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映画を観た日のアレコレ No.55

輸入映画ソフト専門店「ビデオマーケット」店主 涌井次郎の映画日記
2021年11月2日

映画を観た日のアレコレ
なかなか思うように外に出かけられない今、どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。 誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう? 日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
55回目は、輸入映画ソフト専門店「ビデオマーケット」店主 涌井次郎さんの映画日記です。
日記の持ち主
輸入映画ソフト専門店「ビデオマーケット」店主
涌井次郎
Jiro Wakui
1970年8月3日生まれ。新潟県上越市出身。今の仕事に就いて20年以上経ちますが、自分の映画ライフに輸入版という選択肢が加わった原点は、さらにさかのぼって三十数年前。雑誌広告を頼りに、当時国内未発売だった『時計じかけのオレンジ』の輸入版ビデオ(β)を通販購入した高校生の頃でしょうか。
Twitter(個人): https://twitter.com/chachapoyan

2021年11月2日

近所のステーキ・ハンバーグハウスで久々に肉らしい肉を摂取。その後スパで、こちらも久々に脚をまっすぐに伸ばして入浴。11月最初の休日はそんな一日だったが、週一回の仕事休みは毎度、豆を挽いてコーヒーを淹れるところから始まる。これが習慣化して十年ほど経つ。ということは、勤めていた会社から独立し、個人事業主として今の店を引き継いでから十年経つわけで、いやはや早いものである。そしてこの十年で、コーヒーの味がどの程度分かるようになったか。甘味だとか、フルーティな味わいだとか…え! ブラックコーヒーなのに? とはじめの数年間は戸惑い気味。違いの分かる男への道は険しいが、近頃では、少なくともその豆が口に合うかどうかくらいは断言できるようになった。

ここ二年ほどは、贔屓にしている阿佐ヶ谷の個人店からコーヒー豆を通販で取り寄せている。こちらのお店のブレンドがとても好みなのだ。が、今日はいつもの火曜日とは違った。豆そのものより高い送料を払ってまでアメリカから取り寄せたコーヒーを淹れるのを、ずっと楽しみにしていたのだ。豆は、生産者の顔が見える=生産農園まで辿ることが出来る、いわゆるシングルオリジンのペルーコーヒー。プロデュースしたのは『悪魔のいけにえ2』のチョップ・トップ役や、ロブ・ゾンビ監督の三部作(※)でオーティス・ドリフトウッドを演じ、ホラー映画ファンにとってはもはや伝説的な俳優ビル・モーズリイ氏である。
チョップ・トップとオーティスが並ぶ豆のパッケージ(妻には、この袋が欲しかったんでしょと言われる始末だが、まぁ間違いではないです)をデザインしたのは愛娘のマリオンさん。2007年末に一家揃ってプライベート来日した時にお会いした際は、まだお父さんに甘えたい盛りだった彼女も、今や役者を志す女子大生だとか。遠くない将来、父娘共演が見られる日が来るかもしれないと思うと楽しみで、勝手に遠い親戚のおじさん気分である。

そんな特別なコーヒーを楽しんだ休日に観る映画となれば、それはもう自分とビルさんとの出会いとなった記念碑的ホラー『悪魔のいけにえ2』をおいて他にない。昼間に食べ過ぎた100%ビーフハンバーグによる胃もたれも、「人肉バーベキュー販売」を生業とする連中の映画を観るには、この際ちょっとしたスパイスだ。今やニューヨーク近代美術館にフィルムが永久保存される歴史的遺産『悪魔のいけにえ』。その続編を、劇場公開時から今日まで、いったい何度繰り返し観たか分からない。一作目との対比で語られるのに終始した公開当時こそ評価はいまいちだったが、時を経て味わいが増し(時代が、そして自分が映画に追いついたとも言えます)、独特の旨味が醸成される発酵食品のような存在、それが『悪魔のいけにえ2』だと思う。

しかしそれにしても、なんと豊かで贅沢な映画だろうか。トビー・フーパー監督がキャノンフィルム製作で撮った三作は、ホラー映画ブームの狂騒に沸く80年代当時にあってさえ、他を圧倒するほど贅沢なオーラが画面からほとばしっていた。『スペースバンパイア』(1985)における巨大な宇宙船の無重力空間は、次作『スペースインベーダー』(1986)の地底に広がる宇宙船内部に引き継がれ、そして三部作のトリを飾る『悪魔のいけにえ2』(1986)で、巨大な迷路のごとき悪夢の地下遊園地へと結実した。
これほど凄いセット、美術をホラー映画で観ることは、この先多分一生ないだろう。テキサスの人喰い一家が根城とするこの地下空間、目を凝らしてみれば奇妙なオブジェが盛りだくさんだ。ビーチパラソルの下でのんびり寛ぐ骸骨一家や、キューブリックの『博士の異常な愛情』で核弾頭にまたがってソ連に落下し炸裂したはずのコング少佐の骸骨までいる始末。そんなビジュアルの圧倒的情報量ゆえに、やはり自宅のテレビ画面では窮屈過ぎる。本作には映画館の大スクリーンこそお似合いだと思う。一方で、何回観たって新たな発見と感動があるという点では、ソフトを買って繰り返し自宅鑑賞されるべきだとも思う。

ビル・モーズリイ演じるチョップ・トップの常軌を逸した演技が最高なのはもちろんとして、今回いつになく心に響いたのが、一家の長であるコックことドレイン・ソーヤーが最期にしみじみ独白する、税制への不満と労働者の悲哀だった。同じ個人事業主として彼のぼやきは何だか他人ごとではなく、まるで強めの酸味が後を引くビルさんのコーヒー豆のように胸の奥底に残ったのだった。

※『マーダー・ライド・ショー』(2003)、『デビルズ・リジェクト~マーダー・ライド・ショー2~』(2005)、『スリー・フロム・ヘル』(2019)の三作品のこと。

涌井次郎の映画日記
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PROFILE
輸入映画ソフト専門店「ビデオマーケット」店主
涌井次郎
Jiro Wakui
1970年8月3日生まれ。新潟県上越市出身。今の仕事に就いて20年以上経ちますが、自分の映画ライフに輸入版という選択肢が加わった原点は、さらにさかのぼって三十数年前。雑誌広告を頼りに、当時国内未発売だった『時計じかけのオレンジ』の輸入版ビデオ(β)を通販購入した高校生の頃でしょうか。
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