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有賀薫の心においしい映画とスープ 7皿目

あざやかな自己肯定感
『しあわせの絵の具』

シンプルレシピを通じ、日々ごきげんな暮らしを発信する、スープ作家・有賀薫さん。スープの周辺にある物語性は、映画につながる部分があるかも? とのことで、映画コラム連載をお引き受けいただきました! 題して「心においしい映画とスープ」。映画を観て思いついたスープレシピ付きで、隔月連載中です。
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。

それほど多くを持たなくても人は幸せになれる。これは、おそらく真実でしょう。でも、それだけ聞いても、今を生きる私たちには少し物足りない気がします。幸福を感じるために必要なマストピースが抜けているからではないでしょうか。

『しあわせの絵の具』を観る中で、私が心打たれたのは、主人公・モードがエベレットにプロポーズしたシーンでした。結婚を渋るエベレットに、諭すように彼女はこう言ったのです。

「私が必要よ」

彼女は、重度の若年性リウマチを患っています。両親を亡くし、兄の裏切りで家を失い、束縛の強い叔母のもとに身を寄せています。手足は不自由でお世辞にも美しいとはいえず、満足な家事もできません。

もし、こうした境遇だったとして、「私が必要よ」といえるでしょうか。「あなたが必要よ」となりませんか。少なくとも私はそう思いました。

モードは自分を過分に評価していたわけではありません。外を歩けば子どもに石を投げつけられるのです。それでも、深い洞察力でエベレットが自分に心を開きかけていることを見抜き、彼に欠けた知性や感性を自分が補えると考えたのでしょう。その上で、確信を持って言うのです。あなたには、私が必要だと。

彼女には、そのままの自分でよいと信じ、自分の価値を認められる力があります。もし言い換えるなら、「自己肯定感」という言葉が一般的かもしれません。

孤児院で育ち変わり者として人を遠ざけていたエベレットは自己肯定感が低いがために、モードの上に立とうとして高圧的になったり、暴力をふるったり、人目を気にして苛立ちます。でも、やがてモードが絶えずかける愛情深い言葉によって、心を安定させていきます。心の土台があってこそ、簡素な暮らしを幸せと感じられるのです。エベレットを演じたイーサン・ホークがその心の変化をほんのわずかな表情の違いで表していたのが本当に素晴らしかったです。

話が戻りますが、モードが強い自己肯定感を持ちえたのは、おそらく絵という表現を持っていたからでしょう。「何があなたを(絵に)駆り立てるの?」そう聞かれたモードは、窓の中に、彼女が自分だけの景色を見ていることを語ります。

私は窓が好き/鳥が横切ったり/蜂が来たり/毎日違うわ
命があふれてる/命の輝きが一つのフレームに/そこにあるの

想像の世界には誰も立ち入ることはできません。だから石をぶつけられることも、冷ややかな言葉を浴びせられることもない。

彼女の描く絵があれほど色彩にあふれ、多幸感を持つのは、それだけ日常の生活が過酷だったからともいえます。自分が自分のままでいられる窓の風景を持つことが、モードにとってどれほど大事かと感じさせるセリフでした。

モードの鮮やかな自己肯定感にはとてもかないませんが、私も自分の世界を見つめていこうと、勇気づけられる思いがしたのでした。

映画の中では、家政婦として働き始めたモードが、エベレットの飼っていた鶏を締めてチキンのシチューを作るシーンがあります。モードが何もできないと侮っていたエベレットは意外な顔で、シチューを食べ始めます。ふたりの最初の交流に見えました。

シチューの中身は映画の中では見えませんが、おそらくシンプルな鶏の煮込みだと思います。モードがどんなシチューを作ったのかと想像しながら、私も素朴な鶏のシチューを作ってみました。最初にエベレットが食べないと断った、カブも入れて。きっとこのシチューならエベレットもおいしく食べられると思います。

◎映画のスープレシピ:
生きるためのシチュー
(鶏のシンプルシチュー)

材料(2人分)所要時間 30分
鶏もも肉 1枚(約350g)
たまねぎ 1個
かぶ 中2個
にんにく 1片
小麦粉 大さじ2
バター20g(またはサラダオイル大さじ2)
塩 小さじ1
こしょう 少々
(好みで)とうもろこし(ゆでたもの、コーン缶や冷凍も可) 少々

◎つくり方

  • 1鶏もも肉は一口大に切り、塩とこしょう(記載外)を振っておく。たまねぎは細めの串切りにする。かぶは葉としっぽを切り落として4~6つ割りに。かぶの葉は1/2個分を4センチ幅に切っておく。にんにくはつぶす。
  • 2鍋にバターとたまねぎ、にんにくを入れ、中火で色づかないように炒める。そこに粉を振り入れ、粉っぽさがなくなるまでよく炒める。水600mLを最初は大さじ1~2ぐらいずつ加えては混ぜて伸ばし、鶏肉とかぶを加える。
  • 3沸騰したらアクをすくい、弱火に落としてときどき混ぜながら12~15分ほど煮込む。かぶの葉を加えさらに3分ほど煮る。塩小さじ1を加え(一度に全部入れずに、まず2/3ぐらい入れて少しずつ足すとよい)、味を見て塩とこしょうで調える。好みでゆでとうもろこしの粒を加えてもよい。

※2021年3月19日時点での情報です。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス
監督:アシュリング・ウォルシュ
出演:サリー・ホーキンス、イーサン・ホーク、カリ・マチェット、ガブリエル・ローズ 
2017年公開の映画『シェイプ・オブ・ウォーター』でアカデミー主演女優賞にノミネートされた女優サリー・ホーキンスと、アカデミー賞ノミネート常連の俳優イーサン・ホーク。実力派のふたりが、実在のカナダで最も有名な女性画家とその夫を演じ、世界中で感動の嵐を呼んだ、慎ましやかな愛の物語。小さな港町で叔母と暮らすモードは、重度のリウマチに悩まされながらも、絵を描くことと自由を愛していた。ある日モードは、魚の行商を営むエベレットが家政婦募集中と知り、自立のため、住み込みの家政婦になろうと決意する。
PROFILE
スープ作家
有賀薫
Kaoru Ariga
1964年生まれ、東京都出身。スープ作家。2011年から10年間、3000日以上にわたり朝のスープづくり『スープ・カレンダー』を日々更新。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信中。著書に『ライフ・スープ くらしが整う、わたしたちの新定番48品』『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)、『おつかれさまスープ』(学研プラス)、『なんにも考えたくない日は スープかけごはん で、いいんじゃない?』(ライツ社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)など多数。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。2023年3月10日に新刊『有賀薫のベジ食べる!』(文藝春秋)が発売予定。
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