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映画を観た日のアレコレ No.50

クリエイティブディレクター・アートディレクター
石井勇一の映画日記
2021年8月30日

映画を観た日のアレコレ
なかなか思うように外に出かけられない今、どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。 誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう? 日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
50回目は、クリエイティブディレクター・アートディレクター 石井勇一さんの映画日記です。
日記の持ち主
クリエイティブディレクター・アートディレクター
石井勇一
Yuichi Ishii
OTUA株式会社代表。パッケージデザイン、ロゴデザイン、ファッショングラフィック、コーポレートアイデンティティなどデザインを通じたブランディング構築に厚い信頼を集める。繊細な感情表現を得意とすることから『ムーンライト』(16)『君の名前で僕を呼んで」(17)『mid90s/ミッドナインティーズ』(18)『燃ゆる女の肖像』(19)『花束みたいな恋をした』(21)など多くの映画話題作のグラフィックや独創的なアプローチによる販促物のデザインも手掛ける。英国「D&AD Awards」ブロンズ賞をはじめ、米国The One Showなど国内外のデザインアワードを多数受賞。常に物事の本質を世の視点から問うことにより生まれる、観衆の心を揺さぶるナラティブと精巧かつ緻密に構築された世界観に評価が高く、題材の奥に潜む最も深い願望を掘り起こし、それに誠心誠意寄り添う表現手法を得意とした無私なクリエイティブマインドを持つ。
Instagram: @yuichishi
Twitter: @yuichishi

2021年8月30日

今日は朝から体調が悪い。こんなこと書くと物騒な昨今だけど、安心してほしい。見事にワクチン2回目の副反応にやられている。しかも1日の安静日では収まらず、2日目の本日も微熱程度だが頭がボーッとして、通常のデザイン業に戻れるような思考状態ではない。大人しく寝ていれば良いものの、時差のように体内バランスが崩れて明日への支障をきたすリスクを考えるとそれも難しい。

そこで、最近は休日もあって無いような仕事生活を送っていたため、まともに観れていない映画をゆっくり家で観る願ってもないチャンスだとポジティブに考えることにした。通常、映画の宣伝デザインを進める前に、関係者内の試写を観た上で制作に移ることが基本なのだけど、コロナの昨今では、DVDメディアや映像スクリーナー配信が増えてきているので、デザイン前の視聴タイミングの足並みが揃わないことも稀にあったり無かったりする。
そんな中、中々まとまった時間が取れず観れていなかった試写もの。『DAU.退行』である。前作『DAU.ナターシャ』のデザインに続き、こちらも手掛けているのだけど、本編6時間強という変態じみた長さと、ハイライト(※1)で感じていた内容のヤバさを受け入れる心の余裕と時間が無かった。だが、今なら何でもイケる。何より見えない敵に立ち向かうため、体内に謎の未来成分をドンドン取り入れているクラクラなスターマリオ状態なので、どんな内容も受け入れられそう。それはさておき、1日の1/4をも費やす長期戦のため、この時くらいしか食べないポテチやドリンクをデスク周りに沢山用意し鑑賞した。

先に『DAU.ナターシャ』の時にも取り上げられた「DAU.プロジェクト」自体のヤバさを以下に。
“史上最も狂った映画撮影”と呼ばれているプロジェクト。オーディション人数約40万人、衣装4万着、欧州史上最大の1万2千平米のセット、主要キャスト400人、エキストラ1万人、撮影期間40ヶ月、35mmフィルム撮影素材700時間。莫大な費用と15年もの歳月をかけて本作を完成させたという。「ソヴィエト連邦」の記憶を呼び起こすために、「ソ連全体主義」の社会を完全に再現するという前代未聞の試みである。なお、これらのDAU.プロジェクトに目をつけた川久保玲さんが、2018年付近のコム・デ・ギャルソンのブランドイメージとして全25号分のDMシリーズに起用していたのは不思議と納得出来てしまう。(※2)
しかも、劇場公開したのは世界で日本だけで、ロシアで上映禁止となったのは内容を観れば当然だろう。ちなみに、日本公開に漕ぎ着けたのは熱い想いと愛の使命感をもった配給マンの陰ながらの努力あってのこと。それが無くしては我々が何気なく観ているこういった良作品も一生観る事が無かった訳で、本当に感謝しかないと思う。

