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映画を観た日のアレコレ No.46

お笑い芸人
ヒコロヒーの映画日記
2021年7月12日

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映画を観た日のアレコレ
なかなか思うように外に出かけられない今、どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。 誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう? 日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
46回目は、お笑い芸人 ヒコロヒーさんの映画日記です。
日記の持ち主
お笑い芸人
ヒコロヒー
hikorohi
1989年生まれ、愛媛県出身。近畿大学の落語研究会に所属し、学園祭で松竹芸能にスカウトされる。松竹芸能大阪養成所を経て、2011年デビュー。世界観や台詞で魅せるコントで活躍するピン芸人。趣味は映画鑑賞・絵画鑑賞、読書、酒、煙草、麻雀。番組出演の他、執筆やデザインなど幅広く活躍中。テレビ朝日「キョコロヒー」、文化放送「大竹まことゴールデンラジオ!」、インターネットラジオGERA「ストロベリーワンピース」他出演中。かがみよかがみ「ヒコロジカルステーション」(朝日新聞社)、メルマ旬報「ヒコロヒーの詩的で私的な無教養講座」(BOOKSTAND)、BRUTUS「ヒコロヒーの直感的社会論」(マガジンハウス)など連載中。初エッセイ集「きれはし」(Pヴァイン / ele-king books)発売中。

2021年7月12日

仕事の現場の喫煙所で事務所の先輩に久しぶりに会った。「仕事増えてるみたいやないか、よかったな」と、肩を叩かれるも、自分としてはそう実感があるわけでもないゆえになんと返せば良いのか分からず、放たれる言葉の一つ一つに困惑しているうち先輩はたばこを吸い終わり、「ほなまたな」と言って軽快に喫煙所から出て行ってしまった。
吸った気もしないまま短くなったたばこを見つめながら、改めてここがテレビ局の喫煙所であることを理解し、少し妙な気持ちになった。ここでこんな風にしてたばこを吸うまでに、もっと汚いところやとんでもないところで沢山のたばこを吸うしかなかった生活を、長らくの間送っていた。いつかこれが当然だと心から思える日が来たりするのだろうか。未だにずっと、よそ行きの自分で喫煙所に佇んでいる気がしている。

うだつの上がらない生活とは、個人の力では突破しようのない難関であったりする。
自分がどれほど努力をしてみせようが、その「努力」とやらの方向性が正しいのかは「結果」しか示してはくれない。その「結果」というものも人によって定義は異なり、ある意味で複合的なものであり、ある意味で公約数的なものも持たない曖昧なものであったりする。だから人は明確な分かりやすい物差しを欲しがる。数字や、知名度のある物事における関連性の有無、その他いろいろな物差しを持ってして「結果」というものを語ろうとする。
たまに、ふと思うことは「結果」を出すことよりも重要なのは「結果に向かう過程」なのであろうということだ。そこには千差万別の向き合い方があり、十人十色の悲喜交々が付随する。
怠惰で未熟で向こう見ずな若くもない女フランシスを主人公に置いた『フランシス・ハ』は、公開当初に劇場で鑑賞してから幾度となく観てきた映画である。だいたい映画や小説など、エンターテインメントにおける作品というものは、観る人間の状況によって解釈が変化していくものだろうと考えているが、今作に関してはそのようなことはあり得ない。不動のうだつが上がらない女、フランシスがいるだけなのである。

彼女は華やかなダンサー職を夢見ているが、仕事で評価されている訳でもなく、もちろん生活のうだつは上がらず、お金もない。さして魅力的にも見えないその女は当然モテない。男性とデートに行って、私が払うと宣言しなければならないほどに。それで食事後に会計をすると高らかに宣言するも持ち合わせがなく、ATMを探して街を疾走する。何もかもにうだつが上がっていない。観ているこちらも、頼むから1ミリでも良いから上がってくれ、この女のうだつ、と思わざるを得ないくらい、上がっていない。それでも彼女が纏っているのは、潔さであり、爽快感だったりするのである。
うだつは上がらぬけれど毎日を懸命だったり懸命じゃなかったりしながら暮らしている彼女を映し出すスクリーンから感じることは、とにかく生きているということだけ、ただそれだけの美しさであるような気がしてしまう。お金もないしモテないし、魅力もないし仕事もないし、それでも彼女が生きている様は、きっと憧れられるようなものでもなければ万人から好かれるものでもないのだろうけれど、ちゃんと、とても、美しいのである。

うだつの上がらない生活、と呼ばれる期間を長らく過ごしてきた自分にとって、彼女の姿は、最後の希望でもあるような気がしていた。卑屈になり、絶望し、自己肯定感などどこまでも落としてしまえる理由が揃う中で、ただ生きていく、というこのたった一つの真実は、全てを凌駕し得る希望なのかもしれないと思わせられる力強ささえ存在しているのである。そして、怠惰だったり幼稚だったりする彼女の欠点は、個性となって可笑しみさえ生まれている。欠点とは個性であり、それはユニークなものであり、それこそが魅力へと変換され得るものであるのかもしれないと、ラストシーンでは思わせられる。
どんな生活を送っていようが、それが良いと思しきものであろうが、悪いと思しきものであろうが、刹那的な爽快感は常に付随しているのだと、この映画を観るたびに、ふっと諦めたように笑えて、明日を可笑しめる希望が湧いてくるのである。

BACK NUMBER
FEATURED FILM
監督:ノア・バームバック
出演:グレタ・ガーウィグ、 ミッキー・サムナー、アダム・ドライヴァー
ニューヨーク・ブルックリンで見習いモダンダンサーをする27歳のフランシス。親友のソフィーとルームシェアをして、それなりに楽しく毎日を送っていた。しかし、まだまだ若いつもりのフランシスに対し、周りはどんどん変わっていく。やがてダンサーとしての行き詰まりを痛感し、またいつしかソフィーとの同居も解消となり、ニューヨーク中を転々とするハメになるフランシスだったが…。
PROFILE
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ヒコロヒー
hikorohi
1989年生まれ、愛媛県出身。近畿大学の落語研究会に所属し、学園祭で松竹芸能にスカウトされる。松竹芸能大阪養成所を経て、2011年デビュー。世界観や台詞で魅せるコントで活躍するピン芸人。趣味は映画鑑賞・絵画鑑賞、読書、酒、煙草、麻雀。番組出演の他、執筆やデザインなど幅広く活躍中。テレビ朝日「キョコロヒー」、文化放送「大竹まことゴールデンラジオ!」、インターネットラジオGERA「ストロベリーワンピース」他出演中。かがみよかがみ「ヒコロジカルステーション」(朝日新聞社)、メルマ旬報「ヒコロヒーの詩的で私的な無教養講座」(BOOKSTAND)、BRUTUS「ヒコロヒーの直感的社会論」(マガジンハウス)など連載中。初エッセイ集「きれはし」(Pヴァイン / ele-king books)発売中。
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