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映画を観た日のアレコレ No.70

漫画家
ヤマモト  レミの映画日記
2022年7月18日

映画を観た日のアレコレ
なかなか思うように外に出かけられなかった時を経て、今どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。 誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう? 日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
70回目は、漫画家 ヤマモト レミさんの映画日記です。
日記の持ち主
漫画家
ヤマモト レミ
Remi Yamamoto
漫画家。1989年生まれ、福岡県出身。
2017年よりニューヨーク在住。
日本食スーパーでの勤務を経て、2021年に独立。
ニューヨークで起こる愉快な出来事を漫画で発信中。
漫画、イラスト、デザイン、文章、なんでもやります。
山笠があるけん博多ったい。
Instagram: @yamamotoinnyc

2022年7月18日

ようやく長い一週間が終わった。昨日はバイト先から家に帰ってきて、シャワーに入って深夜1時にはベッドに入ったので今朝は8時半に目が覚めた。胃が少し痛い。冷蔵庫から巨大なオレンジジュースを取り出して飲んだ。

とある店舗から依頼のあったステッカーのデータを納品すると、あっというまに11時半になった。パートナーは仕事に出かけていき、私は残り物のカレーうどんを温めることにした。乾麺を茹でていると電話が鳴った。ダーリーンからだ。彼女とはバイト先で一番仲がいい。

「どうしたの?」
「おはよう。色々考えたんだけど、私、やっぱり辞めようと思う」
「そうなんだ。すごく残念だけど、自分が一番気分よくいられる道を選んだ方がいいよ」
「うん。そうだよね。だけど、あなたに出会えてとても嬉しかった。これからも友達だから、そこは心配しないで」

うん、とうなずきながら、会うことがなくなってしまうのを感じていた。職場というつながりが無くなれば自然に顔を見ることもなくなる。今までもずっとそうだったし、自然なことなんだと思う。それでも、毎回受け入れるのに苦労する。

昨日、バイト先ではすごくお世話になったトシさんの最後の出勤日だった。私は半泣きだったけど、「あまり悲しんじゃだめだよ。人生には色々あるんだから」と、トシさんはさっぱりした様子だった。トシさんは60代で人生の大半を寿司職人として過ごしている人で、たまに出る言葉が達観してて好きだった。

「嫌だな。もう会えなくなるなんて。」と言ったら、「え? もう会わないんですか?」と言ってトシさんはお茶目に笑ってみせた。この日、お店の裏庭に狸が3匹出た。お店のお客さんもスタッフも私も大騒ぎだったが、トシさんは身じろぎもしなかった。

そのやり取りの最中にダーリーンがやってきて、職場を去ろうとしていることをこっそり教えてくれた。うそでしょ。ちょっと〜。と言葉にならない言葉をひり出しながら、しみじみと泣けた。それでも、理由を聞いたら、止めることはできなかった。

電話を切って食事をとって着替えて外に出た。今日は休みだから1日漫画を描くと決めていた。近所のカフェで緑茶を飲みながら、以前取材をしたデザイナーさんの漫画を仕上げた。

「飲食業界って入れ替わりがすごいんだ。特にニューヨークはね。そういう業界だから仕方ないよ。」事情を聞いたパートナーがこう言った。彼もまた飲食業界に従事した期間が長い人間だ。確かにそうなのかもしれない。だけど、どんな環境でも出会った人たちをただ偶然その場に居合わせただけの人とは考えられなくて、少しでも気が合うとすぐに心を持っていかれてしまう。いつまでもこのままでいられたらいいのに。みんなで仲良く楽しく過ごせたらいいのに。それでもやっぱり仕事だからそうはいかない。お金が発生する以上嫌なことも起こるし、行動には責任が生じる。自分で考えて前へ進む彼女を止める権利は私にはない。それでも、彼女の心のどこかに私がいつまでも残るのなら、と想像することを止められないのは何故だろう。

