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映画を観た日のアレコレ No.59

俳優
黒沢あすかの映画日記
2022年1月3日

映画を観た日のアレコレ
なかなか思うように外に出かけられない今、どんな風に1日を過ごしていますか? 映画を観ていますか?
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。 誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう? 日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
59回目は、俳優 黒沢あすかさんの映画日記です。
日記の持ち主
俳優
黒沢あすか
Asuka Kurosawa
1971年12月22日生まれ、神奈川県出身。90年に『ほしをつぐもの』(監督:小水一男)で映画デビュー。03年公開の『六月の蛇』(監督:塚本晋也)で第23回ポルト国際映画祭最優秀主演女優賞、第13回東京スポーツ映画大賞主演女優賞を受賞。11年に『冷たい熱帯魚』(監督:園子温)で第33回ヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞。19年に『積むさおり』(監督:梅沢壮一)でサンディエゴ「HORRIBLE IMAGININGS FILM FESTIVAL 2019」短編部門 最優秀主演女優賞を受賞。主な出演作に、『嫌われ松子の一生』(06/監督:中島哲也)、『ヒミズ』(12/監督:園子温)、『渇き。』(14/監督:中島哲也)、『沈黙-サイレンス-』(17/監督:マーティン・スコセッシ)、『昼顔』(17/監督:西谷弘)、『楽園』(19/監督:瀬々敬久)、『リスタート』(21/監督:品川ヒロシ)などがある。今春公開予定『恋い焦れ歌え』(熊坂出監督)が控えている。

2022年1月3日

今日は義母の誕生日。
2年振りに夫の弟夫婦もまじえて食事会をすることになった。「明けましておめでとうございます。お元気でしたか?」と新年のご挨拶。マスクの上からのぞく瞳はニコニコしている。

義母とは電話やメールで互いが気遣いしすぎない程度に近況報告し合っている。でもやっぱり顔を見て話した方がいい、安心感が違う。弟夫婦も元気そうで何より。お互い〈感染しないさせない〉を意識していたからこそ、久しぶりの再会は喜びだけではない、しみじみした気持ちにもなった。

「別腹〜♪」と称しデザートを注文した頃には店内も空いてきた。夫が若い頃バイトで映写技師をやっていた話をしたとき、みんな身を乗り出した。

夫「当時は2本立て3本立てが当たり前だったからね。俺は映写室にいながら見放題だったよ」

弟「いま考えるとあり得ない組合せに驚くよね。『がんばれ!! タブチくん!!』と『ファンタズム』だよ(笑)」

私「ほんとだよね。私は『風の谷のナウシカ』と『郵便配達は二度ベルを鳴らす』だったよ。兄貴と一緒に観に行ったんだけど、ナウシカを観終わってから立つタイミングを逃して『郵便配達〜』を最後まで観ることになっちゃったんだよね。当時は切り替わるアナウンスも画面案内も出ないからオロオロしたよ」

そう。この出るタイミングを失い『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1981年/ジャック・ニコルソン,ジェシカ・ラング)を観たことが黒沢あすかの原点と言っても過言ではない気がする。
男を自ら狩りにいき、女であることを愉しみ、怯まない生き方をする女性達を39才まで演じ続けた私は、ジェシカ・ラングにインスパイアされ、どんどん自らをブラッシュアップさせていった。

彼女が映し出された瞬間、可愛いくて、無造作に纏められたヘアスタイルに私は一目惚れしてしまった。そして、訝しく思っていたはずのジャック・ニコルソンに対して、自分の魅力をアピールするひとつひとつの仕草に、私はお腹辺りがムズムズする感覚を覚えた。そして早く大人の女性になりたいと願った。

互いが惹かれ合い、求め合っていると確信した瞬間、調理場の年季の入ったテーブルの上で喧嘩のように見える愛のカタチを見せてくる二人。この時、バッと見える白い下着に彼女の体温を感じゾクッとしたことは忘れないでいる。このシーン以降のストーリーはおぼろげで断片的にしか覚えていない。
でもラストシーンだけは、はっきりと覚えている。やっとの思いで幸せを掴み、新しい命も授かり、これからというとき呆気ない結末を迎える。観ていた私は息を飲んだまま呆然としてしまった。

連れ立った兄に「あっちゃん帰るよ」と言われるまで立てなかった。

夕暮れの中を兄と自転車を漕いで家に帰る。『風の谷のナウシカ』を楽しみに映画館へ行ったはずなのに、頭の中はボーっとしてペダルを踏み込む足も重く、

「にぃちゃん待ってぇー! にぃちゃん待ってー!」と叫ぶ私に

兄「もうっ! あんまり遅くなると母さんに叱られるから早くして!」と叫び返し、どんどん小さくなっていった。やっと追いつきブレーキをかけた場所はセブン-イレブンだった。兄は私の分のジュースも買ってくれた。

飲みながら
私「映画どうだった? って母ちゃん聞くよ。にぃちゃんなんて言う?」
兄「黙ってな。行くよ」
さっきまでぐんぐんと先を走っていた兄だったけど、私のペースに合わせて走ってくれた。

家に着いて、兄が母にどんな説明をしたかは覚えていない。ジェシカ・ラングのことで頭がいっぱいになっていた私は、くせっ毛に見えるパーマをかけに行こうとそればかり考えていた。
生意気になった14才は、大人の女になるべく勉強そっちのけでおしゃれに没頭していくのでした。

黒沢あすかの映画日記
BACK NUMBER
INFORMATION
『親密な他人』
監督・脚本:中村真夕
出演:黒沢あすか 神尾楓珠 上村侑 尚玄 佐野史郎 丘みつ子

2022年3月5日(土)より、ユーロスペースほか全国順次公開
© 2021 シグロ/Omphalos  Pictures
PROFILE
俳優
黒沢あすか
Asuka Kurosawa
1971年12月22日生まれ、神奈川県出身。90年に『ほしをつぐもの』(監督:小水一男)で映画デビュー。03年公開の『六月の蛇』(監督:塚本晋也)で第23回ポルト国際映画祭最優秀主演女優賞、第13回東京スポーツ映画大賞主演女優賞を受賞。11年に『冷たい熱帯魚』(監督:園子温)で第33回ヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞。19年に『積むさおり』(監督:梅沢壮一)でサンディエゴ「HORRIBLE IMAGININGS FILM FESTIVAL 2019」短編部門 最優秀主演女優賞を受賞。主な出演作に、『嫌われ松子の一生』(06/監督:中島哲也)、『ヒミズ』(12/監督:園子温)、『渇き。』(14/監督:中島哲也)、『沈黙-サイレンス-』(17/監督:マーティン・スコセッシ)、『昼顔』(17/監督:西谷弘)、『楽園』(19/監督:瀬々敬久)、『リスタート』(21/監督:品川ヒロシ)などがある。今春公開予定『恋い焦れ歌え』(熊坂出監督)が控えている。
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