PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

映画を観た日のアレコレ No.22

モデル
小谷実由の映画日記
2020年9月22日

なかなか思うように外に出かけられない今、どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。
誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう?
日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
22回目は、モデル 小谷実由さんの映画日記です。
日記の持ち主
モデル
小谷実由
Miyu Otani
『GINZA』『&Premium』『装苑』などのファッション誌や、カタログ・広告を中心に、モデル業として活躍。また執筆業にいそしむ一方、様々なクリエイターたちとの企画にも取り組んでいる。昭和カルチャーや純喫茶をこよなく愛する。愛称は“おみゆ”。

2020年9月22日

忙しい。これはただ忙しいのをアピールしたいわけではない。公私ともにやらなくてはならないことが多く、何から手を付けていいかわからない困惑した状態に陥ってるという現実を伝えたいがための「忙しい」だ。仕事が立て込み慌ただしいことは大好物で、多ければ多いほど燃えるタイプ。優先順位を時系列に決めてテキパキこなすことができる。でもそこに、仕事以外で取り組んでいるプロジェクトや時間に余裕がなくなると知らぬ間に散らかっていく(確実に自分の仕業)部屋の片付けなども加わってきたりすると、器用とは言い切れない私には、突如パーン!!と音を立てて身体が真っ二つに裂けてしまうのではないかと思う瞬間がやってくる。この日はそんな日だった。身体が真っ二つに避ける代わりに、私はこのような状態の際に必ず胃がやられる。9月22日、この日も前日の夜からの不穏な感覚を引きずりながら目が覚めた。お腹が痛い。

連休最終日、こんなご時世だが大型商業施設の開店を朝から待つ人々はソーシャルな距離間隔を保ちながらも沢山いるんだな、と横目にして朝から仕事に向かう。”カセット友達”と私が勝手に慕っている編集者のKさん、音楽家のSさんとともに10月に企んでいる楽しい企画の打ち合わせを渋谷の喫茶店Rで。打ち合わせ後は、放課後のようにこのまま一生話し続けてしまうのではないかという時間が続き、それが終わればもう夕方。楽しい時間や集中している時間には朝抱えていたお腹の痛みは消えるもので、このまま治るんじゃないかと少しの期待を抱いていると、帰宅する道すがらキリキリと痛みたちは顔をまた出してくる。気持ち的な痛みというものはなかなか手強い、いつもこの痛みたちと話し合いで解決できないものかと思う。

帰宅後、ひとまず我が家の猫への挨拶、そしてベッドへ倒れ込む。まだまだ外も明るい時間に、帰宅したまま服を床に脱ぎ捨てベッドに入ることは少々嫌なのだが、今はそんなことを気にしている暇もないほどお腹が痛い。過去に何度もあったことなので、慣れているとはいえ私の生真面目な性格はこの事実を一度も許していない。いつも情けないなぁと自己嫌悪になり、苔が生えそうなほどじっとりと気持ちが落ちていくのだ。今回も情けなさと痛みでそんなモードに突入していたわけだが、ふつふつと「なんでこんなにだらだらと寝て、しかも落ち込んでいなきゃいけないんだ…?」と苛立ちが湧いてきた。悔しい。誰になんだか何になんだかわからないがイライラするぞ。そんな時に一番手っ取り早いのがうわーんと泣いてスッキリすること。しかし、大人になるにつれて簡単に泣けなくなってくるものだというのは自分調べ。そうだ、映画観よう。まずは今日やるべき残りの仕事を片付けて、お風呂に入り準備万端にしてからだ。

半ば気持ちのゴールを見つけたので、お腹が痛くても眉をしかめた鬼の形相ではなく、気の抜けた顔で原稿を書き終わり、お風呂にもささっと入り、iPadを抱えてベッドへ再び舞い戻る。普段は気分を上げるには大好きなアジア映画を見ることが最良の策と思っている私だけど、今日はうわーんと泣きたいがテーマ。ベタに「泣ける映画 有名」で検索し、決めた作品は『ニュー・シネマ・パラダイス』。かれこれ数年観たい映画リストに鎮座していた作品でもあったので即決だった。イタリアのシチリアが舞台の、少年と映画技師の楽しい日々、そして少年の成長につれて立ちはだかる現実や淡く忘れられない恋への追想…。私はこの川のせせらぎのように穏やかに流れる時間と映像と音楽に逃げ込んだ。早く私を救ってくれ~。

普段自分が好んで観る『恋する惑星』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』のようにどこかクセのある作品とは異なる、穏やかな空気に包まれ淡々と進んでいくストーリーに、私のギザギザした心はそっと撫でられ平らにされていく気がした。もちろんストーリーはハッピーな展開だけではないが、登場人物たちの人間模様や時間の経過による成長など些細な変化に注目しながらストーリーに没頭していく中で、ギチギチに張り詰めていた自分の脳も気持ちも和らいでいった。

結果として、最後にうわーんと泣けたのかと言われると、ゆるゆるとリラックスしてしまった私は眠気に誘われながらラストシーンを迎えたので、涙を流すというより走馬灯のように登場人物や印象的なシーンを思い返しながら、夢か現実かわからない意識のまま入眠してしまい泣けませんでした。ただ結果として穏やかな気持ちになれたので大成功。泣くことだけがスッキリする方法ではないのですね。

でも、映画を観て泣くって私の中では大層気持ちが良いこと。今度は平常心の時に観てみようと思います。映画は心の処方箋。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:フィリップ・ノワレ、ジャック・ペラン、サルヴァトーレ・カシオ、マリオ・レオナルディ、アニェーゼ・ナーノ
中年を迎えた映画監督の回想というかたちで、戦後間もないシチリアの、小さな村で唯一の映画館「パラダイス座」をめぐり、人々の愛や悲喜こもごもを描くドラマ。大の映画好きな少年トトは、映写技師の老人アルフレードと心を通わせるようになる。 初恋、兵役を経験しながら成長し、映画監督として活躍し始めた彼のもとにアルフレードの訃報が届き…。1989年カンヌ映画祭審査員特別大賞受賞。
PROFILE
モデル
小谷実由
Miyu Otani
『GINZA』『&Premium』『装苑』などのファッション誌や、カタログ・広告を中心に、モデル業として活躍。また執筆業にいそしむ一方、様々なクリエイターたちとの企画にも取り組んでいる。昭和カルチャーや純喫茶をこよなく愛する。愛称は“おみゆ”。
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