仕事中にした、他愛のないおしゃべり。
“How’s your week?(どんな一週間なの? )”というお決まりの挨拶。
“Not too bad. Nothing exciting, honestly. (どうってことない。面白いことはなかったな。)”
“But that’s life. (でもそれが人生じゃん。)”
“Exactly!(ほんとだね。)”
こんな何気ない会話がいつまでもいつまでも心に残り続ける。

カフェを出て、納豆を買って家に帰ってきた。納豆は3個入りで 2.49ドル。パートナーは仕事から帰ってきて明日からの出張の荷造りをしていた。私は『ナチュラル・ボーン・キラーズ』を観ることにした。

マロリーとミッキーという頭のネジがぶっ飛んだカップルが殺人まみれのイカれた逃避行をする話で、適当に選んだ映画だったけど、序盤のダイナーのシーンから引き込まれた。ジュークボックスから流れる音楽に合わせて踊り狂うマロリー役のジュリエット・ルイスが可愛すぎて眩しい。ミッキーが注文したキーライムパイが、緑のゼリーのパイでなんだかすごくおいしそう。物語は唐突な暴力から始まり、二人は愛し合っているのが分かる。わざとらしいチープな演出に既視感があると思ったら、タランティーノが関わっているらしい。なるほど。(※)

サイケデリックな他人の悪夢を映像で見ているような2時間だ。随所に差し込まれる奇妙な映像やアニメーションに情報処理が追いつかず、油断するとすぐに置いていかれそうになる。ラブラブ人殺しロードトリップの最中、色々あって二人は毒蛇に噛まれ、解毒剤を探しているうちにヘマをしてしまい逮捕。別々の監獄にぶち込まれるのだが、そこでもお互いへの想いは止まらず。マロリーに再会するため、ミッキーはテレビ局からの取材を逆手に取って監獄内で暴動を起こす。ここで、快楽殺人や両親からの虐待といったセンセーショナルな話題ばかり率先して取り上げたがるテレビ局の社員ウェインに、ミッキーが放つセリフがまじでかっこいいのだ。

「マスコミは毒の雨を降らせる。殺人は純粋だよ。君らが不純にした。暴力や恐怖を売ってる」
「殺しの どこが純粋か?」
「ショットガンを握れば分かるさ。ピンと来たぜーーおれの人生の本当の意味が」
「何だった?」
「おれは生まれつきの人殺しだってことさ」

ヒュー!! ここでタイトルかーい!

結局、なんか知らんが二人はまたくっついて逃避行再開、子供も生まれて仲良く暮らしましたとさ、みたいなとんでもねぇエンディングだった。チープなバイオレンスアクションといえばそこまでだけど、「メディアは情報を垂れ流しているだけで、嘘も本当もモラルもあったもんじゃない。必要な情報は自分で取捨選択するほかない。操作されるな。自分で考えろ。」というのがこの映画の持つメッセージなんじゃないかなあ。

なかなか面白かったけど、情報過多で頭が疲れてしまった。パートナーは出かけていったので、一人で何か適当に食べて漫画を描こうか、そんな考えをめぐらせた。今日と明日で、ある程度の仕事にけりを付けなければいけない。明後日は昼からバイトだ。もうバイト先でトシさんとダーリーンに会うことはないけれど、それでも今の環境がもたらした新しい出会いは今の私に全て必要なものだったと思う。今後もそういう出会いが行く先々で待ち構えていると思えば、変化のない明日を生きることが少しだけ楽に感じられる。

うしろを振り返らずとも、その時得た美しい感情だけはできるだけ長く心に留めておけるように、そしてそれを共有した誰かの心にも少しでも長く残すことができるようにと、そうやって願いながら、具体的な策は分からないままで目を閉じた。胃が少し痛い。もうすっかり夜が更けた。エアコンから噴き出す人工の冷気が、蒸気した頬を撫でて消えていった。

※本作の原案はクエンティン・タランティーノ。

ヤマモト レミの映画日記

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ヤマモト レミ
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山笠があるけん博多ったい。
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