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有賀薫の心においしい映画とスープ 22皿目

ギャップという魅力
『勝手にふるえてろ』『桐島、部活やめるってよ』

シンプルレシピを通じ、ごきげんな暮らしのアイデアを日々発信する、スープ作家・有賀薫さん。スープの周りにある物語性は、映画につながる部分があるかも? とのことで、映画コラム連載をお引き受けいただきました。題して「心においしい映画とスープ」。映画を観て思いついたスープレシピ付きです。
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。

ラジオ番組で俳優・松岡茉優さんにお目にかかる機会がありました。見た目の愛らしさは誰もが知るところですが、実際におしゃべりしてみると言葉選びの丁寧で的確なこと、スムーズで自然な進行など頭の良さもあって、そのギャップにたちまちファンになってしまいました。

松岡さんが映画の中で演じているキャラクターにも、ギャップを感じて驚かされることがあります。映画初主演作『勝手にふるえてろ』の主人公・ヨシカもその一人。人づき合いが苦手で、絶滅した生物が好きという地味なタイプの彼女は、ずっと脳内で恋してきた王子様「イチ」(北村匠海)と、自分に交際を迫ってくる冴えない「二」(渡辺大知)の間で揺れています。
こじらせてはいるものの、ヨシカはそつなく仕事もこなすし、TPOに合わせた着こなしや、同僚との恋バナもでき、はたから見るとごく普通の会社員ともいえます。そんなヨシカが輝いて見えるのは、彼女がこれまでため込んできた感情が思い切り爆発するシーンでした。

おとなしい人が感情をあらわにするのもギャップですが、強い人の中にある弱さを見たときもまたゾクゾクします。高校を舞台にした青春映画の名作『桐島、部活やめるってよ』で松岡さんが演じたのは、クラスの中でも華やかなグループにいる沙奈。髪をふわっと巻いた、勝気な少女です。少し意地悪なところがあって、部活に打ち込んでいるクラスメイトを見下しています。
物語上では、バレー部のキャプテンで成績も優秀な桐島が突然部活を辞めたことをきっかけに生徒たちの感情が動き出し、少しずつ連鎖して大きな揺らぎが起こっていきます。それぞれの役を演じる俳優たちが、ほんの小さな表情や視線で感情を巧みに表しているのも映画の見どころ。松岡さんも助演ながら、こういう子ってクラスに必ずいるよね、と思わせます。
実は、沙奈にあるのは「人気者の彼女」「目立つグループの一人」といった肩書きだけで、突出した能力や個性を持っているわけではありません。ちょっとした友達とのすれ違いのシーンで、一瞬見せる不安や恐れにリアリティがありました。

「ギャップ萌え」などという言葉も聞きますが、そもそも赤ちゃんのように感情を100%表に出している人はいません。俳優でなくても、誰もが自分を演じているといえます。素の自分がふと表に出たとき、そこに心の厚みが現れるのだと思います。

番組で「スープが大好き」とおっしゃっていた松岡さんに、昨年レシピ本の帯の推薦文をお願いしたところ、ご自身が家でスープを作ったときの気持ちを生の言葉で綴った文章をいただきました。人の心に隠されているものを、抑えた表情やせりふのニュアンスで表現できるというのは、こういう細やかな感性があってこそなんだなあと、あらためて深く納得したのでした。

***

「ギャップを感じる食材は?」と聞かれたら、答えはやっぱり貝じゃないでしょうか。あさり、はまぐり、牡蠣、さざえなど、見た目はグロテスクで何も知らなかったらこれを食べていいのかと思うような独特の存在感がありますが、その味わいは滋味ぶかいもの。とくにスープにしたときの貝だしのやさしさとうまみは特筆すべきで、ただ水から煮て、ほんの少し塩を加えるだけでも十分においしいのです。

多くの貝は、実は春が旬です。今回は、身近な貝であるあさりを使ったスープを紹介しましょう。最近では砂抜きされたものや冷凍のものも多く、手軽に使えます。合わせるのは春キャベツ。明るいグリーンを食卓に添えます。貝は煮すぎると固くなるので、先にキャベツだけを少し蒸し煮しておいて、そこに貝を入れます。あさりは口を開けたときが食べどきなので、煮え加減がわかりやすいのも嬉しいですね。

キャベツは白菜や小松菜、豆苗など他の野菜でも同じように作れます。ぜひやってみてください。

◎映画のスープレシピ:
ギャップを楽しみつつ食べる
あさりとキャベツのスープ

▼材料(2人分) 調理時間約15分
冷凍あさり(殻付き)……150g ※生の場合は砂抜きして
キャベツの葉……1~2枚(130g)
昆布……5cm
塩……小さじ1/3
醤油……少々
オリーブオイル……小さじ2

◎つくり方

  • 1. キャベツは1㎝幅に切る。あさりはサッと洗ってザルに上げておく。
  • 2. 鍋に昆布、キャベツ、塩、オリーブオイルを入れ、水50mLを加えて中火にかける。ふたをしっかりして5分蒸し煮する。
  • 3. あさりと水450mLを加えてさらに過熱し、沸騰したら昆布をとり出し、あさりが口を開いたら味を見て、醤油少々でととのえて火をとめる。

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PROFILE
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。
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