲んでしまったときの酔いつぶれ方が佳乃と全く同じだったり、父と千佳に釣りという共通の趣味があることがわかったり……。
その細々としたつながりを太くするように、姉妹は小さなおしゃべりを重ね、梅酒の仕込みや花火など、4人で過ごす年中行事を重ねていきます。いつのまにかすずは、「シャチ姉」「よっちゃん」「千佳ちゃん」と愛称で姉たちを呼ぶように。その様子を見ているこちらも、ほっと癒されます。兄弟姉妹の関係は、親子の関係よりもフラットで縛りがありません。私自身がこれまで兄弟やいとこたちと一緒に過ごしたときの安心感とも重なりました。

自分の力であらがえない運命に遭遇したときに、その悲しみや闇に落ちていかないように引き留めてくれるものはただひとつ。何の変哲もない、、いつもの暮らしと風景です。特別な事件やかっこいい台詞がなくとも、ごはんを食べ、仕事や学校に行き、家族や心許せる相手と雑談をする。それが人をゆっくりと、しかし確実に回復させる薬なのだと感じた映画でした。

+++

この映画には食事のシーンがたくさん出てきます。幸の浅漬け、千佳のちくわカレー、海猫食堂のアジフライ、自家製の梅酒など。魅力的な食べものや飲みものの中で、ダントツにおいしそうだったのが、桜の季節に旬をむかえる、鎌倉名物の「しらす」です。物語では、すずがまだ遠く離れた場所にいたころから、姉たちや、そして鎌倉の地との結びつきがあった証として使われています。
生のままどんぶりにして食べるのが最高なのでしょうが、私は喫茶店のマスターが作っていた、しらすトーストにも心惹かれました。どんなときでも、食は人と人をそっとつなぐ大切な役割を担っているんですね。

ということで、今回はしらすのスープです。といっても生しらすはそうそう手に入りませんので、スーパーで普通のしらすを買ってきましょう。たっぷりパセリも刻み込んだ、おいしいスープを作ります。

◎映画のスープレシピ:
日常によりそう小さな満足と癒し
しらすのスープ

◎材料(1人分) 調理時間 約5分
しらす 大さじ2
おろしにんにく 少量 ※チューブにんにくでも可
塩 ひとつまみ ※しらすの塩分による
オリーブオイル 小さじ1
パセリみじん切り 小さじ2(刻んだ小ねぎでもよい)

◎つくり方

  • しらすをマグカップに入れ、にんにくとオリーブオイルを加え、水150mLを加える。
    (にんにくは、小指の先にちょっと乗るぐらい。入れすぎは厳禁です)
  • 600Wのレンジに2分半ほどかけ、温める。味を見ながら、塩で調節する。
  • パセリのみじん切りを混ぜ込む。
BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督・脚本:是枝裕和
原作:吉田秋生『海街diary』(小学館)
出演:綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、加瀬亮、鈴木亮平、池田貴史、坂口健太郎、前田旺志郎、キムラ緑子、樹木希林、リリー・フランキー、風吹ジュン、堤真一、大竹しのぶ
マンガ大賞2013を受賞した吉田秋生の『海街diary』を、『万引き家族』でカンヌ国際映画祭の最高賞・パルムドールを受賞した是枝裕和監督が映画化。神奈川県の鎌倉を舞台に、母親の異なる妹を引き取った姉妹たちの一年を丹念に描く。四姉妹を綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが、幼かった長女・次女・三女を放って再婚した3人の実母を大竹しのぶが演じている。
PROFILE
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。
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