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誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう?
日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
2021年1月21日
朝のルーティンを話すのは案外初めてです。
おはようございます。っと目を覚ましてから、お日様を全身で浴び、1日が光包まれることをまずはイメージトレーニングします。
それから白湯を一杯飲んで、お顔のケア。そうするとキッチンでミキサーが踊り出す音が聞こえてきます……数分後には“季節のスムージー”が母の満面の笑みと共に部屋へ届くのです。
頭がキーンとしながらも美味しくいただきます。ちなみに母が一番得意なスムージーは、りんごとバナナと、ブロッコリーと蜂蜜入りのスムージーです。
なぜか真似をしても同じ味にはならない、これぞ「母の味」。それから私はヨーグルトとバナナと蜂蜜入りのブラックコーヒー、母はビール工房で作られた“ハート”というパンにバターと自家製のブラックベリージャム、そしてブラックコーヒーで朝ごはんを2人でいただきます。
そう、小さい頃から向かい側の席は「母」がいる。最近はちょっと切なさも感じることがあって。それは母がどんどん小さくなっているように感じるからです。
朝ごはん一つにしてもかけがえの無い愛しい時間。なんとなく過ごさないようにしなくちゃ。
さて、本題に戻ります。朝ごはんの後はトイレ掃除とゴミ出し、基本的には私の担当。それから晩ご飯のお野菜を洗い、支度をして私は現場へ。
あっ、また母の話をしていいですか? 我が母は可愛いのです。いつもエレベーターまで見送ってくれます。きっと母の中では永遠に幼いサヘルちゃんなんだと感じています。確かに、私にとっても永遠に彼女は「母」です。とっても苦労して育ててくれた。いつも私には母がいて、母には私しかいなかった。自分の人生に欠かせないテーマは「母親」だと思います。それが影響しているのか、映画も母親が題材のものを良く観てしまいます。映画のタイトルに「母」が入っていれば、観ない理由がありません。
ここまでお話しすると、今日ご紹介する映画がどんな作品か、もう、お分かりですよね? 仕事を終えて、帰った私。母はいつも逆算して帰るタイミングでご飯を用意してくれます。この日の献立は小豆とツナのターメリック煮込みと、サラダとイカのバター焼き。テレビの前に小さな白い折り畳みテーブルを置き、ご飯を並べて「いただきます」。
そしてずっと観たかったイランの動画配信サイトから『母とは』(原題:Madari)という映画を選んで観ました。イラン映画はハリウッド映画でも、イタリア映画でも、ドイツ映画でも、フランス映画でも、インド映画でもない、本当に“イラン映画”という独自の魅力で溢れています。
まず、音楽は基本的にはOPとEND以外は滅多に使わない。自然光を大切にするので、岩井俊二監督の作品がとっても近い技法に感じます。基本的にセリフは多くないです。目線や息遣いで伝えることが多いのです。ザラザラしたリアルな皮膚感と吐息もセリフになる。この『母とは』という映画もいい意味で冷たく、ひんやりした感覚。
イラン映画は絵的センスが素晴らしいと私は思います。特別なカットがある訳ではないのですが、役者の表現力の高さは世界レベルを超えています。イランと世界の政治的関係がもっと良好になれば、イラン映画は産業として、より飛躍できる素晴らしい可能性を持っています。そういう人材の宝庫です。今回は、まさに役者の表現力が問われる「イランの夫婦間や男女のリアルな会話」が題材でした。
主人公は結婚を約束している彼がいますが、彼の両親は2人の結婚に反対でした。すると突如、彼から連絡が途絶えてしまいます。彼を待ち続けている彼女に「親を切り離すことはできない。君とは結婚しない」という伝言が彼女に届くのです。アザーン(※)が鳴り響く中で、主人公の彼女が屋上で泣き崩れるシーンは圧巻でした。イランでは親が認めてない相手とは基本的に結婚は難しいのです。そして、男女が会話で愛の言葉を紡いでも、決して男女が触れることは許されないのです。触れないギリギリで伝える愛が、本当にドキドキします。また主人公の姉は離婚したいのに、できない状況におかれていました。夫がなかなか許さないこと、嫉妬や独占力。姉の一人娘は本当にいつも孤独で、1人ぼっち。離婚が成立してまもなく、姉は他界します。残された娘にとって『母とは』?
このなんとも云えない‥‥「うん? ここで終わるんかーい」な展開もイラン映画では定番で私は好きです。結末を見ている方に委ねていく。だからこそ、飽きさせない魅力と言いますか、魅惑があるのです。『別離』という映画も、まさにリアルなイランで起きている介護をテーマにした作品。そこから家族、夫婦、貧しさなど、イラン社会が抱えるあらゆる問題定義を見事に表現しています。世界的にも高く評価されています。日本でも見られる素晴らしい作品の一つですのでお薦めです。イラン映画とは“未来”ではなく“現在”を映し出す、人々の心の代弁者だと感じます。
あっ! すっごく真面目に書いてしまった。母ともこういう会話を映画を観終わってから良くします。私にとっての『母とは』、永遠の人生の先生であり、心の哲学者。それだけ素敵な母親です。
今日も、美味しいご飯と、素晴らしい映画に感謝して、おやすみなさい。
※アザーン…イスラム教の礼拝(サラート)への呼びかけ

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