話は逸れたが、『DAU.退行』は『DAU.ナターシャ』の続編であり、完全にソ連帝国にどっぷり染まる体験時間としては、6時間は決して長い時間では無く必要十分であり、期待通りにこれはヤバかった。ナターシャ版では見えなかったプロジェクト全貌の解像度によって、何よりこれがこの現代の実験的プロジェクトとして実際に行われていたんだという映画の枠組みを完全に超越した狂気の沙汰を感じる。それから、本作を情報補完するために自分で手掛けたパンフレットも熟読し、改めて既にDVDリリースもされている『DAU.ナターシャ』を観直してみた。そこで感じるのは、プロジェクト施設内のカフェで働くスタッフ、ナターシャの一視点から見えて来る行き交う人たちの違和感である。プロジェクト全貌からすると、ナターシャの出来事は氷山の一角なのだけど、充分すぎる恐怖を味わうことが出来る。むしろ、「見えないこと」の恐怖が何より恐ろしい。
そして、これらの閉鎖的な強制管理下に置かれる彼らの状況が、このコロナ社会という見えない敵に対して行動制限せざるを得ない我々人類の状況と、遠からず重なってしまった。このコロナというかつてないウィルス帝国が、近い未来に人類から崩壊する日を心から願って止まない。

本来であれば、来月辺りから世界で始まるファッションコレクションシーズンのニューヨークやパリに渡航して、あらゆる感性を目の前で浴びて来る最高の時期なのだが、昨年同様に今年も断念。仕事柄まとまった休みが取れないこともあり、このシーズンに合わせて周辺国を巡るのが密かな楽しみなのです。来年はどうなってるんだろうな。

あのMISIAさんもフジロックで叫んでいたが、すべてはコロナのバカヤロウだよ。

※1:スチール写真を把握するため、映像の断片を流して確認する作業のこと。

※2:ファッションブランド「コム・デ・ギャルソン」が毎年様々なアーティスト等とコラボレーションをして、独自のブランドイメージを打ち出すDMシリーズ。

石井勇一の映画日記
BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:イリヤ・フルジャノフスキー、エカテリーナ・エルテリ
出演:ナターリヤ・ベレジナヤ、ウラジーミル・アジッポ、オリガ・シカバルニャ、リュック・ビジェ、アレクセイ・ブリノフ
1952年。ソ連の某地にある秘密研究所。その施設では多くの科学者たちが軍事的な研究を続けていた。施設に併設された食堂で働くウェイトレスのナターシャはある日、研究所に滞在していたフランス人科学者と肉体関係を結ぶ。言葉も通じないが、惹かれ合う2人。しかし、そこには当局からの厳しい監視の目が光っていた…。
PROFILE
クリエイティブディレクター・アートディレクター
石井勇一
Yuichi Ishii
OTUA株式会社代表。パッケージデザイン、ロゴデザイン、ファッショングラフィック、コーポレートアイデンティティなどデザインを通じたブランディング構築に厚い信頼を集める。繊細な感情表現を得意とすることから『ムーンライト』(16)『君の名前で僕を呼んで」(17)『mid90s/ミッドナインティーズ』(18)『燃ゆる女の肖像』(19)『花束みたいな恋をした』(21)など多くの映画話題作のグラフィックや独創的なアプローチによる販促物のデザインも手掛ける。英国「D&AD Awards」ブロンズ賞をはじめ、米国The One Showなど国内外のデザインアワードを多数受賞。常に物事の本質を世の視点から問うことにより生まれる、観衆の心を揺さぶるナラティブと精巧かつ緻密に構築された世界観に評価が高く、題材の奥に潜む最も深い願望を掘り起こし、それに誠心誠意寄り添う表現手法を得意とした無私なクリエイティブマインドを持つ。
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