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どうしても語らせてほしい一本 「どうしても観たくなる夜がある!“深夜のラーメン”映画」

動き出さない夜を積み重ねて、たどり着く場所がきっとある『ナイト・オン・ザ・プラネット』

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© 1991 Locus Solus Inc.
ひとつの映画体験が、人生を動かすことがあります。
「あの時、あの映画を観て、私の人生が動きだした」
そんな自分にとって特別な、そして誰かに語りたい映画体験記。
今回のテーマは、「どうしても観たくなる夜がある!“深夜のラーメン”映画」です。
仲間と楽しく飲んだ帰り道、もしくは仕事から帰って一息ついた自宅で、1日の締めくくりとして自分を温かく満たしてくれる“深夜のラーメン”。あの染み渡るような美味しさって、何ものにも代えがたいですよね…。そんな深夜のラーメンのように、夜中に一人、むしょうに観たくなる映画ってありませんか?
心の隙間を満たしてくれる、あったか〜い映画で心身をほぐし、秋の夜長を満喫してみてはいかがでしょう。

「私の人生、このままでいいの?」。
動き出さない毎日に焦り、自問自答していた日々がありました。

大学卒業後、親の反対を押し切り上京。MacとWindowsを外国の犬の名前だと思っているような、のどかな両親に育まれた退屈な人生。これを機にイメチェンしようとアンニュイな女を気取っていたら、職場でついたあだ名は「藤圭子」(本当のところは椎名林檎をイメージ)。自分のなりたい自分とは程遠い、ぱっとしない毎日(藤圭子も悪くはないけれど)。

漠然と進みたい道はあったけれど、日々の雑多なあれこれに忙殺され、次第にどこに向かっているのかもわからなくなってきた20代前半のある夜。ふと、駅前のレンタルショップで目に留まったある映画が、私の孤独な気持ちを温めてくれました。

© 1991 Locus Solus Inc.

『ナイト・オン・ザ・プラネット』(1991)は、『コーヒー&シガレッツ』(2003)のジム・ジャームッシュ監督によるアメリカ映画。ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキの5つの都市で繰り広げられる、タクシー運転手と乗客との一夜の出会いと別れを描いたオムニバス・ストーリーです。

第一話のロサンゼルス編で、若き日のウィノナ・ライダー演じるタクシードライバー、コーキーが乗せるのは、映画のキャスティングエージェントの女性、ヴィクトリア。新作映画のキャスティングに悩むヴィクトリアは、空港でたまたま拾ったタクシーで若く魅力的なコーキーに魅せられ、「ムービースターにならないか」とスカウトします。しかし、車の整備士になるという夢を持つコーキーはきっぱりと、それでいてじんわり染み込んでいくような口調で、その誘いを断るのです。「私には人生プランがあって、その通りに進んでいるの。…わかるでしょう?」。

ある日突然人生が変わるシンデレラ・ストーリーよりも、今自分が立っている足元と地続きの未来へ進むことの方が大切。そんなコーキーのひたむきさは、自分の望む未来があやふやになっていた私の胸に小さな棘のようにチクリと刺さりました。

物語は、哀愁溢れるトム・ウェイツの歌声が寄り添って別の街へ。ニューヨークでは、黒人の男・ヨーヨーと、東ドイツからやってきた片言の新米運転手・ヘルムートが一晩の友情を育み、パリでは、セクシーな盲目の女性とコートジボワールから来た運転手が、「見える」とは何かを考えさせるウイットに富んだ会話を繰り広げます。

© 1991 Locus Solus Inc.

ニューヨーク編での私のお気に入りは、タクシードライバーのヘルムートが乗客のヨーヨーと別れたあと、それまできらきらと輝いていたニューヨークの街並みの“本当の姿”に気付くシーン。しかし、そんな薄汚い喧騒すらも彼は、どこか楽しんでいるようなまなざしで見つめ、危なっかしい運転で夜の街を通り抜けていきます。

ひとつの出会いで起こる小さな“変化”が、自分の中の“変わらないもの”を浮かび上がらせる。ヘルムートの心情が伝わってくるような、ピュアな表情が印象に残りました。

私はこの作品を通して、「どんなに代わり映えのしない今日も、明日との間を旅して誰かと出会い、心の内をほんの少しだけ動かす、小さなロードムービーなのだ」ということを教わりました。登場人物たちは、深夜のタクシーで出会い、別れてそれぞれの日常へ戻っていく(実を言うと、“戻れない人”もいるのですが)。おそらく彼らは、明日も仕事に行ったり、家族と喧嘩したり、タクシーを運転し続けるでしょう。そんな彼らの姿はあの日、私を焦らせていた「動き出さない夜」をそっと肯定し、遠い未来ではなく、その夜と地続きの「明日」に視線を向けさせてくれました。

© 1991 Locus Solus Inc.

この映画に出会った20代の夜から10年余り。あの頃『コンスタンティン』(2005)のキアヌ・リーブス演じる主人公のような「影のある悪魔払いをする男」に憧れていた私は、紆余曲折を経てすこぶる「精神の安定したエクソシストではない男性」と結ばれ、おむつを履いた悪魔との出会いで、瀕死のワーママにキャリアチェンジ。かつて憧れたパリの『アメリ』(2001)風アパルトマンではなく、都内2Kでアンパンマンに埋もれ、慌ただしくも充実した毎日を過ごしています。

それでも今も時々、「自分はこのままでいいのだろうか」という漠然とした焦りや不安に襲われる夜はあって…。そんなとき、私は仕事を放り出し、家族が寝静まったひとりきりのリビングで缶チューハイを開け、かつて動き出さない日々に焦っていた私をそっと肯定してくれた、コーキーやヘルムート、あの映画の中の登場人物たちに会いに行きます。

自分が見えなくて心もとなかったあの夜が今につながっていたように、こんな他愛ない夜の繰り返しがまた新たな場所にたどり着く。そう思うたび、なにも動き出さないこの夜を、もう一度、温かな気持ちで迎えることができるのです。

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PROFILE
ライター・コピーライター
原田さつき
Satsuki Harada
コラム、インタビュー、機関紙、広告等、様々な分野で活動。得意ジャンルは食・酒・ペット・映画。好きな映画ジャンルはホラー。白石晃士監督のファン。思い出の映画は「ジョゼと虎と魚たち」。愛猫の名は「LA・LA・LAND」のヒロインから。
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