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映画を観た日のアレコレ No.97

俳優
咲耶の映画日記
2025年12月3日

映画を観た日のアレコレ
何を食べ、何を思い、どんな映画を観たのか。 誰かの“映画を観た一日”を覗いてみたら、どんな風景が見えるでしょう?
日常の中に溶け込む、映画のある風景を映し出す連載「映画を観た日のアレコレ」。
97回目は、俳優 咲耶さんの映画日記です。
日記の持ち主
俳優
咲耶
Sakuya
2000年東京都生まれ。広田レオナ監督『お江戸のキャンディー2 ロワゾー・ドゥ・パラディ(天国の鳥)篇』(17年)で俳優デビュー。主な出演作に、ドラマ『君が死ぬまであと100日』(NTV)、『笑うマトリョーシカ』(TBS)、映画『「桐島です」』(25)など。26年2月に出演作『金子文子 何が私をこうさせたか』が公開予定。2026年1月31日放送のBS日テレ「旅人検視官 道場修作 長野県車山高原殺人事件」の出演も控える。

2025年12月3日
曇り時々晴れ時々雨

「日記形式で」という今企画のオーダーを読んだ時、正直どうしようかと思った。私は仕事をしている時以外、人様にお話しできるような至極真っ当な人間らしい生活を送っていないからだ。しかし今日は運が良い、とある仕事で六本木に来た。日常生活では余程の用事が無い限りほとんど外に出ない生粋の引き篭もりである私の目に、この街はやはり煌々として映る。普段昼間に活動しないせいで目が光に対して著しく弱くなっているのかもしれない。
ていうか私の公式プロフィールに「特技:文豪」って書いたの誰だよ。母親だよ。正直あなた達のネームバリューよりプレッシャーが大きくなってるんだよ。やり辛いなあもう。

さておき今日は人生で二度目のラジオの収録日だった。私は朝から現場に向かう際、近所のコンビニでボトル缶のブラックコーヒーを買うというきまりがある。例に漏れず今日も缶コーヒー片手にソワソワ現場へと向かった。収録中、勿論映画『星と月は天の穴』の話をしたのだが、そこで話題に挙がったのが今作の役作りについてだった。既に映画をご覧になったパーソナリティの方が、1969年の女子大生を演じる私の声や所作がまるで当時の映像を見ているようだったと仰って下さった。どうやってあの声を作ったのかと聞かれたので、当時の映像を片っ端から見て研究したと話した。実に便利な時代だなあ。特に私が一番参考にしたのは、谷崎潤一郎原作の映画『卍』(1964)の若尾文子である。リアルを踏襲する事も当たり前に大切ではあるけれど、あくまで今作は純文学の原作が存在し、実際当時を生き抜いた生き証人荒井晴彦が撮る荒井映画としての当時の匂い,ムード,そして音を、瀬川紀子というキャラクターに私なりに落とし込んでみたかった。それと、私の仕事に対して放任主義の母が珍しく「お芝居は真似から入るんだよ。自分が魅力的だと思う人の欲しい部分を欲しい分だけ盗む。私もそうしてた」とアドバイスしてくれた。『卍』の若尾さんは劇中では関西弁なのだが、こりゃアタシだって入れ込むわぁ…というほど魅力的だったので、今の自分の力量で盗めるだけ盗んでみようと思った。何をどれだけ盗めたのかは定かではないけれど。

そういえばクランクイン前に観たきり観てないな、この日記を執筆するにあたり丁度良いじゃないの、帰ったら見返そう。と考えながら帰路に着いている時、まだ陽があったのだがもう飲みたくて仕方ない。
……飲んだ。現在時刻16:13。こういうDNAばかり受け継いでどうする。

咲耶の映画日記

お仕事してちょっとお酒飲んで帰宅して、良い気分でPCを開き『卍』を探す。が、悲報:自身が入会しているサブスクでの配信が終了していた。またもやどうしようかと思った。しかし奇跡的にAmaz◯nで残っていたポイントでレンタルするという方法を見付け事なきを得た。ふぅ…実に便利な時代だなあ。

