PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば PINTSCOPE(ピントスコープ) 心に一本の映画があれば

映画を見た日のアレコレ No.19

FACETASMデザイナー
落合宏理の映画日記
2020年8月25日

なかなか思うように外に出かけられない今、どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。
誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう?
日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
19回目は、FACETASMデザイナーの落合宏理さんの映画日記です。
日記の持ち主
ファッションデザイナー
落合宏理
Hiromichi Ochiai
1977年、東京都出身。文化服装学院卒業後、2007年に「FACETASM(ファセッタズム)」を立ち上げる。11年に東京ファッション・ウィークでランウェイショーデビューを飾り、13年には毎日ファッション大賞において新人賞・資生堂奨励賞を受賞、16年には大賞を受賞。15年からはコレクション発表の舞台を海外に移し、16年からパリ・メンズ・ファッション・ウィークで発表を続ける。
FACETASM e-store: https://store.facetasm.jp/

2020年8月25日

4月にコロナを理由に借りた小さなアトリエは、様々な植物を乱雑に置いていて、高い窓からそそぎこむ光と共に、緑が溢れる空間になっている。
僕のめんどくさがりな性格の所為でカーテンをまだ取り付けていないから、最高気温が35度の夏の日をより強調する光が全体を鈍く照らしているサンルームのようなこの部屋で、それとはかなり似つかわしくないガス・ヴァン・サント監督作品『エレファント』をお昼をまわった今、観終えたところ。

二度と起こってはならない実際の事件を基にした、暗闇の中をもがいている若者達の作品がどうしてこんなにも美しいのだろう?

劇中で犯人の少年が奏でるピアノから聴こえてくる「エリーゼのために」がどうして僕の胸につき刺さるのだろう?

エンデイングに映し出された、言葉では表現しきれない青と緑の混じった空の色にどうして希望を感じるのだろう?

確かめておくように観た様々なシーンの余韻が重なる中で、僕はデザイン作業に取り掛かる。

何度も何度も繰り返し観た今となっては、もはやどこのシーンで初めて心が掴まれたのかは思い出せないけれど、僕にとって大切な作品に出会ってしまったのは間違いなくて、“エレファントを観る”という行為が、新しいデザイン作業の始まりを脳に知らせる儀式のようなものだったりする。
ファッションデザイナーとして、大きなサイクルである年2回のシーズン制作前にはこの作品を必ず観るということを続けていて、時にはそのまま映画自体がシーズンのテーマになったりもする。
ファッションショーを東京から始めて、その後ミラノやパリと発表の場を移していってもなお、その行為が僕の変わらないルーティーンとなった。

そして、今これからデザインする服達が発表されるのは、10月に行われる東京ファッションウィークだ。
今回、光栄にもゲストデザイナーとして誘っていただいたことで、6年ぶりに東京でショーをするということになった。
僕らはこの、6年ぶりの東京という舞台に、大袈裟だけれどとても大きな意味を感じていて、これからつくる服達には僕らが経験してきた時間や気持ちを、強いクリエーションとして注ぎ込みたいと思っている。

僕らが初めてショーをしたのは9年前の東京。
震災で辺りがまだ暗闇の中だったときに、服の力を信じてショーをやると決めたときから、たくさんの時間を重ねてきた。
そして今回、その頃と比較はできないけれどコロナというよくわからないものが、再び僕らの周りの価値や環境をガラリと変えてしまった中でやると決めたショー。

このタイミングで久しぶりに東京という場所に立つということにふつふつとした興奮を覚えながらも、もがいている毎日が自分自身を少し冷静にしてくれたりもしている。
時を重ねたら目に映らないものや、頭の奥に隠れてしまっている感覚があるのは自覚しているけれど、より強く、研ぎ澄まされていった部分もある。
ガスがポートランドで『エレファント』のような若者の作品を撮り続けているように、これからも僕らは、東京という自らの生活があり家族や友人がいるこの小さな街から服をデザインしていきたい。
そんな、純粋に濾過された自分のルーツを探したい気持ちが強くなっていた今の僕らにとっては、このショーは必要な過程かなとすごく感じていている。

