PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

どうしても語らせてほしい一本 「大事な人と観たい、大事な人に届けたい映画」

それぞれの場所で頑張る人たちへ
「声をあげよう」と伝えたい。その声が、社会を変える力につながるから『わたしは、ダニエル・ブレイク』

(C) Sixteen Tyne Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinema and The British Film Institute 2016
ひとつの映画体験が、人生を動かすことがあります。
「あの時、あの映画を観て、私の人生が動きだした」
そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
今回のテーマは、「大事な人と観たい、大事な人に届けたい映画」です。
あなたが今映画を一緒に観たい、届けたい人は誰ですか?

この春、三年半勤めた会社を先の予定も決めぬままに退職しました。そんな新たな門出に待っていたのは、まさかの新型ウイルスの感染拡大とそれに伴う緊急事態宣言。属するところを持たない私は貯金を切り崩しながら少しずつ在宅で仕事をし、不安な気持ちを抱えながら引きこもり生活を送りました。周りを見渡しても、感染リスクと向き合いながら保育の仕事を行う妹や、生活インフラを支えるために出勤を続ける友人など、大切な人たちがそれぞれの場所で頑張っている様子が伝わってきます。近所の店も休業や短縮営業に入り、少しでも貢献するためにテイクアウトの利用やクラウドファンディングへの参加を行うなど、私も消費者としても試行錯誤しています。

変わってしまった世界で誰もが工夫しながら日々をおくるなか、充分な補償のないままに自粛を要請される現状へ、怒りの声が上がりました。しかし先の見えぬ生活に少しずつ消耗し、肩を落とす人は少なくありません。私自身、「どうせ何を言っても変わらない」と落胆し、情報を遮断して怒ることをやめてしまう日もあります。

(C) Sixteen Tyne Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinema and The British Film Institute 2016

そんな時に思い出したのが、『わたしは、ダニエル・ブレイク』です。イギリスのニューカッスルで大工として働くダニエル・ブレイクは、心臓の病を患い医者から仕事を止められるも、複雑な制度に阻まれて必要な国の援助を受けることが出来ません。悪戦苦闘する彼は、ある日シングルマザーのケイティと二人の子どもを助け、交流が生まれます。お互いに支えあい日々を送るダニエルとケイティたち。しかし彼らを待ち受けていたのは、厳しい現実でした。

(C) Sixteen Tyne Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinema and The British Film Institute 2016

劇中で描かれている社会システムの不条理は、この国で私たちが直面している現実にほかなりません。そして現在のような困難な状況で弱い立場に立たされたとき、わたしはつい無力感から口をつぐみ、真っ先に自分のことを責めてしいます。しかしダニエルは、どんな状況でも決して声をあげることをやめません。犬がアパートの庭に糞をしたにも関わらず始末をしない飼い主にも、ジョブセンターでケイティの話を聞こうとしない職員にも、思いのたけを壁に書きなぐるときも、彼はおかしいと感じたことにはためらいなく怒ります。たとえ下手くそでも無視されたとしても「おかしい」と感じたことを率直に伝え、自分の置かれている場所・環境から自らの権利を主張していく彼の姿は、「一人一人が声をあげることによって、社会や自分の生活を変えることができるかもしれない」という希望とその大切さを、私の胸に届けてくれます。

(C) Sixteen Tyne Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinema and The British Film Institute 2016

遠く離れて暮らす家族や近くにいても会えない友人たちと、映画を観たり直接会ってお喋りができたりする日はまだ先です。その日まで、声をあげられる元気のある人には、ちゃんとその思いを伝えてほしい。そして不安な気持ちで過ごす大切な人にも、ダニエルの強くて優しい姿が届いてほしい。そんなことを願いながら、私も狭いワンルームで奮闘しています。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
『わたしは、ダニエル・ブレイク』
Blu-ray&DVD発売中
Blu-ray ¥4,800+税 DVD ¥3,800+税
発売元:バップ
(C) Sixteen Tyne Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinema and The British Film Institute 2016
イギリス北東部ニューカッスルで大工として働く59歳のダニエル・ブレイクは、心臓の病を患い医者から仕事を止められる。国の援助を受けようとするが、複雑な制度が立ちふさがり必要な援助を受けることが出来ない。悪戦苦闘するダニエルだったが、シングルマザーのケイティと二人の子供の家族を助けたことから、交流が生まれる。貧しいなかでも、寄り添い合い絆を深めていくダニエルとケイティたち。しかし、厳しい現実が彼らを次第に追いつめていく。
PROFILE
ライター
安多香子
Takako Yasu
滋賀県生まれ。相撲と映画とビールをこよなく愛する30歳。編集プロダクション勤務を経て、現在はライティングや編集の仕事に携わる。
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