再生してみて初っ端の「先生」という声を聞いて、アレ?と思った。もしかして私が紀子に落とし込んだ声は、若尾さんではなく岸田今日子さん演じる園子ではないか、と。恐らく私は園子の様に、若尾さん演じる婀娜婀娜あだあだしく小悪魔的な光子に魅せられて、自らというド素人のまっさらなキャンバスに光子の所作や振る舞いをデッサンし、デッサンした当人達はやはり園子である。というような、そんな気分になった。(あくまで気分、気分ですよ。私自身にはまだまだお二人のような実力は無いですからね)ただ単純に『卍』を参考にしてみた私が演じた紀子が、実際『星と月は天の穴』の現場の中で荒井さんのブランコに乗せられ、揺さぶられながら”そういう人”になっただけなのかもしれない。参考にするというのは突き詰めるとそういう事なのではないだろうか。

いやしかしなんと美しいこと…1カット1カットつい止めてじいっと見つめてしまう。画角、色彩、台詞回し、所作、カメラの前に生きる女優達、全てにおいて惚れ惚れする。「あんまりやわ、あんまりや。うち、あんまり綺麗なもん見たりしたら感激して涙出てくるねん」今現在時刻22:47の私もそのまんまこれである。言わずもがな私は美しい女性達が好きなのだ。こんなのあんまりや。

母の言う「魅力的だと思う人の欲しい部分を欲しい分だけ盗む」というのは、改めて考えるとサラリと言っている割にはとても高度な事であると思う。なにもこれだけではない。客観的に考えたらあまりにも高度な事を当たり前のように「ま、頑張んなー♪」と言ってのけて後はお前次第だと現場に放り投げる人が身近にいる事が私のような未熟者にとってどれだけ有難い事か。

人生全て芸の肥やし、私にはまだまだ耕す必要のある広大な敷地があるのだなと実感した一日だった。別の意味で肥えてる場合ではないのだけれど。嗚呼、堪忍して頂戴。こんなつまらない事書いて。

咲耶の映画日記
BACK NUMBER
FEATURED FILM
⼩説家の矢添克二(綾野 剛)は、妻に逃げられて以来 10 年、独⾝のまま 40 代を迎えていた。偶然に再会した大学時代の同級生(柄本佑)から、彼の娘が 21 歳になると聞いて時の流れを実感する一方、離婚によって空いた心の⽳を埋めるように娼婦・千枝⼦(⽥中麗奈)と時折り軀を交え、妻に捨てられた傷を引きずりながらやり過ごす日々を送っていた。実は彼が恋愛に尻込みするのには、もう⼀つ理由があった。それは誰にも知られたくない⾃⾝の〝秘密〟に、コンプレックスを抱えていることだった。不惑を過ぎても葛藤する矢添は、⾃⾝が執筆する⼩説の主⼈公・A(綾野=二役)に⾃分を投影し、20 歳も年下の大学生・B子(岬あかり)との恋模様を綴ることで、「精神的な愛の可能性」を探求していた。
そんなある⽇、矢添は画廊で⼤学⽣の瀬川紀⼦(咲耶)と運命的に出会う。車で紀子を送り届ける途中、彼⼥の〝粗相〟をきっかけに奇妙な情事へと⾄ったことで、⽮添の⽇常と心情にも変化が現れ始めた。無意識なのか確信的なのか……距離を詰めてきては心に入り込んでくる紀子の振る舞いを、矢添は恐れるようになる。
一方、久しぶりに会った千枝子から「若いサラリーマンと結婚する」と聞き、「最後に一緒に街へ出てみるか」と誘い、娼館の外で夜を過ごす。恋愛に対する憎悪と恐れとともに心の底では愛されたいという願望も抱く矢添は、再び一人の女と向き合うことができるのか……。
©2025「星と月は天の穴」製作委員会
監督:荒井晴彦
原作:吉行淳之介
脚本:荒井晴彦
出演:綾野剛、咲耶、田中麗奈
配給:ハピネットファントム・スタジオ

R18+

12月19日(金)よりテアトル新宿ほか全国にて公開
PROFILE
俳優
咲耶
Sakuya
2000年東京都生まれ。広田レオナ監督『お江戸のキャンディー2 ロワゾー・ドゥ・パラディ(天国の鳥)篇』(17年)で俳優デビュー。主な出演作に、ドラマ『君が死ぬまであと100日』(NTV)、『笑うマトリョーシカ』(TBS)、映画『「桐島です」』(25)など。26年2月に出演作『金子文子 何が私をこうさせたか』が公開予定。2026年1月31日放送のBS日テレ「旅人検視官 道場修作 長野県車山高原殺人事件」の出演も控える。
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