PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

どうしても語らせてほしい一本「誰かに手紙を書きたくなる映画」

号泣したワンシーンが、思いを届けるきっかけになる『東京タワー  オカンとボクと、時々、オトン』

(C)2007「東京タワー~o.b.t.o.」製作委員会
ひとつの映画体験が、人生を動かすことがあります。
「あの時、あの映画を観て、私の人生が動きだした」
そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
今回のテーマは、「誰かに手紙を書きたくなる映画」です。
最近、手紙を書いていますか?
手紙は相手のことを考えながら書くので、素直な自分の気持ちが表れると言います。口では恥ずかしくて言えない想いも、手紙でなら、伝えられることがあるかもしれません。
手紙を届けたい”誰か”を思うことは、自分のこれまでを振り返る時間にもなります。映画と手紙を通して、普段自分の中にしまい込んでいる想いが、浮かび上がってくるかもしれませんよ。
今回の語り手
ライター
船寄洋之
hiroyuki funayose
鳥取県生まれ。アパレルメーカー、出版社勤務を経て、現在は主にライターや編集の仕事に携わる。その傍ら展示企画や出張コーヒーも行う。

誰かに手紙を書きたくなる映画

「年末は帰ってくるの?」
母親からの電話に、「こんな状況だから帰れない」と伝えました。

緊急事態宣言が発令されて外出自粛を余儀なくされた頃、毎日のように自宅で映画を観るようになりました。映画配信サイトを眺めながら、その日の気分に合わせ、話題の作品から、いつか観たいと思っていた作品まで片っ端から映画を観る日々。その中に、かつて劇場で観た懐かしい一本を見つけました。

それは、映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(2007年)です。リリー・フランキーの自伝的小説を映画化したこの作品は、九州で生まれ育ち東京でイラストレーターとして活躍するようになった主人公のボクと、女手一つでボクを育て上げたオカンとの思い出を、いくつもの回想を交えて描いた物語です。

その回想のひとつに、オカンが県外の高校に進学するボクを駅まで見送るシーンがあります。故郷を後にして列車に揺られるボクは、オカンから受け取ったお弁当の脇に挟まれた励ましの手紙を見つけて号泣してしまいます。その様子を劇場で観た僕は、知らないうちに涙腺が崩壊していました。

公開当時、関西の大学を卒業し、東京で働いていた20代半ばの僕は、仕事に楽しさを見いだせず、無気力な姿勢で失敗を繰り返すも何とかごまかし、愛想笑いばかりどんどん上手くなっていくばかりで、「俺、何やってるんだろう」「こんなことするために東京に来たのかな」と自問自答する毎日。母親から電話があると「東京の暮らしはめちゃくちゃ楽しい」なんて無理やり元気な声で話していたけど、通話が終わると急にさみしくなり、「もう東京の生活はダメかも」と思うようになっていました。

そんな弱気なタイミングでこの映画を観たものだから、駅で見送るオカンが自分の母親に見えて仕方なくなり、「おかーん! もう、実家帰りたいー!」と気持ちが爆発。突然プツンと糸が切れたように嗚咽していました。まだ映画の序盤なのに。

だらしない性格なうえ、きょうだいで一番成績が悪く、やたらとお金や世話がかかるのに感謝なんてまるでしない。10代の僕は両親に迷惑ばかりかけていました(今もかもしれませんが)。

本当にどうしようもない息子でしたが、なんとか大学進学が決まった僕は、親元を離れ、一人で暮らすことになりました。田舎から京都へ向かう列車に乗り込み、席に座り、ふと車窓に目をやると、遠くで大きく手を振る母親の姿が見えました。「恥ずかしいからやめてよ」と、さも自分の親ではないようにそっけない態度をしていたけど、その姿が窓から見えなくなった途端、ボロボロと涙が溢れてきました。列車に揺られる数時間、僕は母親との記憶をいくつも思い返し、目的地に着く頃にはさみしさと感謝の気持ちで一杯になっていました。 そんな気持ちを、この映画を観て思い出していた数日後、母親から送られた大量の野菜や米に紛れる、一通の手紙を見つけました。「東京の暮らしが楽しそうでよかった」と書かれたその文字を読み、「母親を失望させたくないよな」「やっぱり東京でもう少し頑張るか」と少し元気になったことを覚えています。

まだまだ新型コロナウィルスが猛威を振るう世界。久しぶりに自宅で『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』を観ながら、僕は公開当時の自分の感情を思い出して、あれからずいぶんと歳を取った母親が心配になってしまいました。でも、首都圏に住む僕が、ほとんど感染者の出ていない地元に帰ると迷惑をかけてしまうかもしれない。途中、停止ボタンを押して母親に電話、「しばらく会えそうにないし、電話だけじゃ物足りないからZoomでもしてみる?」と提案するも「使い方がよくわからない」と却下されました。どうしたものかな……。

そして、今、僕は母親に手紙を書いています。

ボクが励まされたオカンの手紙や、僕が元気付けられた母親の手紙のように、届ける人を頭に浮かべながらゆっくり時間をかけて綴った手紙は、しばらくは会えない今だからこそ、きっと電話やZoomより気持ちを届けられるはず。『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』を観終わり、そんな気がしたから。

字は汚いし、やっぱり照れくさいけど。

(C)2007「東京タワー~o.b.t.o.」製作委員会
BACK NUMBER
FEATURED FILM
DVD発売中
発売元:バップ
(C)2007「東京タワー~o.b.t.o.」製作委員会
PROFILE
ライター
船寄洋之
hiroyuki funayose
鳥取県生まれ。アパレルメーカー、出版社勤務を経て、現在は主にライターや編集の仕事に携わる。その傍ら展示企画や出張コーヒーも行う。
シェアする