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映画を観た日のアレコレ No.54

写真家
齋藤陽道の映画日記
2021年11月26日

映画を観た日のアレコレ
なかなか思うように外に出かけられない今、どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。 誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう? 日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
54回目は、写真家 齋藤陽道さんの映画日記です。
日記の持ち主
写真家
齋藤陽道
Harumichi Saito
1983年、東京都生まれ。都立石神井ろう学校卒業。2014年、日本写真協会新人賞を受賞。これまでに、『感動』(赤々舎)、『宝箱』(ぴあ)、『写訳 春と修羅』(ナナロク社)、『それでも それでも それでも』(ナナロク社)、『声めぐり』(晶文社)などの写真集、書籍を上梓。『感動、』(赤々舎)で第45回「木村伊兵衛写真賞」ノミネート。2017年以降、俳優・窪田正孝のカレンダー撮影も担当している。2021年、河合宏樹監督のドキュメンタリー映画『うたのはじまり』の主演を務める。ウェブマガジン「こここ」にて「働くろう者を訪ねて」 を連載中。

2021年11月26日

2021年11月26日(金)
熊本・晴れ、名古屋・曇り、花巻・小雪

6時半。こどもに起こされる。着替えさせて、朝ごはんの準備。パンにりんごジャムをぬりぬり。ほーい。こどもたちの歯みがきをして、妻のまなみが運転する車に乗せる。
今日は花巻へ移動する日だ。あした、岩手県花巻市にあるるんびにい美術館でトークをするのだ。まだ終わっていない仕事もあるので、あれやこれやいろやいろやもろやもろや終わらせねばならない。

車の窓越しに、手話で「おとさんは、今日からしばらく仕事。みんな気をつけてね。だいすきだよ〜。ばいばーい」。子どもたちも、手話で応える。
長男「おとさん、おしごと、がんばって。おみやげは、あまいものがいいな! だいすき! ばいば〜い」 次男「おれはねえ! おみやげはねえ! うーん。うーん。……おうどん! だいすき〜」「おっけい! だいすきだよ!」車の窓越しにこうしたやりとりができることにいまだに感動するときがある。出張まえだと、なおさら。

見送ったあと、仕事にとりかかる。ここのところ、バタバタしていて仕事が溜まっている。一週間まえ、まなみがメニエール症になってしまい、めまいや吐き気で寝込んでしまい、その世話や家事で仕事に手をつけられずにいたのだ。
おとといあたりから良くなってきたので、やっと仕事を片付けられるようになった。特急でバリバリ終わらせる。ギリギリでなんとかなる。ふ〜。

齋藤陽道の映画日記

飛行機は14時半。熊本空港から名古屋で乗り換えて、花巻へと着いたのが18時半。どっぷりと日が暮れている。雨まじりの雪が降っている。今年初の雪だ。お宿は、大好きな大沢温泉。着くなり、ひとっぷろあびる。最高だねえ。お腹が空いたので、ごはん。ピリ辛イカゲソ唐揚げ(313円)とビール大瓶(825円)と迷いながら、更科かけそば(627円)と熱燗(484円)にした。お会計すると、ちょうど1,111円だったので妙にうれしかった。

やっと部屋に落ち着く。部屋は、六畳間。こたつとストーブがぬくい。うふふう〜。一息ついて、パソコンとDVDプレーヤーをセットする。家から持ってきたDVDは、2作品が1枚に収録された『赤い風船/白い馬』だ。
ここのところのバタバタでじっくりと映画を観ることができていない。かつ、Netflixでいつでも映画が観られるようになった反面、細切れに観る癖がついてしまい、ひとつの映画をじっくりと腰を据えて観る機会がめっきりと減っている。
そんなわけで、ひとつの映画をじっくりと観る喜びを思い出すべく、魂の映画である本作を持ってきたのだ。缶ビールのプルタブを開ける。ぷしゅっ。キリン クラシックラガーが似合う宿。

齋藤陽道の映画日記

少年が風船を見つける。手に持っていたはずの風船が、少年の手を離れて自在に動き出す。仔犬のように、少年とじゃれあう。 ……あ〜、いい〜。のっけからいきなり心を掴まれる導入。

パリの街中を、風船とともに全力疾走する少年の姿に、見入る。こういうシンプルな全力疾走の映像って、最近のテレビや映画でぜんぜん観ない。ポーズを決めて派手なエフェクトやテロップ、字幕にゴテゴテに装飾されているものばかり。
そうそう、ぼくが観たいのはこういう嘘のないシンプルな映像なのだ。全力疾走して、息切れする生身の身体を思い出させてくれる映像。