過去も今も『エレファント』を観て、不意に空を見て泣きたくなる気持ちが今日の僕にはあった。
きっと良いショーになりそうだ。

余談ですがファッションデザイナーとしてオシャレだと思うのは
『ターミネーター2』のエドワード・ファーロングと
『バスケットボール・ダイアリーズ』のレオナルド・ディカプリオと
『グーニーズ』のみんなです。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督・脚本・編集:ガス・ヴァン・サント
製作:ダニー・ウルフ
製作総指揮:ダイアン・キートン / ビル・ロビンソン
出演:ジョン・ロビンソン、アレックス・フロスト、エリック・デューレン、イライアス・マッコネル
2003年のカンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)&監督賞を受賞した作品。コロンバイン高校の銃乱射事件をモチーフに、ごく普通の高校の日常に突如起こる悲劇を描いている。監督は「グッド・ウィル・ハンティング」を手掛けたガス・ヴァン・サント。
PROFILE
ファッションデザイナー
落合宏理
Hiromichi Ochiai
1977年、東京都出身。文化服装学院卒業後、2007年に「FACETASM(ファセッタズム)」を立ち上げる。11年に東京ファッション・ウィークでランウェイショーデビューを飾り、13年には毎日ファッション大賞において新人賞・資生堂奨励賞を受賞、16年には大賞を受賞。15年からはコレクション発表の舞台を海外に移し、16年からパリ・メンズ・ファッション・ウィークで発表を続ける。
FACETASM e-store: https://store.facetasm.jp/
RANKING
  1. 01
    映画の言葉『銀河鉄道の父』父・宮沢政次郎のセリフより
    「私が全部聞いてやる!宮沢賢治の一番の読者になる!」
  2. 02
    みなみかわ×荻上直子監督 インタビュー
    「人生+毒」で、絶望を笑い飛ばせ!
    Sponsored by映画『波紋』
  3. 03
    映画の言葉『THE FIRST SLAM DUNK』宮城リョータのセリフより
    「キツくても…心臓バクバクでも…
    めいっぱい平気なフリをする」
  4. 俳優 赤澤遼太郎の映画日記 2023年4月17日 04
    映画を観た日のアレコレ No.83
    俳優
    赤澤遼太郎の映画日記
    2023年4月17日
  5. 「メリークリスマス、ロレンス」 ハラとロレンスの絶対的違いを超えた人間愛 『戦場のメリークリスマス』 05
    嗚呼、こんなにも魅惑的な登場人物たち! 第20回
    「メリークリスマス、ロレンス」
    ハラとロレンスの絶対的違いを超えた人間愛
    『戦場のメリークリスマス』
  6. ハロプロ、峯田、バンプ…。 夢中になった“いま”が 僕たちの中で、ずっときらめいている 06
    松坂桃李×仲野太賀 インタビュー
    ハロプロ、峯田、バンプ…。
    夢中になった“いま”が
    僕たちの中で、ずっときらめいている
  7. 生きづらさを克服するのではなく、 受け入れ生きていく 07
    林遣都×小松菜奈 インタビュー
    生きづらさを克服するのではなく、
    受け入れ生きていく
  8. 映画好きなら誰もが一度は触れている、大島依提亜さんのデザインの秘密にせまる! 宝物のようにとっておきたくなるポスター・パンフレットとは? 08
    グラフィックデザイナー 大島依提亜 インタビュー
    映画好きなら誰もが一度は触れている、大島依提亜さんのデザインの秘密にせまる!
    宝物のようにとっておきたくなるポスター・パンフレットとは?
  9. 戻れない過去と現在を、一緒に抱きしめる 09
    池松壮亮×伊藤沙莉×尾崎世界観×松居大悟監督 インタビュー
    戻れない過去と現在を、一緒に抱きしめる
  10. 自分を取り繕わない。 それが関係性を前に進めてくれる 10
    前田敦子×根本宗子 インタビュー
    自分を取り繕わない。
    それが関係性を前に進めてくれる
シェアする