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どうしても語らせてほしい一本 『別れ・卒業』

ティーンエイジャーだった「あの頃」を呼び覚ます、ユーミン『冬の終わり』と映画『つぐみ』

©1990 松竹株式会社
ひとつの映画体験が、人生を動かすことがあります。
「あの時、あの映画を観て、私の人生が動きだした」
そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
今回のテーマは「別れ・卒業」です。
リスタートを切りたい、一度整理したい、というあなたの心にぴったりの一本が見つかるかもしれませんよ!

ラジオから、松任谷由実さんの『冬の終わり』が聴こえてきたので、ふと原稿を書いていた手を止め、耳を傾けました。なんだか久しぶりにこの曲を聴いたような気がするな…と浸っていると、いつの間にか「あの頃」にトリップしていたみたいで、気づくと曲は終わり、番組パーソナリティーのユーミンによる曲紹介が始まっていました。ユーミンが、その時の季節や気になるテーマをピックアップして楽曲をセレクトしている番組らしく、今回のテーマは「ティーン」。

どうやら歌手のaikoさんもこの曲を好きなようで、「私も…」と勝手になんだか誇らしい気持ちに。一人でニンマリしていると、ふいにスマホが鳴り、aikoさんが『冬の終わり』を好きな理由を聴くことはできませんでした。

私にとって、ティーンエイジャーだった「あの頃」は、いつも焦燥感に駆られていて…そう、『冬の終わり』の一節のように、「わけもなく不安だった」時間のように思います。

そんな「あの頃」の、圧倒的焦燥感の中に取り残されている夢を、私は定期的に見ます。あれから、もう20年も経とうとしているのに、いまだにそんな夢を見るのです。まだ受験が終わっていない、右に行くか左に行くのか将来が決まってない「あの頃」に、“まだいる”夢。未来は決まってないけれど、それは私に委ねられている、それだけは確かな「あの頃」の。とにかく焦っていて、でも自分ではどうすることもできなかった「あの頃」の。

もうとっくに人生におけるすべての受験を終え、私は自分の足で社会を歩んでいる、そのことに夢から覚めた後、ベッドの周りをぐるりと見てようやく気づきます。そして、「よかった」と深く安堵するのです。そんな夢を時折、でも定期的にみるのは、私にとってあの頃の焦燥感が、忘れられないほど深く私に刻印されているからなのでしょう。

©1990 松竹株式会社

その“忘れられないでいる”焦燥感は、私にとって「あの頃」特有の友人関係とつながっている気がします。もしかしたら、その関係性こそ忘れられないものなのかもしれない…。そのことに気づいたのは、市川準監督の映画『つぐみ』(1990)を観ている時でした。

私はこの映画を観ると、『冬の終わり』を聴いた時と、あの夢を見た時と同じような感覚を味わいます。映画の中で描かれる登場人物のように、海の見える旅館で生活したことなんてないし、身体が弱かったことも、犬を飼っていたこともないのに不思議です。何がトリガーとなって、「あの頃」の焦燥感を私に呼び覚ますのでしょう。この映画の中に、私との共通点を見出すとするならば…なるほど、私も、つぐみ(牧瀬里穂)やまりあ(中嶋朋子)のように、姉妹のようでも恋人のようでもある“女友達”がいました。そういえば、『冬の終わり』も「あの頃」特有の、微妙で繊細な女友達との関係を描いた歌でもあります。

私の好きな作家である吉野朔実さんは、漫画『恋愛的瞬間』の中で「友情は 相思相愛でありながら 抵抗によって達成できない疑似恋愛関係」と表していました。まさに、「あの頃」の女友達との関係は、疑似恋愛関係だったと言えるでしょう。あんなにいつも一緒にいて、笑いあって、傷つけあって、濃密に誰かと関係を築くことなんて、多分もうないんだろうな…。

ニキビ跡のある肌、オンザ眉の前髪、女友達と喧嘩した時の表情、親と喧嘩した時の表情、母が繕い物をする姿、朝日が差し込む自分の部屋…試験休み、帰り支度の教室、あなたの文字、ノートを借りたあの日、木の芽の香り、冬の終わり…。そんなひとつひとつの記憶の断片が、この季節にのってひとつになる時、私は「あの頃」にトリップするのです。今日、久しぶりにあの娘へ連絡してみようかな。そんなことを思った春のはじまりでした。

©1990 松竹株式会社
BACK NUMBER
FEATURED FILM
つぐみ [DVD]
原作:吉本ばなな(中央公論社刊)
監督・脚本:市川準
出演:牧瀬里穂/中嶋朋子/白島靖代/真田広之/安田伸/渡辺美佐子/あがた森魚/財津和夫/下条正巳
©1990 松竹株式会社
生まれつき身体が弱く、甘やかされて育ったつぐみ(牧瀬里穂)はわがままな18才の少女。しかし死の恐怖と背中合わせの日常を送っているせいなのだろうか、その不思議な生命力にまりあ(中嶋朋子)は心をひきつけられるのだ。東京で大学生活を送っていたまりあは、つぐみとその姉の陽子(白鳥靖代)に招かれ、高校までの時代を過ごした西伊豆へ渡る。なつかしい思い出さながらに穏やかな日々を送る少女達。そこに恭一(真田広之)があらわれる。運命の出会いのように巡り合ったつぐみと恭一は自然にひかれあう。しかしつぐみに横恋慕する不良少年は恭一を許さなかった。愛犬を殺され、恭一に暴力をふるった不良達に復讐を考えるつぐみ。夏は、もう終わりに近づいていた・・・・・・。
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