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すれ違い

大下ヒロトのいつかの君とつながりたい。第23回

すれ違い

俳優という仕事や、自身の日々の葛藤を綴ったInstagram「大下ヒロトの青春日記」が話題の俳優・大下ヒロトさん。映画好きな大下さんが、自身と映画を交錯させて“等身大の今”を語るコラムです。
閉じこもっていた長い時間、一歩踏み出すと、思いがけない出会いが待ち受けているのかもしれない。今回のテーマは「不思議な出会い」です。
俳優
大下ヒロト
Hiroto Oshita
1998年生まれ、岐阜県出身。オフィス作所属の俳優。2016年に上京し、翌2017年、映画『あみこ』(山中瑶子監督)でデビュー。同作が第 68 回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品、ぴあフィルム・フェスティバル(PFF)にて観客賞、下北沢映画祭グランプリを受賞するなど話題に。近作に、映画『死刑にいたる病』(白石和彌監督)、『あの頃。』(今泉力哉監督)、『とんかつDJアゲ太郎』(二宮健監督)、『転がるビー玉』(宇賀那健一監督)、連続ドラマW『鵜頭川村事件』(入江悠監督)をはじめ、映画・TV・ミュージックビデオなどに出演。Official髭男dism「Choral A」MVでは共同監督を務めた。
現在、Paraviオリジナル『ギルガメッシュFIGHT』(全5話/レギュラー)が配信中。
待機作に、映画『炎上する君』(ふくだももこ監督/2023年公開予定)など控えている。

いつも行くお店に入ったら、流れる音楽に合わせて太鼓を叩き、歌を歌っている海外の男性が2人いた。間の席しか空いてなくて2人の真ん中に座る。ずっと歌って踊っている2人。

聞いた事のない音楽。新しい音楽が今ここで生まれて、明日には消えている。AIには認識できない曲。椅子があるのに立っている僕ら。時間は過ぎる。永遠のように感じるのは、飲み放題の言葉に誘われて。

2人と目が合い話す。キューバ出身らしい。僕はキューバのタバコを吸っているので、それを見せると、パッケージに写っているとある人間を見て、暗い顔をする。そして、ゆっくりとした日本語で「新聞やテレビに騙されている。その人はいい事をしていない。洗脳なのだ」と言う。その言葉について考える。確かに、この人間に対して知ってる情報は表面的である気がした。もう少し調べてみようと心の中で思う。2人は笑顔で僕の目を見て、「気にしなくていいよ」と言う。そしてまた歌い始める。たったひと言だけど、本能で生きる人の言葉は体に入ってくる。僕は、何が本当かさらにわからなくなる。

ふらふらの状態でお店を出る。
朝の匂いがする空。もう少しで朝日がやってくる。僕は求めすぎだ。これでいいのだ。体の揺れが止まらないのは、記憶が踊っているから。

電車で帰りたいところだが、酔っ払っている僕には到底無理で、タクシーを拾った。

タクシーに乗り、家の方面を伝えても、タクシーの運転手さんは何も言わずにそこに止まり続けた。
運転手は、おじいちゃんだ。
「伝わっていますか?」と聞くと、想像していた声の高さより3倍くらい高い声で、そして棒読みで「全くわかりません」と言う。僕は道を口頭で説明する事にした。タクシーが動き出す。アクセルの踏み方やブレーキの踏み方の強弱がすごく不安だった。
無言が続く。運転手さんの顔は見えなかったけど、眠ってしまったら怖いなと思い話しかける。

「元気ですか?」
さっきと同じ声で言う。
「元気じゃないですーー。」
「眠いですか? 何かありましたか?」
「うーんー。そうですねえーー。股間が弱くなりましたーー。」

僕は物凄く不思議な気持ちになって、10秒くらい無言になってしまったのだ。
出会って2分も経ってない相手に話す事なのだろうか。
自分が思ってることを言う、素直な方なのか。
僕が笑うと思って、言っているのか。色々な考え方ができる。

「あ、そうなのですか。なるほど。はい。えー。そういう機会とかはあるんですか?」
「彼女がいましてねえ、あるのですがやはり弱くなりました。お客さんは何歳ですか?」
「24です」
そう答えると、おじさんは、想像の5倍くらいの声で「わけーーーーー! じゃあ元気ですねーーー!」と叫んだ。

