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誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう?
日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
2020年6月30日
コロナ騒動で映画館に行けなくなってしまった。密を避けるため、すべての映画館が閉まったことは、きみも知ってるよね。まあ、仕方ないことだとは思う。だから、この自粛期間でいちばん寂しかったのは、映画館に行けないことだった。あの、暗闇に滑り込み、座席に体を沈め、知らないだれかの、または一生訪れることのないであろう国の物語りが始まるのを待つ。ぼくを虜にしたそのドキドキ感。それが奪われてしまった。だれに? 忌々しいウイルスに。しかし、あちら(ウイルス)にもいろんな事情があることだろうから、仕方ないことだとは思う。
で、ぼくはと言えば、その寂しさを埋めようと、ネットで映画を観たりしてみた。スマホの画面で観る映画は、筋が判るだけの、映画とは似て非なるものだった。ぼくにとっては、だよ? 座席に身を沈めたいのだ、ぼくは。ぶつぶつとそんなことを言いながらも、何本かは観たのだ、スマホで。でも、途中で仕事の電話が来たり、トイレに行きたくなって映画を止めて用を足したり、曲ができそうになって映画を止めて作業し始めたりと、そんなことが続くうちに、もういいや、と言う気分になった。この忌々しいコロナ騒動が落ち着くまでは映画は観ない、と。この気持ち、わかるかな?
最後に映画館で観た映画は、『カセットテープ・ダイアリーズ』だった。試写会だったけど、ぼくも好きなブルース・スプリングスティーンの曲がたくさん流れる、グッドな青春映画だったよ。グッドな、と言うのはヘンな言い方かもしれないけど、なんかそんな感じなんだ。傑作! とか、想像を超えた! とか、泣ける! とか(いや、泣けるのではあるが)じゃなく、グッド。うん、ナイスよりグッド。大きな仕掛けがあるわけではない、世界を変えるような野望があるわけでもなく(いや、最終的には変えるのではあるが)、だれかにとっては、とるに足らない物語りかもしれない。でも、ぼくらの人生のあらゆる部分は、だれかにとってはとるに足らないものなわけだし。かく言うぼくも、「グッドな」映画より「既成概念をひっくり返す怪作!」みたいなものを好んでしまう傾向にはあるのだが、『カセットテープ・ダイアリーズ』を観て「うんうん」とハートがびしょ濡れになったわけで。六本木の試写室で観たんだけど、帰ろうとしてたら「曽我部さん」と呼び止められた。マスクをした男性だったので(この頃はみんなマスクをしていて、目が良くないぼくは、話しかけられた相手がだれだかが一瞬わからないことが多い)、「ん?」と思ったが、シャムキャッツの菅原くんだとすぐに判った。スプリングスティーンとシャムキャッツの音楽が一瞬結びつかなかったが、よくよく考えていると、スプリングスティーンのファーストアルバム『アズベリー・パークからの挨拶』とシャムキャッツ『アフターアワーズ』はなんとなく繋がるじゃないか。どちらも、学校が終わってからの時間、それがいちばん大事なんだ、と言わんばかりの音楽だ。
二週間ほど前、シャムキャッツの夏目くんと映画の対談をする仕事が舞い込んで、ぼくは禁を破りスマホで映画を観たんだ。『シング・ストリート 未来へのうた』と言う映画。これがいちばん最近、ぼくが観た映画。この映画もバンドで成功することを目指すアイルランドの高校生たちを描いた作品で、まさに「グッド」と言うべき映画だったよ。いろんな困難を乗り越えて、学祭で初めて演奏する彼らの姿と言ったら! でも、昔のぼくだったら「たいしたことないなあ!」とかってイキってたかもしれないね。今はこんな小さな冒険や失望や喜びが、なぜだかとっても愛おしいんだ。コロナの騒ぎで、いろいろ感覚が変わった、研ぎ澄まされた部分もあるのかもね。うん、まあ今はそんな感じなんだよ。
と、ここまで書いて、シャムキャッツが解散したと言うニュースが飛び込んできた。うん、バンドを一度解散させてる身としては、ここからが本番だよ、と言う気持ちがある。でも、いったんは「お疲れ様」と4人に言いたい。終わりのない映画はない。映画館から出て、どんなふうに街を歩くか。そこからがぼくたちの人生だからね。

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