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映画を観た日のアレコレ No.5

2020年5年12日
メディア環境学者
久保友香の映画日記

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なかなか思うように外に出かけられない今、どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。
誰かの”映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう? 
日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
5回目は、メディア環境学者 久保友香さんの映画日記です。
日記の持ち主
メディア環境学者
久保友香
Yuka Kubo
1978年、東京都生まれ。2000年、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。2006年、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(環境学)。専門はメディア環境学。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員など歴任。日本の視覚文化の工学的な分析や、シンデレラテクノロジーの研究に従事。2008年『3DCGによる浮世絵構図への変換法』でFIT船井ベストペーパー賞受賞。2015年『シンデレラテクノロジーのための、自撮り画像解析による、女性間視覚コミュニケーションの解明』が総務省による独創的な人向け特別枠「異能(Inno)vation」プログラムに採択。著書に『「盛り」の誕生ー女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識ー』(太田出版、2019年)。
シンデレラ・テクノロジーHP: http://cinderella-technology.com/
久保友香twitter: https://twitter.com/YukaKubo

2020年5年12日

朝起きて、ひと通りの家事を終えた後、再び食卓につく。朝食に淹れたコーヒーの残りを飲みながら、スマホを操作し、インスタライブやTik Tokに次々とアップロードされる若い女の子たちの動画を眺める。外出自粛のさ中でもきれいに着飾り、流行を取り入れつつ、それぞれの工夫を凝らしたトークやダンスがおもしろい。

補足するが、これはただの暇つぶしではなく、私の生業の一部である。私は、女の子たちが写真や動画の上でバーチャルに、リアルと少し違う姿を見せる「盛り」という行動について研究している。様々な社会的要因の影響を受ける「盛り」を数字で分析したり、浮世絵や絵巻などの歴史資料と照らし合わせながら、「盛り」の根源にある日本人の美意識を探求したりしている。そして、それらについての論文や一般向けの本を書いている。

その後、書斎のパソコンに向かって執筆中の原稿を書いていたが、途中で悩み、手が止まる。こういう時は空かさず、ペンとノートだけを持って、パソコンの前から離れる。抹茶と和菓子で一服し、ペンとノートを使って論を組み立て直すのだが、最近は暖かくなってきたので、晴れていれば、マンションの屋上へ上がる。それほど高い位置ではないが、東京をある程度一望でき、雲がなければ富士山も見える。マンションの住民の共有スペースなのだが、ほとんど人は来ない。その隅の一段高くなったところにこしかけて、抹茶を点てて、和菓子と共に一服し、ノートとペンを使って論を組み立てる。至福の時である。

論が整った頃には、日はもうだいぶ傾いていたが、5月ともなるとまだ明るい。そして、半袖のシャツなのに、まだ暑い。「ああもう夏が近いんだ」と思ったら、なんだかわくわくしてきた。このままここで映画観るっていうのはどうかと思いついた。部屋からノートパソコンを持ってきて、観たかった作品の一つ、森田芳光監督『の・ようなもの』を再生した。物語は、売れない若手落語家・志ん魚(しんとと)と、その周囲にいる人々との間に起こる出来事によって紡がれ、進んでいく。他愛もない出来事の様式的な描写と、テンポよく進む展開に、引き込まれる。劇中、いろいろな飲み物が登場するのも印象的で、後半、志ん魚と親密なインテリで美人のソープ嬢エリザベスが、外で一人、缶ビールを飲むシーンで、私も思わず一時停止してしまい、冷蔵庫にビールを取りに行った。印象的なラストシーンの舞台もビアホール。私もそこで手元のビールを飲み干した。

売れない若手落語家・志ん魚は、最後まで売れることはなく、この映画の最初と最後は、結局ほとんど状況が変わっていない。私はこうして屋上で空を眺めている時に、よく考えていることがある。私が生まれる前と死んだ後で、世界はどうせ何にも変わらないんだろうということだ。頭上に広がる空も、遠くに見える富士山も、眼下に広がる東京の景色でさえ、ほとんど変わらないんだろう。それなのに、私は毎日、論文や本を書こうと必死にもがいているし、インスタライブやTik Tokでトークやダンスを披露する若い女の子たちも、周囲にたくさん見える建物の中にいる人々も、誰もが、それぞれの立場で、毎日何かに必死にもがいている。

ほとんどの人生が、この世界に大した影響を与えないけれど、日々もがいていれば、多少なりとも『の・ようなもの』のような物語を、誰もが紡いでいるのだろうと思うと、いとおしい。このような人間の“はかなさ”や“いとおしさ”に触れることのできる映画が、私はとくに好きである。『の・ようなもの』には、その35年後を描いた『の・ようなもの のようなもの』という続編がある。次の晴れた日の夕方にまたこの屋上で、それを観ようと心に決めた。次こそは一時停止しないように、最初からビールを用意して。

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メディア環境学者
久保友香
Yuka Kubo
1978年、東京都生まれ。2000年、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。2006年、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(環境学)。専門はメディア環境学。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員など歴任。日本の視覚文化の工学的な分析や、シンデレラテクノロジーの研究に従事。2008年『3DCGによる浮世絵構図への変換法』でFIT船井ベストペーパー賞受賞。2015年『シンデレラテクノロジーのための、自撮り画像解析による、女性間視覚コミュニケーションの解明』が総務省による独創的な人向け特別枠「異能(Inno)vation」プログラムに採択。著書に『「盛り」の誕生ー女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識ー』(太田出版、2019年)。
シンデレラ・テクノロジーHP: http://cinderella-technology.com/
久保友香twitter: https://twitter.com/YukaKubo
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