結構恐ろしい体験だと思う。
なんとか話題を変えようと、映画の話をする。
僕は、タクシーの運転手さんに好きな映画を聞くのが好きだ。
そして、それを家に帰って観るのだ。
おじさんの最近好きだった映画を聞くと『リトル・ミス・サンシャイン』と答えた。
どうやらDVDをネットで買って、家でたくさん映画を観ている人らしい。

(エンニオ・)モリコーネ(※)の話をしていると、
「あの映画は観ましたか? 私の大好きな映画なんです。あの、ほら、西部劇の」
「『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』ですか?」

またもや大きい声で「そう、それーーー!!」
「僕も大好きな映画です。」

涙が出た。
なぜか理由がわからず涙が出ることが嫌だ。
何に浸っているのだろうか。理由がわからない。
この何かわからない感情を覚えておこうとメモ帳に文を書いてる間に、涙が止まった。
僕はエドワード・ヤンの『ヤンヤン 夏の想い出』をお薦めした。

1週間後、『リトル・ミス・サンシャイン』を観た。
映画は、それぞれに問題を抱えている崩壊寸前の家族が、娘のオリーヴのミスコン大会に行くためにアリゾナからカルフォルニアまでミニバスで移動するロードムービーだ。
自分勝手で感情的な家族。
気持ちをそのままぶつけ合う愛情に、痺れた。
ミスコンの前日の夜、不安になったオリーヴはおじいちゃんに気持ちを打ち明ける。
「負け犬は嫌」
お父さんが負け犬にはなるなという言葉が口癖で、それで勝負に負けることが怖くなっているのだ。おじいちゃんは言う。
「負け犬とは、負けるのが怖くて挑戦しない奴らの事だ」
物語はここからとんでもない展開になり、ラストシーンまで、黄色のバスを団結して全速力で走らせる家族を観て、元気をもらった。

観ながら、先週のタクシーの運転手の事を考える。
家族はいたのだろうか。
彼女さんとはうまくやってるのだろうか。
この映画のどんな所が好きだったのだろうか。
僕はなぜ涙を流したのだろうか。
まだ分からないことが多いけど、多分僕と運転手さんは同じだと思ったのだろう。全く交わらない二人が一瞬だけすれ違って、“映画”という同じ好きなものがある。それで救われている。 その感情は、物凄く弱いものかもしれないが、僕は嬉しかった。

※:イタリアの作曲家。1961年以来、500作品以上という驚異的な数の映画とTV作品の音楽を手掛けた。代表作に『太陽の下の18才』『荒野の用心棒』『続・夕陽のガンマン』『シシリアン』『死刑台のメロディ』など。

FEATURED FILM
監督:ジョナサン・デイトン/ヴァレリー・ファリス
出演:アビゲイル・ブレスリン, グレッグ・キニア, ポール・ダノ, アラン・アーキン, トニ・コレット, スティーヴ・カレル
田舎町アリゾナに住む少女オリーブ。なんともブサイクでおデブちゃんな彼女が、全米美少女コンテストでひょんなことから地区代表に選ばれた。オリーブ一家は黄色のオンボロ車に乗り、決戦の地カリフォルニアを目指すことに。人生の勝ち組になることだけに没頭する父親、ニーチェに倣って信念で沈黙を貫く兄、ゲイで自殺未遂の叔父、ヘロイン吸引が原因で老人ホームを追い出された不良ジジイ、そしてバラバラ家族をまとめようと奮闘する母親。そんな落ちこぼれ家族の、奇妙でハートフルな旅が始まった・・・!
PROFILE
俳優
大下ヒロト
Hiroto Oshita
1998年生まれ、岐阜県出身。オフィス作所属の俳優。2016年に上京し、翌2017年、映画『あみこ』(山中瑶子監督)でデビュー。同作が第 68 回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品、ぴあフィルム・フェスティバル(PFF)にて観客賞、下北沢映画祭グランプリを受賞するなど話題に。近作に、映画『死刑にいたる病』(白石和彌監督)、『あの頃。』(今泉力哉監督)、『とんかつDJアゲ太郎』(二宮健監督)、『転がるビー玉』(宇賀那健一監督)、連続ドラマW『鵜頭川村事件』(入江悠監督)をはじめ、映画・TV・ミュージックビデオなどに出演。Official髭男dism「Choral A」MVでは共同監督を務めた。
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