この映画、いったい何度観たやら。初めて観たのは確か19歳になったころだったと思う。初めて観たときの、深い感動は忘れがたい。
当時のぼくは将来像が思い描けなかった。一体どういう仕事をするのか、一体どうやって生きていけるのか……、ろう者である自分が、これからどのように生きていけるのかということに不安を感じていた。そんなときに観た『赤い風船』だった。
ものいわぬはずの風船が、じつに雄弁に存在することに、20歳を迎えようとするぼくは感動したのだ。ことばを多く知っていて、べらべらといつまでもおしゃべりできる者のほうがこの社会において偉いのだ、というつまらない思い込みをなくしてくれたことがうれしかったのだ。

この映画は、色がつくづく美しい。光と影でひきたつ色味。カラーなのだけど、どこかモノクロ写真を観ているときのような豊かな寂寥感がある。ぼくが写真を営むうえでの色味に大きな影響を及ぼしていたのだな。

悪ガキたちにおいかけられ、捕らえられ、虐げられる風船。石をぶつけられて、しぼんでいく風船。悲しむ少年。このシーンは、いつ観ても、新鮮に悲しい。潰された風船のもとに、街中の風船が集う。風船にのって浮かんでいく少年。街のてっぺんへ、空へ、天へ遠ざかる少年。
もっと美しいビジュアルを見せてくれ見せてくれと祈るように思いながら、パッ! いつもこの映画は唐突に終わってしまう。35分とは思えない充実感。
「ああ、映画を観たなあ!」という喜びがしんしんとしみわたる。なにかが新しくなる。この感じ、いつ観ても、必ずあるなあ。

窓の外は、暗闇を切り裂いてふりしきる白い雪。ひとっぷろ行ってこよう。戻ってきたら、次は『白い馬』を観よう。この映画もすばらしいのだ。ゆかいなきぶん。タオルをつっかけて、ぎしぎし、ぎしぎし、きしむ廊下を、赤い風船のようによろめきつつ露天風呂へむかった。

そんな一日だった。

齋藤陽道の映画日記
BACK NUMBER
INFORMATION
「第 2 回 True Colors Film Festival」
開催期間:12/3(金)〜12/12(日)
URL:https://truecolorsfestival.com/jp

多様性への理解を深めるための映像作品を世界中から集めた、完全無料のオンライン映画祭「第 2 回 True Colors Film Festival(トゥルー・カラーズ・フィルム・フェスティバル)」が、国際障害者デーである12/3(金)から10 日間に渡って開催! 齋藤陽道が主演のドキュメンタリー『うたのはじまり』をはじめ、いずれも観る人の視点と目線を広げることをテーマに、合計12カ国から集まった珠玉の作品群が上映される。
【日本からの出品】
今年のニューヨーク映画賞を受賞し、ロンドン・ファッション映画祭のオフィシャル・セレクションにも選ばれた『対話する衣服』と、ろうの写真家・齋藤陽道が、嫌いだった「うた」と出会うまでの記録を辿った『うたのはじまり』という、河合宏樹監督によるドキュメンタリー2作品。そして、落合陽一監督による、身体の多様性に呼応する装いの在り方を考えるダイバー・シティファッションショーを捉えたドキュメンタリー『The Future is NOW!』が上映。

【海外からの出品】
初の盲ろうの俳優を起用、2021 年アカデミー賞にもノミネートされた『Feeling Through』や、2014年アカデミー賞短編実写映画賞受賞、天国を信じない病状末期の少年・アルフレッドを主人公に描かれた『Helium』、2017 年のアカデミー賞短編映画賞を受賞、国内外映画祭でも25賞受賞及び8賞にノミネートされた、耳の聞こえない6才の少女が手話を学ぶことで、新しい世界への扉を開く『The Silent Child』、制作スタッフの過半数が障害のある人で構成された初のミュージカル『Best Summer Ever』など、初めて日本語字幕付きで上映される貴重な作品が多数。
PROFILE
写真家
齋藤陽道
Harumichi Saito
1983年、東京都生まれ。都立石神井ろう学校卒業。2014年、日本写真協会新人賞を受賞。これまでに、『感動』(赤々舎)、『宝箱』(ぴあ)、『写訳 春と修羅』(ナナロク社)、『それでも それでも それでも』(ナナロク社)、『声めぐり』(晶文社)などの写真集、書籍を上梓。『感動、』(赤々舎)で第45回「木村伊兵衛写真賞」ノミネート。2017年以降、俳優・窪田正孝のカレンダー撮影も担当している。2021年、河合宏樹監督のドキュメンタリー映画『うたのはじまり』の主演を務める。ウェブマガジン「こここ」にて「働くろう者を訪ねて」 を連載中。
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